クラッシュ

「ハルって兄弟とかいるの?」
「うん、兄さんが一人。」
「へえ。カッコイイ?」
「普通。」
陽乃は苦笑いを浮かべながらそう言った。
「そっか。仲良いの?」
「うーん、まあ悪くはないかなあ。」
陽乃は兄の顔を思い浮かべながらそう言った。バカなところもあるが、憎めない兄ではある。
「でもどうしたの、急に。」
「私、一人っ子だからさ。兄弟ってどんなもんなのかな、って。」
「私は一人っ子も羨ましいけどな。あ、でもお姉ちゃんとか妹も欲しかったかも。」
「結局ないものねだりよね。」
純恋はそう言ってから頷いた。
「でもやっぱりいたらいたでムカつくことはあるよ。」
「例えば?」
「なんか勉強してるのに邪魔してきたり、トランペットのことラッパって言ったり。」
「それくらい別にいいじゃない。」
純恋はケラケラ笑いながらそう言った。
「あとはやっぱり異性だから、理解できないこともあるかな。」
「ああ、そういうのは確かにありそう。」
「小さい頃だったら見たいテレビ番組とか、遊んでるゲームとか。最近も家帰るとよく友達とレースゲームしてるんだけど、あんなの何が楽しいの?、って。」
「陽乃はやらないの?」
「兄さんに誘われて何度かはやったけど、全然だったかな。」
「そうなんだ。まあでも男って車好きよね。」
「ねー。そう思うと、小さい頃から車のおもちゃとかでよく遊んでたかも。」
「うちのパパも車好きでね、小学校六年生の時だったかな、急に、レースを見に行こう!、って。イギリスまで行ったのよ。」
「え、イギリス?」
純ちゃんのこの面白さは親譲りなんだろうと、陽乃は思った。
「うん。イギリスにシルバーストン・サーキットっていう有名なサーキット場があって、そこでやったF1のレースを見に行ったの。」
「へえ。F1って聞いたことはあるけど、見たことは実際ないかも。」
「正直私も全然興味なんかなかったんだけど、やっぱり生で見ると全然違う。カッコイイ!、って思ったわ。」
「そうなんだ。見たことない私からしたら、ただの車のレースじゃないの、って思っちゃうけど。」
純恋は首を横に振ってから話し始めた。
「誰が一番速く走れるか、そんなシンプルな内容なのにすごい面白いの!」
「へえー。」
こういう話をしてくれる時の純ちゃんはやはり生き生きしているな、と陽乃は思った。
「私がちょうど見てたレースで事故が起きて、一台クラッシュしたの。」
「え!」
 陽乃は驚きのあまり、大声を出してしまった。
 昼休みの教室、陽乃は周りを見渡し、気まずそうにしながら続けた。
「それで、大丈夫だったの?」
「うん。一命はとりとめたわ。」
 陽乃はその言葉を聞いて一安心した。テレビで放送される事件の再現などとは違い、本当に命を落としている可能性もある。
「で、ここからが私が一番感心したというか、感銘を受けたところなんだけど、その事故にあったレーサー、それから半年後に復帰したの。」
「え、復帰?だって、車がクラッシュしたんでしょ?」
「うん。でも彼は復帰したの。で、その復帰戦で、見事優勝したってわけ。」
 陽乃はまるでドラマのような展開に、唖然とした。
「死んだっておかしくないような事故を経験したのに、それでも走り続ける。すごすぎない?」
 陽乃は静かにうなずいた。
「同じ生き物だとは思えないわよね。」
「うん。」
「そう考えたら私、まだそこまで真剣にやったことないのかも、って思って。」
「そうね。」
 陽乃もふと自分のこれまでの人生を振り返ってみた。私はそこまで何かを真剣にやっただろうか。トランペットをそれほどまでに頑張っただろうか。
 そう考えると急に自分がちっぽけに思えて、なんだか少し恥ずかしくなってきたのだった。
「でもダメよ、ハル。そうやすやすと自分の命を懸けたりしちゃ。」
 考え込む陽乃を見て、純恋は笑いながらそう言った。
「うん、大丈夫。」
「そうだ、次の文集はこの時のイギリス旅行のこと、書こうかな。」
「うん、読みたい!」
 陽乃は食い気味にそう答えた。
「じゃあ楽しみにしててね。」
 純恋はいつもの笑顔でそう言った。
 陽乃には、純恋には真剣になれる何かがある気がして、自分と比べずにはいられなかった。

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