鶴の恩返し

「これ、なんですか?」
 竜さんに呼ばれて角田酒造に呼ばれた俺は、酒造の入り口付近にあった木彫りの置物を指さしてこう言った。
「これは鶴だよ。」
「ああそうなんですね。」
「鶴ってのは縁起がいいからな!」
「なるほど。確かにそういうイメージはありますね。」
「俺は、昔っから鶴が好きなんだよ。」
「へえ、なんでですか。」
「お前、鶴の恩返しって知ってるか?」
「ええもちろん。」
「あの話、どう思う?」
「どう思う、って言われても。」
 目上の人からのこういう質問が一番困る。
 ゲームみたいに選択肢が出てくるわけじゃないし、好感度を可視化することもできない。
「うーん……」
 渋っている俺にしびれを切らしたのか竜さんが声を張り上げた。
「バカ野郎!男ならドンと答えてみろ!それで相手の機嫌損ねたら、すいませんでした、って謝りゃいいんだ。」
 そうは言われても難しい。
「清志、返事はどうした!」
「はい!」
 そういわれると大声で返事することしかできない。
「で、どう思う。」
「そうっすね、そんなに言われたら開けちゃうよな、って。」
「なるほどな。」
 竜さんは深くうなずきながらそう言った。
 これは、正解だったのか?
「それも一理ある。」
「はい。」
「確かに恩返しにしてはちょっと恩着せがましいよな。」
「はい。」
「でも俺はな、鶴ってのはなんて律儀なんだ、って思った。」
「律儀、ですか。」
「うん。特に今の時代なんか考えてみろ、手を差し伸べてやって、その手をつかんだくせに、いざ助けられたら感謝の言葉一つ言わずに立ち去るやつが多い。」
「なるほど。」
「その反面、あの鶴はどうだ。鶴のままじゃダメだってんで、自分の姿を変えてまで恩返しに来た。見上げた精神じゃないか。」
「まあ確かに、それはそうですね。」
「しかも思い出してみろ、自分の羽で機(はた)を織ってるんだぞ。見上げた精神じゃないか。」
「そういわれてみると、そうですね。」
「だからな、確かに、絶対に開けないでください、なんて無茶な要求はしてきたが、そんな小さいところに目を向けちゃダメだ。もっと大局的にものを見ろ。」
「はい!」
「うん、いい返事だ。」
 そんな話を聞きながら昔のことを思い出す。
 俺はいたずらばかりして、手を差し伸べてくるやつをうっとうしいとすら思っていた。
 そんな心の内を読んだかのように竜さんが話す。
「いいか、清志。お前は昔は悪ガキだったかもしれない。」
「はい。」
「でもな、今のお前は変わった。しっかりと、挨拶と礼のできる男になってきた。」
「ありがとうございます。」
「失敗ってのは誰でもするんだ。でもって過去の過ちも消えたりしない。」
「はい。」
「その過去の過ちをいろいろ言ってくるやつもいるが、それは自分のせいだから受け止めなきゃならん。でもな、だからって腐ったりしちゃあおしまいだ。」
 俺は深くうなずく。
「そういう時こそ前向いて、しっかりと挨拶を礼をする。それが大事だ。」
「はい!」
 俺は今日一番の返事をした。
「よし、いい返事だ。一杯飲んでくか!」
「いやあの、まだ未成年なので。」
「ああそうだったそうだった。」
 そういって竜さんは豪快に笑った。
 そんな竜さんの笑い顔を見ながら、俺の人生を変えてくれたこの人に一生かけて恩返しをしよう、そう思うのだった。

この記事が参加している募集

#スキしてみて

525,537件

#忘れられない先生

4,599件