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健康的にリモートワークするために~【産業医 山越志保×荻原 英人 対談】

コロナ禍で急速に広まったリモートワーク。働き方や仕事の進め方、コミュニケーションの方法が大きく変化する一方で、はたらく人の健康に関する悩みや課題も変化してきました。今回は、産業医として数多くの企業の健康施策を支援されている立場から、「健康リモートワーク読本」を出版された山越志保先生に、最近のリモートワークにまつわる健康づくりについてお話を伺いました。

山越 志保 (ヤマコシ シホ)先生 プロフィール
医師, 日本医師会認定産業医, 労働衛生コンサルタント, 医学博士,日本内科学会総合内科専門医, 日本呼吸器学会呼吸器専門医・指導医
現在、都内クリニックで内科医をしながら、株式会社さくら事務所を設立し、通常の産業医業務(面談・安全衛生委員会出席・職場巡視など)にとどまらず、企業内での労働安全衛生体制構築の支援とコンサルティング、メンタルヘルスケアおよびその体制づくり、健康教育・講演、管理職研修、研究などを行っている。
株式会社さくら事務所

コロナ禍で相談件数増加!リモートワークを快適に実践して、はたらく人のウェルビーイングを高めるために

荻原:
『健康リモートワーク読本』ご出版おめでとうございます。健康的にリモートワークする、というのは今まさに必要なテーマですね。今回の本を出版された背景を伺えますか?

山越:
2020年夏ごろから、私が産業医をしている企業の従業員の方々からの相談が急増しました。業種・職種を問わずいろいろな方からの相談があったのですが、毎回お一人お一人にアドバイスをしているうちに、みなさんの相談内容がとても似ていることに気づきました。これまでに受けた相談内容をまとめることで、同じような悩みを抱えて苦しんでいる多くの方々にメッセージを届けられるのではないかと考える様になり、ちょっとした工夫のポイントを伝えることで、心身ともに不調を予防する手助けをしたいという思いで書籍化しました。

荻原:
先日、調査結果のプレスリリースを出したのですが、ピースマインドのEAP(※)相談窓口に寄せられる相談数もコロナ禍で50%以上も増加していて、はたらく人がコロナ禍でいろいろな悩みを抱えていらっしゃることを実感しています。山越先生に寄せられる相談の中では、どのようなお悩みが多いですか?

山越:
「気分が落ち込む」「仕事が手につかない」「集中できない」などのメンタル不調や、「寝付けない」「朝早く目が覚めてしまう」などの睡眠障害、「ずっと座りっぱなしで身体が痛い」「運動不足で体重が増加した」「糖尿病が悪化した」と言った筋骨格系障害や生活習慣病の悪化などのフィジカル不調を訴える相談が増えました。

コロナ禍で特徴的だと感じたのは、「仕事を終えた後も、メールの着信音があるとつい業務携帯を見て返信してしまってメリハリがつかない」「在宅勤務だと際限なく働いてしまう」といった、新型コロナウイルス流行前(以下、コロナ前)の勤務形態では考えられなかったリモートワークならではの相談が増えたことです。

荻原:
たしかに、気をつけないとミーティングが詰まりすぎてトイレにいく隙もなく、ずっと働き詰めになってしまう・・・といったこともありますよね。

山越:
リモートワークで姿が見えないと、経営者や管理職の中には「怠けること」を心配する方もいらっしゃると思うのですが、私のところに相談にくる方々は、みなさんとても真面目で「働きすぎ」の方ばかりです。

明日は忙しいから、効率よく業務を回すために、明日の仕事も少しやってしまおう!と意気込んで取り組んでいるうちに、知らず知らず、過重労働となり、結果的に仕事が手につかなくなってしまうケースもありました。

荻原:
頑張りすぎて働けなくなってしまうのは、はたらく人ご本人にとっても組織にとっても辛いことですよね。健康に働き続けるために、はたらく人と組織、それぞれが気をつけるべきポイントはどんなところでしょうか?

