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【夫婦巡礼】無職の夫婦が800km歩いてお店を出す話【旅物語】No.31

巡礼22日目

エル アセボ(El Acebo) ~ ポンフェラーダ(Ponferrada)

■物事の捉え方

気が付くと朝になっていたようだ。泥のように眠っていたらしい。枕元の小さなライトの灯りを頼りに携帯を探して時間を確認する。時計は、7時半を表示していた。室内はまだ暗く、時折誰かがゴソゴソと動く音が聞こえるだけだった。恐らく皆、考えていることは同じだろうななんてことを思った。

昨日は40km山道を歩く、久々にタフな行程だった。お陰さまで足はボロボロ、一晩休んで痛みは引いたものの、足の裏と踵は変わらず痛い。見た目が一番痛々しい、炎症してめくれてしまった皮膚ほど、意外と何ともなかったりするから、何がどうして辛いのかもはや分からなくなる。

それでも勤勉な若い巡礼者達は8時手前には起きてしまい、全員で少し豪華な朝食を食べた。パン、フルーツ、コーンフレークがテーブルに並ぶ。皆寝ぼけ眼でパンを頬張る様子が面白かった。その姿は一晩ながら巡礼の厳しさから解き放たれた、ごく普通の若者そのものだった。

ただ歩く自由な旅

されど歩き続けなければならない巡礼の旅。

一見自由に見えるようで、自由が故の厳しさを併せ持つ旅の一面を垣間見たと思った。【毎日歩く】と言う制約を与えられた旅。

【歩けば良い】のだが【歩かねばならない】。如何様にも解釈できる巡礼の本質は、旅人の胸の内にあると言う事なのだろうか。

目的地を目指す【歩く】という手段を、自分はどう捉えて行くのか。

解釈次第で旅の濃密さは変わるだろう。美しさを醜さと捉えることもあれば、醜さを美しさと捉えることも出来る。

振り返って感じることを、一年前の僕にも伝えてあげたい。そうしたら、この先訪れる謎の苛立ちも避けて通ることが出来ただろうに…

※巡礼では、徒歩以外に馬、ロバ、自転車、移動手段として電車やバスも認められています。この旅で僕達は【全て歩く】事に拘ったため、旅の手段が歩くことに限定されていますが、通常その限りではありませんのでご了承下さいませ。

■日常を歩いて行く

9時過ぎに宿を建ち、僕達はそれぞれのペースで歩き出す。「じゃ、また後で」と言って、自然と別々に道を行くのは、この旅ならではの面白さかもしれない。

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決して群れることなく、馴れ合うこともなく、それぞれがそれぞれの道を行く。一本道のように見えて、実際には目に見えないだけで道は旅人の数だけ存在する。僕たち夫婦ですら、二人で歩いているようで、目の前にある道は同じようで少しだけ違っていたと思う。ふとした時に相手の道にスッと入ることもある。あってもその程度だ。

丘の上の素敵なペンションで、色鮮やかな新緑の木々を眺めながらコーヒーを飲む。

朝露に濡れた岩場の下り坂を、妻の手を取りながら進む。時折岩間から滲み出した湧水に癒される。

眼下に川と、それに沿うように広がる街を眺めながら歩く。森を抜け、視界の開けた山間に風が吹く。遠くから近付いてくる風の音が好きだ。

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街を抜け、車道の脇を進む。空は晴れ、陽射しは眩しい。暖かな陽射しを求めたのか、トカゲも穴から顔を出して日光浴を楽しんでいる。そんな穏やかな風景のなか、僕達はのんびり歩いた。子供の頃田舎に住む祖母の家の裏山を探検した事を思い出した。

■必要な休息日

ポンフェラーダに着いたのは14時。

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とても大きい街で今すぐにでも出掛けたいけれど、まずは二日分の洗濯からだ。そして、妻は体を休ませて僕は溜め込んでいた日記を書こう。今日の僕たちには、足を止めることが必要だ。そして、少し休憩したら晩ご飯の買い出しに行って、ご飯を作ろう。

そう、僕達の旅には休むことも必要だし、休みが取れる旅は豊かで貴重だ。時間に追われず、自分で自分の時間を過ごし、旅をデザイン出来ることがどれだけ素晴らしいことか。

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食堂には、同じように自炊をする巡礼者がたくさんいた。キッチンのスペースは限られているから、自席で食材をカットし、後は調理だけの状態にしておく。今日の晩ご飯は「鶏肉と野菜」のリクエストがあったから、和風に卵とじにして食べよう。丁度良いや。日本から持ってきた醤油と本だしも役に立ちそうだ。後はサラダで。うん、いい感じになってきたぞ。それを作ったらテラスで食べよう。その頃には日も傾いて、きっと涼しくなってるだろうから。うんうん、良いぞ、最高だ。

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たまに食べる日本食の味はやっぱり美味しかった。改めて、本だしの力ってすごい。サラダの添えた大根とニンジンのマリネは妻が作ってくれたものだったが、これも最高に美味しかった。

■何でもない日バンザイ

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楽しくおしゃべりしている内に、いつの間にか日は沈みかけ、空は紫に染まっていた。紫の空に白い雲が浮かぶ模様は、不思議の国のアリスのチェシャ猫の様だった。妻は、道中暇なときに歌うチェシャ猫の歌がお気に入りのようだった。

巡礼中、大きなトラブルも話題もなく、日記を書いていて「内容が薄いな」と思ってしまう日もある。アリス風に言えば【何でもない日】とでも言えばいいのか、そんな日もたくさんある。

そんな日にこそ、歩く旅の良さを実感する。歩く旅の良さ、それは物事や自然と向き合い、気が付けるということ。気付かず通りすぎてしまいがちな変化や発見に気付けると、何でもない日は何でもないからこそ特別な日になる。まぁ、この話の半分はフロミスタで出会った女性のお陰なのだけど…

【何でもない日バンザイ】とはよく言ったものだ。

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エル アセボ(El Acebo) ~ ポンフェラーダ(Ponferrada)

歩いた距離 16km

サンティアゴまで残り 約210km

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