ヴァンパイア

 授業も終わり、今日はバイトもその他の予定もなかった俊作と大河は二人連れ立ってディスカウントストアに足を運んだ。
「えっとね、三階にあるのかな。」
 大河は店の案内図を見て言った。
「いこっか。」
「俺、こういう店に来ることあんまりないんだけど、本当なんでもあるんだな。」
 階段を登りながら俊作はつぶやいた。
「そうだよー。お目当ての商品探すだけでもう一苦労なんだから。」
「確かにな。」
 俊作は頷いた。
「あれ、そう結構前にここでバイト始めたみたいなこと言ってなったっけ。」
「ああ、うん、それね。」
「なんだよ。」
「いや、もう少し家に近い店舗で働き始めたんだけど、全然馴染めなくて2,3か月くらいで辞めたんだよね。」
「ああ、そうだったんだ。」
「それ以来その店には行きづらいから、こうして別の店舗までわざわざ足を伸ばしてるってわけ。」
「なるほどな。まあ、そういうもんだよ。」
 俊作は笑いながら慰めた。
 三回にたどり着くと、二人は目当てのコーナーを目指してうろついた。
「あ、あそこだ。」
 大河が指差す先には、でかでかと「コスプレ衣装」の文字が。
「おお、本当だ。」
「ちょっと見てみようか。」
「そうだな。」

 そもそも二人がコスプレコーナーに来たのは、もちろん理由があった。
 それは、ゼミのメンバーでハロウィンパーティーをやることになったからだった。
 そもそもコスプレの趣味などなく、しかもハロウィンパーティーだってやったことがない二人にとっては未知の領域だったが、それでもゼミの行事とあれば断ることはできず、二人は腹を括ったのだった。

「うーん、多すぎるね。」
「そうだな、何にしたらいいかわからないな。」
「なんか候補とか考えた。」
「いや、正直ここに来れば何とかなるだろうと思って何も考えてこなかった。」
「俺も。」
 二人は深くため息をついた。
「しかも、結構いい値段するのな。」
「それは思った。」
 二人はたくさん並んだコスプレ衣装のタグをちらっと見て、落ち込んだ。
「まあでもやるしかないからね。」
「それもそうなんだよ。もちろん裁縫の技術なんて持ち合わせてないから、ここはお金出して買うしかない。」
「そうだね。」
「うーん……」
 俊作がボーッと眺めていると、大河が声をかけてきた。
「これなんてどう?」
 俊作が手に取っていたのは、ヴァンパイアのコスプレ衣装だった。
「ええ、ヴァンパイア?」
「いや分かるよ。でも俺たちってこういうの初めてなわけじゃん。」
「そうだよ。」
「そしたら、こういうザ・ハロウィンみたいなベタなやつでいいんじゃないかなって。」
「まあ、分からんでもない。」
「下手に飛ばし過ぎるより、ハロウィン初心者なんですよー、っていった方がいいと思うんだよね。」
「なんだハロウィン初心者って。」
「どう?」
「正直、悪くない。ほらこれ、牙までついてるみたいだし。」
 そのコスプレセットには上唇と歯の間に挟ませる牙風のものまでついていた。
「いいじゃん、ねえ。」
「おお。でも、二人ともこれで行くのか。」
「確かにね……」
 二人は再び頭を抱えた。
「え、これは?」
 大河が突然大きな声を出した。
「うるさいって。」
「ごめん。いや、これこれ。」
 大河が小声でつぶやく。
「え、狼男?」
「そう。」
 大河の手には割と怖そうな狼男のコスプレが握られていた。
「すごいな、これ。」
「よくない?」
「うーん……」
 反応に困る俊作。
「じゃあわかった、俺はいいと思ったから、狼男にするよ。」
「おお。」
「で、俊作はヴァンパイアにする。」
「なるほどな。まあ俺もヴァンパイアに愛着がわきそうだし、いいじゃん。」
「よし、じゃあ買おう。」
「おお。」
 二人は各々衣装を持ってレジを探した。
「あ……」
「どうしたの?」
「今一つ気づいたんだけど、」
 大河が、うんと言って頷く。
「こえ、レジに持ってくのが一番恥ずかしいな。」
「ああ、確かに。」
 二人は揃って顔を伏せながらレジへと向かった。

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