寄付

夕方前の喫茶店。少し慌ただしかったランチタイムも終わり、店の中には落ち着きと静寂が戻ってきた。
いわゆる洒落た喫茶店と言えど、やはりランチタイムは書き入れ時。オシャレだからこそ、SNSで発信され、それを見てくる客も少なくない。
ここは最低限の料理しか振舞っていなかったが、それでも、それこそがオシャレだと、たくさんの人で連日賑わうのだった。
そんな喫茶店の一席に座る男が二人。この店の常連とても呼ぼうか。

「お客さんも落ち着いてきましたね。」
「ああ、そうですね。」
高森は何となくそんな返事をしてから腕時計に視線を落とす。
「わあ、もう3時過ぎてます。」
「ああ、もうそんな時間でしたか。」
「とりあえずさっき話した感じで行くってことでいいですか?」
「ええ、お願いします。」
「じゃあ、そろそろ。」
そういって高森が席を立とうとしたところを雨相は制止した。
「高森さん、もう少しだけいいですか。」
高森は雨相の方を見て、はい、と頷き、片付ける手を止める。
「どうかされましたか?」
「いやこの前コンビニに行った時にふと思ったんですよ。」
「なんですか?」
「コーヒーでも買おうと思ってレジに並んでたんですよ。」
そこまで言うと、まずいことを言ってしまったとでも思ったのだろうか。
「ここのコーヒーには敵いませんよ?」
少し大きな声でそう言った。
「いやまあ、分かりましたって。」
高森は苦笑いをうかべた。
「で、どうされたんですか?」
「そうそう。お会計をしようとしたタイミングで気づいたんですよ。あれがないな、って。」
「あれ、ってなんですか?」
「昔はレジのところにあったものです。分かりませんか?」
「うーん……ちっちゃいチョコですか。」
「ああ、それはありました。」
「じゃあ、ライターとか。」
「ああ、確かに昔の方が見かけた気もしますかね。でもタバコが売ってるコンビニならまだありませんか?」
「そうなんですかね。すみません、僕吸わないんで。」
「僕だって吸いませんよ。」
雨相は笑って返した。
「分かりませんか?」
悩ましげな表情を浮かべる高森に雨相は再び問いかけた。
「ちょっと、分からないです。」
「そうですか。」
雨相はクイズ番組の答えを溜めて言うかのように、コーヒーを口に運んだ。
「答えは、募金箱です。」
「募金箱……ああ、確かに。昔はよく見かけましたけど、最近見ないかもしれないです。」
「でしょう?災害だったり、貧しい国へ寄付を、なんて言って、それこそ小学生の時分なんかはお釣りをそこに入れていいことした気分になったもんです。」
「うんうん。」
「で、考えてみたんですよ。なんでなくなったんだろうって。」
「はい。」
「まあ色々理由はありましょうが、大きな理由のひとつはキャッシュレス決済の台頭じゃないかと思ったんです。」
「ああ、なるほど。」
「大きな団体に寄付しようと思えば大金を投じる人もいましょうが、なかなかコンビニの募金箱にお札は投じないでしょう」。
「そうですね。それこそたまにあの中にお札を見かけたりすると、それなら僕に、なんて思っちゃいました。」
「そういうもんですよ。」
雨相は笑った。
「小銭を持っておくのが面倒だからと投じてたのに、キャッシュレス決済が台頭したことでその煩わしい小銭を持つ必要がなくなったわけです。」
「うん、僕も最初の頃こそ抵抗ありましたけど、今じゃもうすっかりキャッシュレス決済派です。」
「まあ便利ですからね。でもそうやって新しいものが台頭すると、消えゆくものもあるってことですよ。」
「なるほど。」
思った以上に深い話になったな、と高森は感じた。
「いやそれだけです。お手間を取らせてしまい申し訳ありません。」
「いやいや、興味深い話でした。」
「じゃあ出ましょうか。」
「はい。あ、領収書切りたいんで今日は現金で支払います。」
「え、現金じゃないとダメなんですか?」
「なるべくそっちの方が好ましい、みたいな。」
「はあ。時代が新しくなっても、ついていけない人もいるんですね。」
雨相は皮肉たっぷりにそう言った。

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