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バンドマンと作曲サロンやってみて

かつて一緒にライブに出ていた音楽仲間とオンラインで集まって、お題に沿った曲を作って披露するクローズドな回を開催している。どんなことをやっているか、会を通した気付き、挙がった話題などをつらつら紹介する。

オンライン飲み会の肴として曲を持ち寄る

タイトルでは「サロン」とか書いたけど、オンライン飲み会の肴として曲を持ち寄っている雰囲気に近い。たまたま身近で興味のあった4~5人ながら、このくらいの人数がちょうど良い。

ペースは月に1度くらい。お題は「お題となる無音動画に曲を当てる」「オレが思うエヴァの主題歌をつくる」ときて、第3回目となる今回は「谷川俊太郎の詩に曲を付ける」だった。

会議ツール(Teams)を使って夜な夜な集まり、順番に曲を披露する。披露と言っても、ネットワークドライブに提出した音源を各自で聞いて戻ってくる方式。それから、制作の環境・狙い・苦労した点などをプレゼンして、あーだこーだコメントする。

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家族の目を盗んで撮っているのはご愛敬で、コソコソ撮ったものをツールを駆使してピッチ調整するメンバーもいれば、外出した隙を突いて録るメンバーもいる。

優れた詩は曲を付けやすい

私自身、これまで詩に無頓着だったし、詳しくも明るくもないし、そこまで真剣に向き合ったことがなかった。

今回のお題「谷川俊太郎の詩に曲を付ける」を通して、これまでになく詩を何度も読み込んだり、イメージを沸かせたりした。上手く作れるかは置いといて、みんな共通して「作りやすい」と話していた。

選ばれた「ことば」から膨らむイメージや、詩の持つリズム感において、大先生の詩はやっぱりスゴイ。素人が言葉を並べた歌詞とは一味違うのだというのは、身をもって知った発見だった。

成長には挑戦できる砂場が必要

レコーダーとアコギで弾き語っていたのが、DAWを導入するようになり、課金音源やプラグインが増えてゆく。素直にダイアトニックコードを当てていたのが、一時的に別のスケールから借りてきたり、慣れないdim, sus, aug, 6thなんかを使いだしたりする。回を重ねるごとにメンバーも成長する。

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人に聞かせる曲を創るとなれば、これまでやってみて上手くいった方法を踏襲して「置きにいく」ことをする。だけどそれだけでは、いつまで経っても幅が広がらない。

クローズドな場であれば、人の評価を気にし過ぎずに転びながら挑戦することができる。そうやって幅を広げることで、次に「置きに行く」時のバリエーションが肥やせる。

参加メンバーだけに聞かせることを意図して創るけれど、後から参加メンバーの奥様からの辛辣なコメントが届くこともある。面白いくらいにぶった切られていて、それはそれで勉強になる。

インプットの蓄積を披露する

毎度、同じテーマで曲を持ち寄っているのに、まったく方向性が被らないことに感動する。そして、回を重ねると「あの人が創りそうな曲だなぁ」ということが掴めてくる。

創作のプロセスは「コッチとソッチのどちらが良いかな?」と判断することの連続で、その判断において「私はコッチの方がシックリくる」という価値観を拠り所にする。価値観の元を辿れば、これまでにインプットしてきた音楽にルーツがあったりする。

いつもギター弾いてるけど実はEDM好きだったと判明するなど、その人のルーツが見えて、仲間内でやってみると面白い。

世界の見え方が変わる

普段からベースを弾く人にとって、同じバンド楽器だと言ってもドラムのパートを付ける引き出しが無い。

「あの曲のドラムはどんなだっけ?」と思い出せず、普段から、いかにドラムを聴いていなかったのかを意識することになる。

車の免許をとると、見慣れた景色に道路標識があることを意識するように。ベビーカーを使いだすと、使い慣れた駅のエレベーター位置を意識するように。そのパートを演奏したり創作したりすることで、世界の聴こえ方も変わる。

楽器が弾けるという呪縛

バンドでギターを弾いている人が曲がギターのパートを付けると、かなり「それっぽく」仕上がるのは当たり前ではある。一方で、ギタリストがフルートを付けるとなると、本来はどういう役割なのか、どういう定石なのかが分からず、創っている本人はかなり不安になる。

聴く人もフルートに馴染みが無いので「ぜんぜん悪くないぞ」というコメントにはなるのだけど、おそらく本業の人が聞いたら無茶苦茶だろう。楽器が弾ければ、身体性が伴うパートが付けられて、「それっぽく」仕上げる意味において強みとなる。

一方で、「普通はこうやって弾くよね」という判断も一種の呪縛になる。「ワンルーム☆ミュージック」で紹介されるような、スマホ1台で曲を創ってしまう10代の作曲家達は、実際の楽器を弾くという身体性から解き放たれていて、それによって生まれる新しい表現もあるのだろう。

表現を試みると崩れる壮大な脳内イメージ

浴室でシャワーを浴びている時に曲のインスピレーションが降りてきたら、忘れないうちに書き留めなきゃと思いながら、脳内イメージでは重厚なサウンドへと広がっている。

でも、DAWに向かって音を入力して試行錯誤しはじめると、ツールから聞こえてくる音にイメージが上書きされて、もとの脳内イメージが消えてしまう。ボードゲームの「初期配置が最も美しい」話のように、手を動かさないと出来ないのに、手を動かすと崩れてしまう。

もちろん、創っているうちに「こっちの方がいいじゃん」という偶然の化学反応もあって、当初の脳内イメージと全然違うものが出来上がるから面白い。

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そんな訳で、次回は「オレがプロデュースするアイドルの曲」をつくるため、空想のアイドル設定から作り込まねばならない。活動の場がないバンドマンの嗜みとして、曲つくって披露しあうのも面白いよというお話まで。

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