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相手の気持ちを受けとめられないのはビジネスの副作用かも

1つ前の投稿でオウム返し(伝え返し)について書きました
オウム返しはカウンセリングの技法で、相手との信頼形成のほか対話の促進にも効果を発揮します。

さいきんではビジネスの世界でも、上司部下の1on1ミーティングを円滑にするためのソフトスキルとして習得が推奨されているらしいです。

しかしながらこの「オウム返し」は、カンタンそうに思えても実践しようとすると案外むずかしいものです。

例えば部下が「仕事がしんどい」といったとします。そのとき上司は「仕事がしんどいんだね」と返すのが正解とされています。

オウム返し(伝え返し)の応答

しかしながら、このときに沸き起こります。

「何、このやりとり?」という落ち着かなさ。もどかしさ。座りの悪さ。

どうしても別のことばに言い換えたい。または質問したい。さらには理由を探りたくなります。

つねづね、この何とも言えない感情の発現を「ふしぎなものだな」と思っていたのですが、先日とある会社のインタビュー取材のさい、自分の応答の中に答えを見出した気がしました。

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取材のテーマは「DX人材の対話と提案スキル向上」というものでした。

企業の情報システム部門の人員が対話や提案、交渉といったスキルを身につけるための研修を受けて、事例化するためにぼくはライターとして呼ばれました。

なぜ社内の情シスの人が、そのような外部向けのスキルを習得する必要があったのかと聞くと、インタビュイーである企業の最高情報責任者(CIO)の答えはこうでした。

「これからはデジタル化による変革、DXの時代。そういう中で推進役となる情報システムの人員には企画力が必要。ほんとうの課題を見出せるようにしないといけない。そのためには社内の関係者や経営陣と対話して、反応をもらえるように……

このとき、CIOが「反応をもらえるように」という自分の表現にしっくりきていないことが表情から察せられましたので、こう応答しました。

「なるほど。フィードバックを得たい、と」

「そうそう。フィードバック」

……その後も取材が続きました。終盤で、今後の展望として情報システムの人員に身につけさせたい別のスキルについて伺いました。CIOが答えます。

「そうですね、社内の経営層を教育して説得する能力というか……うーん、『教育』は怒られるな(笑)」

と、CIOは「教育」という単語の強さに気まずさを覚えた顔をされます。

「インプット、でしょうか」

「うーん。インプットというかね」

「啓蒙……?」

「啓蒙だね! そう書いてね」

いくつかの言い換えの果てに、キーワードは「啓蒙」に落ち着きました。

取材後、ぼくは自分の言い換えの応答がどういう意図から生じたのかを内省しました。おそらく、ぼくは手持ちの単語を並べることで目の前の相手に提案活動をし、採用されることを期待したのでした。

換言すれば「こんな言葉はありまっせ」「この表現はいかがでっか」という提案活動をしたのではないか、と。

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例えば、顧客が「人材不足が当社の課題」と発言したと仮定します。

証券会社は、時間を買うための施策としてM&Aでの人材確保を提案するでしょう。研修会社は、当然にスキルアップやリスキリングの研修を提案します。転職・求人サイトを運営する人材派遣会社は、ヘッドハンティングのサービスを紹介します。人材系のコンサルティング会社は、昨今話題のエンゲージメント向上のプランを紹介するでしょう。

ビジネスにおける応答(営業活動としての提案)

それぞれが手持ちの資源やノウハウを駆使して提案活動をする。これは当然の応答のように思われます。

顧客も「人材不足が課題なんです」といって、相手から深い頷きとともに「人材不足が課題なのですね」と共感を示してほしいわけではありません。

しかしながら、ぼくたちは常時、このビジネス上の応答をしてしまっているのではないか、と思うんです。誰が相手でもつねに取引相手、ステークホルダー(利害関係者)と見做して応答している。

部下の吐露した「仕事がしんどいんです」に対して、上司は手持ちの用語や価値観を通じて解釈し、探りを入れ、ときに飛躍した応答をしてしまう。

上司による言い換えの応答

部下「仕事がしんどいんです」
上司「ストレスを感じているんだな」
部下「ストレスというか……ただしんどいんです」
上司「仕事が退屈なのか」
部下「退屈ではありません」
上司「残業続きで睡眠不足とか?」
部下「さいわい夜は眠れています」
上司「気力が湧かないのか?(もしやうつ症状……?)」
部下「あの、私の話 聞いてます?」

受けとめてくれない上司との不毛な会話

こうしているうちに部下の気持ちは無意識にズラされ矮小化されてしまう。部下のこころは転々として、校庭のすみの側溝に入り込んだボールのように紛失してしまう。

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すべての悩みや相談は提案依頼ではなくて、ただ聞いて共感してほしい、という場合があります。これはよく言われることなのに、シンプルに伝え返す応答はとてもとても難しい。

これはおそらく、ぼくらが常にビジネスの場面における応答を最適なものだと考える副作用なのではないか。このごろ、そういう推論に達しました。

「しんどいんです」を聞いた上司は、わざとズラしたいわけではなく立場や責任、心配なので役に立ちたい願い、問題を解決したい気持ちが根底にある。良かれと思って応答しているんですね。それが裏目に出る。

状況に応じて、無意識下のビジネス的応答から、見返りを求めない条件なしのシンプルな応答に切り替えることが大事だと思います。

とはいえ、こうした応答は根深く習慣化しているので、切り替えることは容易ではないと思いますけれど……。

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