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「生きる」 (映画 1952)

自分の余命が僅かだと知った定年前の公務員が、全てをかけて児童公園を作った話。

黒澤明監督の名作と名高いこの映画。72年前の作品なのに今見ても共感できるのは、死が人間にとって避けられない普遍的なテーマだからであろう。

分類すると「ヒューマンドラマ」枠だが、構成を見るとラストの1時間は「ミステリー」じみた展開を見せる。
主人公・渡辺の葬儀を舞台に、彼の立場や熱意・周囲の人からの評価が明らかにされていく様はさながら「種明かし」のようであった。

一番身近にいたはずの家族=息子の知らない父の顔が、他人の言葉によって解明されてゆく流れはある意味残酷だと思った。
灯台下暗しというか、最も解ってもらいたい者に真実は伝わり難いという事か。
渡辺は若くして妻と死別し、シングルファーザーとして一人息子を育て上げてきた。
大事にしてきた息子は気の強そうな嫁の尻に敷かれ、余命の話もできず、一体何のためにここまで大きくしたのかと落胆する様には同情する。

余命を察し、自殺もできず、酒場で知り合った作家と盛場で夜遊びする場面。やたらと扇状的なシーンが続くので、「男性は結局そういう方向にいくのか」と正直ウンザリした。
役所の部下の若い女性に付きまとう様にも、パパ活じみたにおいを感じそうになったが、それは渡辺が公園作りに向かう為の導火線として必然的なものだった。
「Happy Birthday」の曲が流れるシーンは、まさに新生渡辺の誕生を祝い鼓舞する場面なのだ。ここは黒澤監督の仕掛けと願いが込められた、重要なシーンだと私は評価する。

映画の冒頭から、役所の形式主義をあからさまに映し出す。これは役所仕事への批判であると同時に、そこから踏み出す渡辺の変異を見せるには欠かせない踏台でもある。
余命を意識しなければ、変化も進歩もなく単調な日々を送っていたであろう渡辺。
残り少ない生命を知った事で、それこそ生命を賭けて仕事を全うし燃え尽きたのは、自分で選び取った勲章だったのかもしれない。
皮肉なものだと思いつつ、できれば長生きしながら一期一会の情熱を注ぎたいと、私は思ってしまうのである。

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余談だが、この映画を見るのに前後して知人の思いがけない訃報を知った。14年前に少しお世話になった程度だが、なんとなく心に残る方だった。その方も自分の余命を知りながら、最期まで懸命に過ごされたとのこと。更にこの映画を見て、私とほぼ同じ感想を持たれたようでした。

昨年はお馴染みの著名人の訃報も多く。災害や事故の報道で、いつもより生命について考える事の多い年明けとなっている。
暗くなる必要はないが、より真摯に「生き死に」に向き合う昨今の私である。

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