山越:
リモートワークでは、高い自己管理能力が求められると思っています。仕事のオンとオフがない働き方を長く続けていると、心身の健康が蝕まれてしまう可能性があります。このため、長距離マラソンを走っている様なイメージで、一定のペースを保って生活・仕事を続けることが、健康という観点では、理想ではないかと考えています。

はたらく人個人の視点では、食事・運動・睡眠・体重を管理し、生活と仕事のペースを規則正しく整え、メンタルとフィジカル両面に目を向け、働き過ぎない様にセルフコントロール・セルフケアしていくことが重要です。

組織としては、業務自体をプロセスから切り分けして、もう一度見直していくと良いと思っています。業務上、無駄なものは排除して効率化を図りつつも、一方で、ちょっとした雑談タイムなどの、こまめなコミュニケーションの時間は取ることも大切でしょう。効率ばかりを追い求めてしまうと、どうしてもギスギスしてしまうので、効率化してできた時間を、仕事する上で、必要な人間関係や信頼関係を構築するために、社員間、部署間のコミュニケーションを取ったり、社員さん1人1人、及び、会社全体として、ヘルスリテラシーを上げるなど、健康経営に向けた施策を打つ事に使うということも重要ではないでしょうか。

ウェルネス施策やコミュニケーションの活性化で働く環境をよりよくする

荻原:
先程、コロナ禍で睡眠に影響が出ている相談例を挙げていらっしゃいましたが、睡眠の質を改善するためにできる事を教えてください。

山越:
睡眠はちょっとした生活の変化の影響を敏感に受けてしまうことが多いようです。このため、その影響をなるべく少なくするためにも規則正しい睡眠リズムをつくる事がポイントかと思います。休日に寝だめするのではなく、なるべく平日も休日もほぼ同じ睡眠時間を保つようにして、その日の疲れはその日にうちに取るように心がけましょう。また、就寝1~2時間前からスマホやパソコンを観ないようにしましょう。寝る前にカフェインレスの温かい飲み物をのむ・好きな香りのアロマオイルをたく・ぬるめのお風呂にゆっくりつかるなどの自分なりの入眠の習慣・スタイルをつくり、副交感神経優位の状態にスウィッチを切り替えることを意識していただくとよいのではないかと思います。起床後、仕事を始める前に15~30分程度外に出て散歩することもおすすめです。朝日を浴びることで、睡眠にまつわるホルモンがリセットされるので、睡眠の質を上げる効果が期待できますし、これから「働くぞ!」という交感神経系のスウィッチが入りやすいのではないかと思います。

荻原:
先程の例にもあった、コロナ禍で運動不足になってしまったという声は、当社の社員からも多く聞かれました。私自身、リモートワークの際は運動不足になりがちなので、朝自転車で走ったり、運動の時間を意識的に取るようにしたりしていますが、なかなか一人で継続して習慣化するのは難しいものですよね。組織としてはたらく人の運動習慣を後押しするヒントなどあればぜひ教えてください。

山越:
コロナ前は、通勤時、家から会社への往復だけで1日8000歩程度歩いていた人が、リモートワークで家にいる時間がほとんどになってしまうと1日1000歩程度になるなど、歩く時間、及び運動量が激減している傾向にあります。まずは、歩数計、スマートウォッチ、スマホの健康管理のアプリなどを活用して、いまの自分の健康状況を把握することから始めると良いと思います。一番わかりやすく、手軽にできることは、1日の歩数を「見える化」することではないかと考えています。

組織としては、通勤時間がなくなった分の時間を利用して、全社員が同じアプリをつかってチームでウォーキングの歩数を競うなど、ゲーム感覚のような、手軽に楽しめるウェルネスの施策などを考えてみると良いのではないでしょうか。

荻原:
部門毎の管理職任せにするのではなく、経営層や管理部門が音頭を取って実践し、継続していく事が大事ですね。

山越:
そうですね。チームメンバーのウェルネス推進まで含めた部下のマネジメントについては、管理職だけでまかなえる範囲には限界があるので、是非組織として支援していただけるといいですね。

荻原:
当社のEAP相談窓口には、リモートワークにおけるコミュニケーションについての相談も多く寄せられています。先程もご紹介した当社の調査でも、コロナ禍で職場の対立関係は一旦減少したものの、増加している傾向が見られました。

山越:
リモートワークが始まった当初は、職場で、苦手な同僚や上司、対立関係にあった相手との物理的距離ができたことで気持ちが楽になった方もいたと思いますが、それは一次的な解消でその後またリモートワークならではの課題に直面するというケースもありますよね。

