トランプ

「まっつん、これなんだと思う?」
 帰る準備をしようというときに近づいてきた陽介は、得意げな顔を浮かべていた。
「トランプだろ。」
「正解!」
 一発ぶん殴りたくなるどや顔をしている。
「何、ゲームでもすんの?」
「いやいやまさか。」
 トランプを出しておいてゲームをしない、今のは何のまさかだ。
「じゃあ何すんだよ。」
「ちょっとばかしマジックを覚えてきてね。見てみたい?」
「いや別に。」
 分かりやすい悲しげな表情。
「見てほしいの?」
 コクコク、と静かにうなずく。
「じゃあ見るよ。」
 パーッと明るい表情になったかと思うと、咳ばらいをしておもむろに話し出した。
「レディースエンジェントルマン!」
 俺しか見ちゃいないが。
「それではこれよりイリュージョンをお見せしましょう!」
「はい。」
「ではそちらのあなた、こちらからトランプを一枚選んでください。」
 広がったトランプから適当に一枚を選ぶ。
「それを自分で覚えてから好きなところに戻してください。」
 クローバーの5、カードを適当な場所に戻す。
「それではこちらをシャッフルします。」
 シャッフルの手つきは少しぎこちない。
「では次に、あなたもシャッフルしてください。」
 言われたとおりにする。
「では見ててくださいね。」
 そういうと、陽介は机の上に表向きにしてトランプを広げた。
「この中にありますか?」
「え、俺が探すの?」
「どうぞ。」
「いやどうぞじゃなくて。」
 無言の圧をかけてくる。
「うーん、ん?あれ?」
 ない、気がする。よーく探してみるが俺の選んだクローバーの5がない。
「もしかしてありませんか?」
「うーん、なさそうだな。」
「あれ、ちょっと待ってください。あなたの上着のポケット。」
 そういうと俺の上着のポケットから陽介は一枚のトランプを出した。
「こちらじゃないですか?」
 すると陽介の手にはクローバーの5のカードが握られていた。
「おお、正解。」
「ありがとうございました。」
 まるでたくさんの拍手を受けているかのように深々とお辞儀をしながらそう言った。
「どうだった?」
 興奮気味に尋ねてくる。マジックを見た側より、した側が興奮しているというのはおかしな話だが。
「いや、普通にすごかったよ。」
「本当?なんか気になるところとかなかった?小さい点でもいいから。」
「そしたら、一つだけ聞いていいか?」
「もちろん!」
「陽介はこのマジックをこういう感じでするの?」
「どういうこと?キャラクター的な?」
「いやそうじゃなくて。自分から振って、トランプ持ってきて、するの?」
「そう、だね。」
「なるほど。いや手品は確かにすごいんだけどさ、ちょっとすごさが減るのよ。」
 ぽかんとした表情を浮かべる陽介。
「今みたいにマジックして成功するだろ?それは確かにすごい。でも自分で全部用意しちゃってるから、そりゃあそうだよな、って思っちゃうんだよ。俺みたいなやつは。」
 ますます困惑した表情を浮かべる。
「その、しっかり準備されてるから裏切りがないというか。ほら俺、ルービックキューブできるじゃん。」
「そうだね。」
「でも俺がわざわざルービックキューブ持ってきてやったら、まぁできるから持ってきたんだろうな、ってなるじゃん。」
「ああ、はいはい。」
「分かった?」
「うん、理解した!でもそうしたらさ、どこでこのマジックを披露したらいいの?」
「そうだな、修学旅行とかに持ってって、そこで何気なく披露したらいいんじゃない?」
「なるほどね!でもなあ……」
「どうしたの?」
「俺、ウノ派なんだよね。」
 何の話をしてるんだろう。俺は無言で帰り支度を進めた。

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