三谷は自分をどう脚本するのか。
どこか三谷幸喜は最近
アンタッチャブルな雰囲気に
なってきていないかなって。
そもそも素人のワタクスが
率直に感じるのは
脚本家、前に出すぎじゃねぇかと。
バラエティにも出演するし
コメンテーターもする。
存在自体を周囲も大きく扱いだす。
さらにファン層が強烈に支えて
逆らえない雰囲気つくってるような。
嫌いじゃないですけど、そこまで
絶賛されるほどかな?とも思う。
作品によってはこっちが好意的に
寄せていってるからこそ、もある。
脚本家はベースだとすれば
そこに味付けを加えるのが
演出だと思うんですが
今回の大河ドラマでも
前回の真田丸でもそうだが
演出も何もかもすべて三谷が
やってるかのような雰囲気でしょ?
演出もすべて三谷の脚本どおり?
それなら演出する人間の意味はあるのか。
知らん素人のワタクスの戯言では
そうなりますよ笑
映画で三谷監督脚本とかならわかるが
ドラマで脚本のみ担当だけど
マスコミも脚本家が有名だから
個人のキャラクターも含めて
三谷に強めにフォーカスしてしまう。
もちろん三谷ファンもそれを望み
マスコミもそれに呼応していく。
ほら、もう手に負えない笑
おそらくみんな中年以上でしょ。
若い人が入り込む余地などない。
こうなると無敵の流れになる笑
私たちが毎週観ているのは
三谷の脚本だけではなく
演者含めた制作チームの作品。
それもわかってはいるんだけど
三谷の手柄のように伝わってくる。
このつくられてしまう情報の怖さ。
人気やカリスマ性のバイアスもあり
三谷マンセーで伝わってしまうのは
三谷本人もどうなのだろうね。
大御所感も「出させられて」
きているだろうし。
これも逆らえない雰囲気を
本人が望まなくても周囲がね。
なんだか先生呼ばわりする
職業のたぐいと同じように
センセイ化して逆らえない
専制みたいな雰囲気になってく。
ワタクスはこういう権力っぽい
ところでうまく乗り切るコツは
上に歯向かい、下には歯向かわせる。
コレだと思っているんです。
なんとなくですけどね。
だけど、周囲が察して下の芽を摘み
下を封じ込めるような意図をもつ
側近ポジションの人間が、必ず出てくる。
周囲が自分のポジションを
確固たるものにするために(ホンネ)
武将に逆らわない流れをつくると
武将は思てたんとちがーう像を
勝手につくられてミスリードされ
本意ではない方向に進んでしまい
こんなじゃなかった感に突き落とされる。
これが盛者必衰のコトワリ
なのかはわからない。
ほとんどは武将の意図するところを
周囲の人間も自身の
アドバンテージ越しで取って
行動してしまうがために、生じるもの。
武将の本来の意向といつしか
しらずしらず、だんだん離れていく。
コメディタッチのシーンも
そんなに大げさに笑うほどでもないが
ネット大ウケとマスゴミも報じて
ネット民、読みたいだろ?感を出す。
三谷自身も、頼朝なんだろうな。
それをわかっている感じもあるな。
なんだかんだで人間の本能は
自分が可愛いがためにある。
いくら正論を吐いたところで
誰かが誰かを思うふりして
自分の優位をキープしたがるため
みんな必ずどこかで突き落とされる
そういう運命なのだ、ということを
暗に言いたいのかもしれないね。
良きところで、とは
いつも思うところとは
すれ違うことばかり。
偉くなればなるほど
どんどんズレは大きくなり
修正できなくなるほど
理想とは、かけ離れていく。
さぁ、三谷。どうするよ?笑
いまはもうカリスマの流れが
悪い方向へ変わってきている
そんな感じもしなくもない。
歯向かわせる人を自分のそばに
あえて置いているだろうか?
周囲が善児になっていないか?
何を偉そうに、失礼しました笑
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