例えば、私が担当している企業の中には、コロナ禍で新入社員・中途採用の方のメンタル不調が増えました。そんな社員さんたちは、産業医面談の中で、口々に仕事を覚える前にフルリモートになってしまい、ちょっとした業務の確認や相談が気軽にできないと言うんです。人間関係を築く前だから、どんなトーン、どんなテンションで、オンライン・チャット・メールなどのデジタルツールを使って、上司や先輩に話しかけたら良いかもわからずに困ってしまい、1人で悩みを抱えてしまうという声がたくさんありました。それが行き過ぎてしまうと、夜も眠れず、仕事のことを考えてしまうという社員さんもいました。確かに、これまでの対面のコミュニケーションの中でも、似たような悩みを抱えてしまう社員さんもいましたが、特にコロナ禍においては、産業医として、このような悩みが非常に増えたような感覚があります。原因としては、コロナ前は、オフィスでの直接的なやり取りの中で、表情、しぐさ、目線、会話の間などのノンバーバルコミュニケーションを含め、無意識に相手との距離感をうかがいながら、会話だけでなく、コミュニケーションを取っていたと思いますが、オンラインなどのデジタルツールを使いながらだとそれが難しくなるのではないかと自分では分析しています。

荻原:
ベースになる人間関係がない状態で質問をするのは確かにハードルが高いですよね。リモートワークメインの働き方では、オフィスに毎日通っていた時とは違うコミュニケーションの工夫が必要ですよね。

山越:
そうですね。私が産業医を担当している企業様には、2020年から今年にかけては、その時々で、国、あるいは自治体の、新型コロナウイルス感染対策の方針などを確認しながら、必要に応じてフルリモートではなく可能な範囲で出社も交えた勤務形態を取ることにしたり、緊急事態宣言中など、そのような施策がとりづらい時などでも、せめてオンラインミーティング等ではカメラオンにして、お互いに、顔、表情、しぐさが観ることが出来る状態で話すことを提案しています。

荻原:
人間関係をつくっていくために、オンラインでも顔が見えるのと見えないのでは大きな違いがありますか?

山越:
テキストベースのやりとりだけだと、発信者側が意図しない言葉の強さを読み手側が感じてしまうなどコミュニケーションギャップが生まれてピリピリしてしまう場面があります。そこから、意図せず、悪意なく、人間関係が悪化していくことが多々ありました。自宅で1人で仕事をしている中で、お互いの顔が見えない分、考えがネガティブに偏ってしまう人もいるようです。オンラインでもカメラオンだと、表情・手振り・身振りが加わることで得られる情報が増えるので安心感に繋がります。大事なミーティング、及び、込み入ったお話をする時には、できるだけ、お互いにカメラオンにして、お話をするように推奨しています。

荻原:
リモートワークだと、新入社員や中途採用の方が何に困っているのか、管理職や同僚がキャッチしにくい側面もあると思います。細かい困り事を確認したり、仕事の目線をあわせるために有効な方法はありますか?

山越:
世代によって慣れ親しんできたデジタルツールが違ったり、同じものでも使い方のギャップがあったりします。私が担当している企業様からそういった相談を受けた時には、Slackなど社内で使用しているコミュニケーションツールについて話し合う時間をつくることを提案しています。上司・部下双方が「こんな言い方だときつく感じた」「こんな使い方をしている」と、率直に話し合ったり使い方を共有して、相手の感じ方を知る試みです。この作業によって、単純な誤解やコミュニケーションの齟齬などをお互いに理解することができるようになることもありましたし、1人でリモートワークしているときにネガティブに考えないようになったりしました。

また、入社したばかりの社員さんなど、仕事に慣れていない方には、リモートワークだからこそ、実際の業務や作業工程なども、画面共有という形で時々一緒に見て確認しあう事も大切です。同じゴールを目指すために、より簡単な方法で出来る様に導いてあげると良いでしょう。

込み入った説明を画面共有でしている時には、特に上司のほうから、雑談をふるなど、人間味が感じられるコミュニケーションを意識的に取っていくことも大切です。

荻原:
相手の事を知ると緊張感がほぐれて、困ったときも相談しやすくなりますよね。

山越:
ちょっとホッとするエピソード、例えば、自分の日常生活で気づいたこと、最近はまっている食べ物、天気、ペットの話など、5分でいいので、雑談の中で話せるとよいですね。業務効率化をはかりつつ、相互理解を深める雑談ができる仕組みづくりを是非意識していただきたいです。

荻原:
コロナ禍で様々な情報が飛び交っています。何を信じたら良いのかわからないといった声もありますが、新型コロナウイルスに関連する情報との上手な付き合い方を教えてください。

山越:
産業医として相談を受けていると、良い悪いということではなくて、性格的に、自分から不安を拾いに行ってしまうタイプの方もいらっしゃるように感じます。情報があふれている時代ですが、厚生労働省や自治体のホームページなど、信頼できる情報を入手しましょう。正しく知識を入れて、正しく恐れて、正しく防いでほしいと思っています。

荻原:
コロナ禍で病院に行くこと自体に不安を感じてしまう事もあると思います。通院についてはどのように考えたら良いでしょうか?

