クリケット

 おかしな金箔の話が終わったかと思いきや、彩世を待っているほのかは、その話が終わったからと言ってまだ理科準備室を後にするわけではない。
「先生ってそう言えば、学生の時何部だったんですか?」
「僕はまあ、生物部ですね。」
「ああ。」
「そんな反応しないでくださいよ。」
「だって、予想通りだったから。」
「まあそうかもしれないですけど。」
「スポーツとかは、やったことないんですか。」
「うーん……ああ、小学校の頃に少しだけ野球をやってましたね。」
「え!」
 ほのかは小さな理科準備室に響かせるには十分すぎる声量で驚いた。
「静かにしてください。何事かと思われますから。」
「あ、すみません。でも、なんで。野球が好きだったんですか。」
「まあ嫌いではなかったですよ。今でも野球の結果を見るのは嫌いじゃないですし。」
「へえ、じゃあ野球好きなんですね。」
「野球好きかと言われるとちょっと……」
「え、どういうことですか?」
「三つ上の兄がいるんですけどね。兄は昔から野球が好きで、その影響で小学校の頃だけ地元の野球チームに入ってたんですよ。」
「ああ、なるほど。」
「まあだから中学に入ってからは続けませんでしたし、別段オシャレとかに興味があったわけではないですけど、坊主にするのは嫌だったんで。」
「なるほどね。」
 ほのかは笑った。
「大桃さんは、何かスポーツをやってたことないんですか。」
「小学生の頃はバスケを少しだけやってましたけど、正直運動するの嫌いなんで、すぐにやめちゃいました。」
「なるほど。」
「なんですか、やっぱりみたいな。」
「いやいや、そんなこと思ってないですよ。」
 樽井は少し笑いながらそう言った。
「なんかムカつく。」
 ほのかはわざとムスッとしてみせた。
「あ、待って。先生野球やってたんですよね?」
「ええ、そうですよ。」
「少し前に彩世ちゃんの家に行ったって言ったじゃないですか。」
「ああ、そう言ってましたね。」
「彩世ちゃんのお父さんってすごいアウトドアらしくて、変わったものもいっぱいあったんですよ。」
「はいはい。」
「その中にね、なんか見慣れないバットみたいのがあって、でもなんかちょっと変だったから聞いてみたんですよ。」
「ほお。」
「そしたらね、これはクリケットのやつだっていうんですよ。」
「クリケット?」
「知ってます?」
「名前はね。」
「結局全然ハマらなかったらシンですけど、一時期はやってみたことが合ったらしくて、なんでも野球の元になってるらしいですよ。」
「ええ、野球ですか?」
「はい。」
「ああ、だからバットみたいなものが。」
「多分。」
「はあ、なるほど。」
「すごいですよね。」
「ええ。日本じゃ流行ってないけど、海外じゃ人気のスポーツなんてざらにありますもんね。」
「ですよねー。」
「逆に野球なんて、限られた国でしかやられてないですからね。」
「え、メジャーリーグとかあるじゃないですか。」
 ほのかは驚きの声をあげた。
「だからアメリカがメインで、あとはほんの何か国かですよ。」
「そうなんですか?」
「ええ、ヨーロッパじゃ、まあマイナーなスポーツですからね。」
「えー、そうなんだ。」
 ほのかにとっても野球はなじみのあるスポーツではあったので、驚きを隠せなかった。
 すると、そこで部屋の扉を叩く音が。
「失礼します。」
「お、いらっしゃいましたよ。どうぞ。」
 扉が開くとそこにはもちろん、彩世の姿。
「お待たせー。」
「んん、大丈夫。」
「もう行く?」
「ちょっとくらいゆっくりしていこうよ。」
「うん、そうだね。」
「いやここ、私の教室なんですが。」
「いいよね、先生?」
 二人の視線が刺さる。
「ああ、どうぞ。」
 もちろんそれ以外に答えはなかった。

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