コーラス

好きな科目を聞かれると、特に小学生の頃などは、体育や図工、それに音楽などいわゆる勉強とは離れた教科を答えるものだ。
中には物珍しく国語や算数が好きだと答える者もいるが、それはなかなかに稀有な例である。
それは中学生、高校生になっても同じようなもので、得意科目でも聞かれればそれはまた別の答え方になるのだろうが、好きな科目と聞かれてなかなか直接的な勉学に繋がる科目を答えるものは少なかろう。
体育や図工、それに音楽といった科目は時期によってはやる内容が変わる科目だが、そんなやる内容が変わるとなかなかに好みが別れるようで。

「はあ、憂鬱だ。」
「この前の体育のときもそんなこと言ってなかった?それこそ九十九っちと二人して。」
急に嘆き出した勇樹に陽介はそう答えた。
「この前とは別だよ。」
「いやだってまっつん、次の授業音楽だよ?別に楽器苦手じゃないでしょ?」
「そりゃあ音楽の授業の合奏くらいだった、弾けるよ。」
「じゃあなんで……」
「あれ、二人ともどうしたの?」
そう声をかけたのは英一だった。
「ああ、九十九っち。」
「なんか僕の話してなかった?」
「ああ、ちょっとね。」
陽介は少し笑ってみせた。
「なになに?」
「いや、この前の体育の話よ。」
「ああ、跳び箱ね。」
英一もあの時のことを思い出したのか、露骨に元気をなくしたようだった。
「いや、待って待って。ほらあのとき、まっつんも九十九っちも嫌そうだったじゃん。
そうだね。」
「そのときのことをちょっと話してて。」
「え、なんで今更。」
「いや違うんだよ、ほら今から音楽でしょ?
そうだね、だから早く行かないと。」
「うん、そう。なのにまっつん、嫌だって言うんだよ。」
「え、音楽苦手なの?」
「いやそうじゃなくてさ……」
「今日から合唱コンクールの練習じゃん。」
「あ、それだ!」
英一の言葉を聞いてなにかに気づいた陽介が大きな声で叫んだ。
「急にどうしたの。」
「あ、ごめん。でも、わかったんだよ。」
「え、あ……歌うの苦手?」
「うん、まっつんは苦手。」
「言うな。」
勇樹は強い声で制止した。
「ごめん。」
「でも合唱なんてみんなで歌うし、大丈夫じゃない?」
「いや、それが……まっつん、コーラスの中でも相当浮くくらい、なのよ。」
「ああ、そうなんだ。」
そういえば、三人で遊ぶ機会は今まで何度もあったが、カラオケには行ったことがないことを英一は思い出した。
「よし、今度の日曜日、カラオケに行こう!」
「ええ、九十九っち?」
「どうしてそうなるんだよ。」
「いや、自慢じゃないけど、僕結構歌には自信があるんだよ。ほら見て、僕って太ってるだろ?ね?」
なかなかに答えづらいことを言う英一。
「いや……」
「んー……」
「あ、違う違う。要は楽器として大きいのよ。ほらプロのオペラ歌手とかも大柄な人多いでしょ?」
「ああ、それは確かに。」
「だから、日曜日、僕なりに歌が上手くなるようにレクチャーするから。ね?」
「うーん……」
「来年もあるんだよ?」
そう言われると何も言えなくなる勇樹。
「お願いします。」
「よし!じゃあ、今日は、口パクで誤魔化そう。」
「それがいいかもね。」
「ああ……」
陽介と英一は勇樹の肩をパンパンと叩き、共に音楽室へ向かうのだった。

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