山越:
特に、糖尿病、脂質異常症、脂肪肝などの生活習慣病、割と初期に自覚症状の少ない病気などは悪化してしまう傾向があるのではないかと思っています。感染不安があるからといって、自己判断で通院をやめてしまうことだけは避けていただきたいです。

まずは、かかりつけの病院・クリニックに電話してみて、新型コロナウイルスの感染対策、及び現状を確認して、その医療機関の指示に従って受診したり、あるいは、オンライン診療をしているような施設に相談するといった対応を考えて頂きたいです。

そして、本でも紹介しているのですが、ぜひお薬手帳を作って活用していただきたいと思っています。これまでかかった病院や日付、処方された薬の名前や何日分の処方だったのか等のいろいろな情報が載っているので、診療科によって分けずに、必ず一冊にまとめて自分の健康履歴として管理すると良いと思います。

健康でいきいきと働きやすい職場づくりのために

荻原:
産業医の視点から、コロナ禍ではたらく人たちにメッセージをお願いします。

山越:
一言で「休む時には休もうよ!」に尽きます(笑)。みなさん本当にまじめで勤勉。人の目が無くても良く働くのは、日本人の素晴らしい国民性だと思いますが、働き過ぎは長い目で見た時に健康リスクが高まってしまうので要注意です。休みなくミーティングが入って過重労働になっているケースなどをたくさん見てきましたが、一日中全く動いていない状態が長く続くと、筋肉が減少して脂肪となり、フレイル(*参照)のリスクも高くなってしまうのではないかと思っています。また、他にも、生活習慣病のリスクが高まる可能性もありますので、ご自身の健康状態に向き合いながら、それぞれにあった仕事のペースを保つように心がけてください。

* フレイルの定義
フレイルとは、厚生労働省研究班の報告書では「加齢とともに心身の活力(運動機能や認知機能等)が低下し、複数の慢性疾患の併存などの影響もあり、生活機能が障害され、心身の脆弱性が出現した状態であるが、一方で適切な介入・支援により、生活機能の維持向上が可能な状態像」とされており、健康な状態と日常生活でサポートが必要な介護状態の中間を意味します。

公益財団法人 長寿科学振興財団 健康長寿ネットより抜粋引用https://www.tyojyu.or.jp/net/byouki/frailty/about.html

【フレイルの基準(改定日本版 CHS基準)】
1 体重減少・・・6ヵ月で2キロ以上の(意図しない)体重減少
2 筋力低下・・・握力:男性は28キロ未満、女性は18キロ未満
3 疲労感・・・(ここ2週間)わけもなく疲れたような感じがする
4 歩行速度・・・通常歩行速度1m/秒未満
5 身体活動・・・下記のいずれも「週に1回もしていない」と回答 
①軽い運動・体操をしていますか? 
②定期的な運動・スポーツをしていますか?

【参考文献】Satake S.Arai H,Geriatr Gerontol lnt.2020;20(10):992-993

荻原:
私もミーティングが多いので気をつけます!
最後に改めて、山越先生にとっての「はたらくをよくする®」とはどのようなことだとお考えですか?

山越:
どんな職種・役職であっても、はたらく人ひとりひとりが、安全で健康に心地よくハッピーに働ける状態をつくることです。企業の健康管理活動をサポートする立場の産業医としてこれからも尽力していきます。

荻原:
本日はありがとうございました。山越先生の「健康リモートワーク読本」には、リモートワークではたらく人が困っていることや、これから起こり得る課題と対応についてもわかりやすく解説されているので、多くのはたらく人や人事担当者、経営者の方にとっても実践的に役立つ内容ですね。

山越:
今回の本は、「こんな不調に関する相談がきたら、産業医としてこんなアドバイスをします」という切り口で書いています。オフィスだったら、2か月に1回職場巡視で回って、オフィスの湿度や温度の管理やオフィス家具の適正など、はたらく環境を確認しますが、リモートワークではそれができません。身体に合わない机や椅子を使う事で腰痛や頭痛を招き、生産性が下がってしまうこともあります。そういった細かいアドバイスも紹介していますので、心身ともに不調を未然に防ぐためにも、ご自身のケアや職場環境づくりに役立てていただけると幸いです。

すでにリモートワークを導入している企業のみなさまはもちろん、これから導入を検討されている方々もぜひ読んでいただければと思います。


今回ご紹介した山越先生のご著書はこちら👇

健康リモートワーク読本

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