時空

 都心から少し離れた、とある郊外の駅。
 そんな郊外の駅前にあるファミリーレストランは、お昼時ということもあり、それなりには賑わっていたが、やはりベッドタウンということもあり、都心にあるファミリーレストランに比べればそれほどの賑わいではなかった。
 そしてここに、二人掛けの席に座ってちらちらと扉の方を見る男が一人。
 年は二十代半ばに見える彼は、若者らしい普通の格好をし、机の上には水の入ったコップと山盛りのポテトが置かれていた。男はやはり定期的に扉の方を見ながら、時たまポテトフライを口に運ぶのだった。
 また扉が開く。扉の方を見る男。その男の顔が晴れやかになったことからも、待ち人が来たことは明白だった。
 店に入ってきた男は、席を案内しようとした店員に向かって、待ち合わせをしていた旨を伝えたのだろう。店員がお辞儀をすると、一目散に男の元へとやってきた。
「本当にごめん。」
 男は席に着くと、座りもせずにまずは謝罪の言葉を述べた。
「いや大丈夫だから、座って。」
 光一は頭を目いっぱい下げている敦に座るよう促した。
「すまん。」
 敦はまだ謝罪の言葉を呟きながら座った。
「いや本当大丈夫よ。夜勤明けだから寝坊しちゃったんでしょ、まあ仕方ないよ。」
「ありがとう……」
 敦は消え入りそうな声でつぶやいた。
「それによかったじゃん。これがもしライブだったりしたら大変だったかもしれないけど、今日はネタ合わせだったわけだし。」
 思った以上に落ち込んでいる敦を見て、光一はなだめることしかできなかった。
「今日のここのお金は、払わせてくれ。」
「いやいいってば。」
「いや頼む。せめてそれくらいはしたいんだ。」
「そんなに言うなら、じゃあまあ。」
 光一は敦の謝罪方法を受け入れることにした。
「で、ネタなんだけど……」
「うん。」
 売れてないとはいえ、やはりそこはいっぱしの芸人である。ネタという言葉が出ると、二人の目はいつになく真剣になった。
「よさそうなテーマは思い浮かんだんだけど、なかなか形にならなくて。だから今日話せればなって。」
「ありがとう。」
「とりあえず、まず光は、過去に戻れたら何したいか聞いてもらっていい?」
「わかった。」
「じゃあ一旦、その感じで軽く会話してみようか。」
「ああ、わかった。」
 敦の持ってくるネタはこういうところから始まることも少なくなかったので、こういった状況も光一にとっては最早慣れた状況だった。
「もし過去に戻れたらどうする?」
「うーん、金儲けするかな。」
「金儲け?」
「そう。過去に戻れる技術を手に入れたんだから、それを使って金儲けするよ。」
「それは、違くない?」
「違う?」
「そういうんじゃないじゃん。」
「え、どういうこと?」
「いや別に過去に戻れるって言っても、タイムマシーンを発見したとかじゃないのよ。」
「え、じゃあ絶対時空移動機械を作り出したわけじゃないの?」
「何その長ったらしいの。そんなの作り出してないから。」
「じゃあどうして過去に戻れるの?」
「いやそれはなんていうか……あ、今の記憶を持ったまま、その頃に戻れるみたいな。」
「精神だけタイムスリップできるみたいな?」
「ああ、そんな感じ。」
「それどういう技術?」
「技術気にしないでいいから!」
「とまあ、こんな感じ。」
 敦は漫才中の少し表替わりな雰囲気を降ろし、普段の敦としてそういった。
「なるほどね。」
「どうかな。」
「うーん、お客さんがついてこられるならいいんじゃないかな。」
「そっか。」
「このあとはどうするの?このまましゃべくりで行くのか、実際に過去に戻りました、みたいなコントに入るのか。」
「そこも迷ってるんだけど、コント入るのもちょっとなあ、って。」
「なるほどね。」
「でも、話せてよかったわ。もうちょっと詰めてから持ってくる。」
「お願いします。」
 光一は一礼した。
「で、これがこの前のネタなんだけど……」
 そういうと敦はバッグからびっちり台本が印刷された紙を出した。
「うんうん。」
 二人の時間はまだ始まったばかりだ。

この記事が参加している募集

#スキしてみて

526,592件