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ひそひそ昔話-その2 お父さん、お父さん、あれが見えないの?ゴリラの幽霊が!息子よ、確かに見たよ 白い服の女の人を-

 実家の隣は駐車場だった。でも実家の壁のペンキが色あせておらず、庭の芝生も生き生きとしていた四半世紀前の新築時は、墓地だった気がする。だからじゃないけれど、私の家にも幽霊が出た。らしい。私の家族はみんなで心霊番組を見ることが家族団らんのひとつのかたちだった。所さんだか嵐だかタモリだかの番組の、心霊写真を紹介するコーナーで、毛むくじゃらのゴリラの幽霊だかが紹介されて、それがなんだかとても怖くて、脳裏にこびり付いて離れなかった。

 暗い廊下の突き当りにトイレがあって、幼い私にとって、きっとトイレまでの道のりは絶望的な試練に他ならなかったろう。尿意と恐怖のはざまでプライドもくそもない(尿意はあるけど。ハハッ)。私が5歳になっていようとなかろうと、漏らしてしまうくらいならば、1人でトイレに行けないという屈辱を受け入れよう。

 というわけで、父と兄にすぐ後ろに立ってもらいながら、立ちション。洋式の便器へ向けて安心と安全の立ちション。のはずだった。急に寒気がして、後ろを振り返ると父も兄もいなかった。リビングのドアを開けようとしているところだった。あぁ、なんという裏切り。

「パパと兄ちゃんが置いてったっつよ!」と顔パックを外している最中の母の膝のところに泣き喚いた。母のパジャマに涙の水たまりが出来るくらい。

「ゴリラのお化けが、しっこしてる時に出てきたらどうしたとや!ばか!」となおも怒る幼い私。

「ごめん。ごめん。でもね、昔、パパも幽霊見たよ。二階の書斎で寝てたら金縛りにあって、髪の長い白い服の女の人を!こわかったなぁ」と、ニヤリ母の方に笑いかけた。まだ幼いんだねぇ、と。

 母はやれやれ馬鹿ばっかりね、という顔をして「歯ブラシ持ってきて、磨いて寝るよ」と言った。我が家では、父が家族の耳かきを担当し、母は幼い子の歯磨きを担当していた。両親の膝というのはとても落ち着くものだ。父の足は臭かったけれど。まぁ、なんちゅうの。癖になる臭さというやつだ(笑)

 父と母と三人で川の字で寝ていると、とても落ち着いて眠ることができた。幽霊のことなんか一つも頭に入り込んでくる余地などなかった。ただ、太り始めた父の柔らかい二の腕を枕にしていると、その体温が温かくて、そして母が隣で寝ていることの安心感が、私を深い眠りへと導いてくれることがとても嬉しかった。

 それから十年も経つと、上のきょうだいは家を出て、私は自分だけの部屋を与えられた。弟との二人部屋も卒業し、自分だけの楽園を持つことになった。それは、二階の東の和室、父の元・書斎だ。

 ある日、私が家の手伝いもせず、ぐうたら寝ていると急に体がこわばったことがあった。金縛り、というのは本当に一ミリも身体を動かせなくなるものなのだ。

 ふと悪寒がして、引き戸の方を見ると、髪の長い白い服の女の人がこちらを見ている。

 で、思春期真っ只中の私は、幼い頃のことを理解したわけだ。やれやれ、今起きますよ、と金縛りをなんとか解いて私は起き上がった。

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