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「売り込まない営業術」の限界

翻訳者の営業方法のひとつとして、「ネット上のあちこちに自分の情報を置いて先方からの連絡を待つ」という方法についてこれまで複数のオンラインイベントに登壇して語らせていただきました。このアカウントでも1本、その方法について記事を書いて紹介しています。

この方法では基本的にターゲットとなる顧客や潜在顧客に直接連絡を取ることはしません。自分の「名刺」や「看板」の代わりとなるものをあちこちのディレクトリやプロフィールページに配置して「自分を見つけてもらう」という行動にとどまります。

このやり方のメリットは、「仕事がありましたらお声かけください」とメールを送ったり電話をかけたりイベントに出向いて名刺を配ったりしなくてもいいという点です。そういういわゆる「営業活動」が苦手な人にとっては心理的負担は少なくなります。交通費や通信費も少なくて済みます。また、相手から先にアクションを起こした形になるので恋愛にたとえると「相手に自分を追わせる」展開になり、翻訳会社に登録する場合に有利に運ぶ場合も多いです。

このやり方で取引先を増やし、あちこちから常に複数の打診が来ている状態を保つことで、受注の波を減らし、安定的な受注につながって生活が安定していきます。

ただし、デメリットもあります。この営業術が有効に働くのはブログやウェブサイトなどでの発信を活発に行い、それをベースにしてある程度ネット上での自分のビジビリティが高まってからに限られます。ブログ記事を書いたりSNSで積極的に自分の意見を表明したりするなどの自己開示は、それが苦手な人にとっては苦痛かもしれません。

また、もうひとつのデメリットは、相手からコンタクトしてくれて始まる仕事は相手が自分にやって欲しい仕事であるため、必ずしも自分がやりたい仕事ではないという点です。その点については、できるだけ普段から「自分がやりたい仕事について意思表明しておくこと」が消極的なソリューションではあるものの、「自分でやりたい仕事を見つけてそこに応募する」ことや「自分で仕事を作って自ら売り込む(原書を探して原著者にコンタクトするなど)」方法に比べると受動的です

フリーランス翻訳者として生計を立てていくためには、受注を切らさずに仕事を続けていくことが第一歩です。それは非常に大切なことですが、ある程度生活が安定してきたら次のステージに進みたくなってきます。

それは、相手から持ち込まれる仕事だけを順番にこなすのではなく、自分がやりたい仕事、原文のページをめくる手が止まらなくなるようなワクワクする仕事に出会いたい、という自分の気持ちを無視せず、応えるということです。

仕事はあくまで仕事なのだから、いただける仕事を順番に確実にこなしていくのが一番、という考え方もあります。それはそれで否定しませんし、そういう考え方で幸せな生活を維持できる人もいると思います。

しかし、私の個人的な思いを語らせていただくと、やはり仕事にやりがいを持てないと精神的につらく感じます。

■全然面白くないけど報酬は高い仕事

■報酬はそれほど良くはないけど(※激安ではないことに注意)面白い仕事

の二択では、私は後者を選びます。やはり、仕事に面白さを求めることを諦めたくないのです。私のように「仕事が面白くないと辛い」という人は、「相手から持ち込まれる仕事を順番にやっているだけでは脳がだんだん拒否反応を起こしてくる」という時期に突入するかもしれません。そうなってくると、そろそろ「売り込まない営業術」が限界に近づいているのかもしれない、と思います。

自分が仕事に求めるものは何なのか、棚卸しが必要になるでしょう。打診を受けた仕事を受けたくないと思うとき、

■報酬が2倍になったらやりたいか(やりたくない理由はレートの低さ)

■納期が延びたらやりたいか(やりたくない理由は納期の短さ)

■報酬が2倍になっても納期が延びてもやりたくないか(やりたくない理由はレートでも納期でもない)

最後の選択肢に当てはまる場合、その分野は「無条件にやりたくない」と感じるのであれば無理して受ける必要はなく、以降は「専門外」として断るのも手だと思います。

仕事を受けたくない理由には報酬、納期、内容のほかに「やり取りしている相手と相性が悪い」という場合もあります。そういう場合はその会社とは距離を置き、新たな取引先を探すのもいいと思います。合わない相手と無理して付き合わなくていいのもフリーランスのメリットです。

これまで受動的な仕事の受け方を続けてきた私ですが、最近、無理して条件の悪い仕事を引き受けて体調を崩しました。報酬は低い、納期も短い、内容も面白くないという悪条件が3つ重なっていました。なぜそんな案件を受けたかというと、お盆明けでたまたまスケジュールが空いていたからです。

そんな仕事を受けてしまった自分に対する怒りと失望で納品後もしばらくぐったりとして動けませんでした。この経験から、単に予定が空いているからという理由で条件反射で仕事を受けるはやめようと思いました。

自分にとって「仕事を受ける時の条件」「仕事を断る時の条件」は明確にすべきだと思いました。

これからもネット上のビジビリティを高めるための発信活動は続けますが、「相手からのコンタクトを待つだけの受動的営業活動」だけではなく、自分がやりたくなるような面白そうな仕事の引き受け手を探しているところにこちらから応募する、という活動にも今後は力を入れていってみようと思っています。「売りこまない営業術」とは全く反対方向の主張で大変申し訳ありません。

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