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海峡の向こうの台所を覗く 津軽飲食紀・二日目・後編 

母と娘の弘前旅行、食べ物を中心に。一日目・二日目はこちらから。


『人間失格』をバイブルとして、津軽に太宰の足跡を辿る人は少なくないだろう。太宰が最初の自殺未遂の後、母親との時間を過ごしたことで知られるヤマニ仙遊館も、その名所のひとつかもしれない。「自殺未遂後の滞在」という字面が強烈だが、幼少期から家族そろって湯治に来ていた温かな思い出の地であることは、その著作『津軽』に明らかだ。

明治五年創業のこの宿は、太宰以外にも多くの歴史人を迎え、その色香の残る空間にくつろぐことができる。特に、大正期のその様子を蘇らせるべく近年改装された浴場は、鮮やかな美しいマジョリカタイルを広く施され、ついついのぼせるまで温泉に浸かって眺めてしまう。詳しい館内の様子は公式HPや他のレポに譲るが、写真から感じ取られる以上に静謐で温かな雰囲気だった。

能書きが長くなってしまう。客室に入ったらお茶を淹れて、旅館ならではの窓際の「あのスペース」=広縁にて、おやつタイム。

大鰐町駅前の交流センター「鰐Come」で見つけたリンゴジュース、弘前の大正ロマン喫茶室で買っておいたアップルパイ、弘前市立観光館で見つけた雪りんごをおやつに楽しむ。ペットボトルに素朴に充填された濃厚なジュースのローカル感。雪りんごは、砂糖漬けにして乾燥したりんご、歯にしみるほど甘いがクセになる。母いわく、昔は北海道でもよく食べたという。

館内を冒険し、さらにお風呂を楽しんでから、夕食会場となっている近所の居酒屋へ。プランによっては併設の土蔵でのディナーも楽しめるらしいが、今回は外のお店へ行く方を選択してみた。

食材はやっぱり北海道と似ているけれど、調理の趣向が違う。昆布とともに醤油漬けにされているたらこ、このような食べ方は少なくとも自分の地元ではしない。身欠き鰊と干し柿のクリームチーズ和え、身欠きはよく食べるがこの組み合わせも未知。鱈のとも和え、鱈の淡白な身にゼラチン質の皮の食感と肝のコクの組み合わせに酒がすすむ。お造りは大間のマグロ、天然ヒラメ、カンパチ。丁寧に処理されたタコの吸盤の美味しさも初めて知った。

大鰐随一の名物は、江戸時代から温泉の地熱を利用して作られているというもやし。しゃぶしゃぶでいただく。細長く、しゃきしゃきと、そして繊維の歯ごたえも感じるようなしっかりとした食感が美味しい。食レポが難しいのだけれど、その辺のもやしとは違うのだ。足が早いのでおみやげには向かないのが惜しい。
お造りにあったサーモンを、焼きでもいただく。海峡サーモンと言って、ここ数年の世界情勢の変化もあり盛んになった、津軽海峡の養殖物らしい。撮り忘れているが、ヒラメのてんぷらも頂いた。〆は郷土料理の味噌おにぎり。焼かずにただ味噌を塗るだけなのが特徴の、おばあちゃんの味とのこと。
酒は地酒・亀吉を頂く。甘口の多い青森の中では辛口の類と聞くが、さらに諸事情で今年は希少酒になっているらしい。地元向けの店だからか、田酒を1合700円で提供していて驚く。
全て食材も楽しく、調理も細やかで嬉しい。フレンドリーな大将から、お土産にりんごまで頂いた。大満足の夜ご飯だった。

(続く)

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