プードル

「乾杯~!」
 カツン、とジョッキたちがいい音を奏でる。
「いやでもこうやって俊作と二人で飲むのも珍しいよな。」
「ゼミ飲みとかはあるけど二人っきりはなかなかないかもな。」
「今は学生だからいいけど、社会人になったらもっと会えなくなるんだろうな。」
「まぁそうだろうな。」
 寂しいねえ、と呟きながら大河は枝豆をつまんだ。
「そういえば俊作って普段自炊とかすんの?」
「そりゃあするよ。」
「え、実家の時からしてた?」
「いやまさか。一人暮らし始めてからよ。」
「そういうのってできるようになるもん?」
「まぁやってくうちにな。え、一人暮らし始めんの?」
「いやいやそうじゃなくて。でも就職したらそうなる可能性高いだろ?」
「まあそうかもな。」
「だから大丈夫かなって思って。」
「いや何とかなるだろ。」
「でも一人暮らしって寂しくないか?」
 まだ一人暮らしをすると決まったわけでもないのにどれだけ心配しているのだろう。
「まぁ、多少はな。」
「かぁ、彼女持ちは余裕がありますな!」
「そんなんじゃないって。」
「よし、俺一人暮らししたらワンちゃん飼うわ!」
 突然の発言に驚く。どこの世界に一人暮らしを始めると同時に犬を飼いだす新入社員がいるのだろうか。こんなに酒が弱かったっけ?
「落ち着けって。犬は、そんなすぐに飼い始めるもんじゃないぞ。」
「いやうちな、少し前までプードルを飼ってたんだよ。」
「そうなんだ。」
「去年死んじゃってさ、でもやっぱりワンちゃんのいる暮らしっていいな、と思って。」
「だとしても新入社員が飼い始めるのは早急すぎないか?」
「まあそうか。じゃあ多少落ち着いたら飼うってのはどう?」
「それはいいんじゃない?」
「よし、じゃあそうしよう。」
「うん。」
 とりあえず一旦落ち着いてくれたようだ。
「俊作はワンちゃん飼ったことある?」
「いやないなぁ。」
「じゃあ先輩からのアドバイスだ。」
 特に求めてはいないのだが。
「小さい頃に最低限のしつけはしておけよ。」
 それはなんとなくわかりそうなものだが。
「あぁ、そうなんだ。」
「甘やかしすぎるのもよくないぞ!」
 さっきから犬の飼い方とネット検索したら一発目に出てきそうなことばかり教えてくれる。ありがたいばかりだ。
「それは、なんで?」
 一応問うてみる。もしかしたらとても深い理由があるのかも知れない。
「うちの『まき』ちゃんはめちゃくちゃ可愛かった。家族みんなで可愛がってた。でも、バカだった!」
 犬は飼い主に似るとはよく言ったもんである。
「そうか、肝に銘じておくよ。」
 大河は満足げな表情を浮かべていた。
「ちなみにさ、『まき』ってずいぶん人間っぽい名前だけど、なんでそうしたの?」
「あぁそれは、女の子だったから。」
「女の子だったから?」
「俺、小さい頃からかんぴょう巻きが好きでさ、男の子だったら『かんぴょう』、女の子だったら『まき』にしたいって、言ったんだよ。」
 もし俺が犬を飼うときは、もう少しかわいい由来でつけようと固く誓うのだった。

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