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This is not a love story...

「副分団長は、男の人と女の人と、どっちが好きなんですか?」

 これが、夫とまともにした初めての会話で、この私の一言に、夫はこのときばかりは吹き出して、「ふつーに、女の人だよ」とひとしきり笑った。


「引き寄せの法則」はある程度、ほんものだと思う。

 勤務先の図書館では、「引き寄せの法則」だとか「思考は現実になる」だとかカーネギーだとか、はたまた「かわいいままで年収○○○○万円」みたいな本を、「自己啓発」という一括りにして、ちょっと奥まった棚に並べている。利用はとても多いし、本の回転率も良い。私も何冊か読んだ。読んだ全部を実践したりはできないけれど、信じたくなるものや「これはほんとだな」と思えるものが、いくつかある。

 実際、私は夫を引き寄せた。と、思う。

 まだ「引き寄せの法則」なんて知ってか知らぬかの頃、所属する消防団の分団幹部の旅行に引っ付いていくことが決まった夜から、寝る前の妄想がはじまった。

 ちょっと気になっていた(でも大分いけ好かない)、あの副分団長と一緒に観光するのだろうか。どんな会話をするんだろう。十くらい年が上だけれど、結婚どころか女の影もなさそうで、うちの分団長(これも独身)といつも楽しそうにつるんでいる。乗っている車はツーシートのスポーツカーで、特定のカノジョとかがいるなら、年上のキレイなお姉さんとかっぽい。

 そんな妄想は、旅行が近づくたびに「二人きりで観光になったらどうしよう」とか、「車の中では、どんなふうに話そうか」とか、だんだんエスカレート(?)していった。一緒に買い物とかするんだろうか、お酒なんかも一緒に飲んじゃうのかな。いろんな話をして、どんな人なのか知りたい……、なんて、この旅行が決まったそれだけで、なにかのスイッチを切り替えられてしまったかのようで、思い出すだけで不思議で恥ずかしい。

 夜の妄想は功を奏し、旅行では目的地に向かう同じ車内でビールを飲み交わし(運転手さんごめん)、冒頭の「男の人と女の人と、どっちが」発言に至る。目的地で名物の鰻に日本酒をいただき、車の運転手さん(これも分団幹部)は嬉しそうにパチンコを打ちに行った。もともとパチ屋が目的だったっぽい(それってどうなの)。別の車で移動していたほかのメンバーは、海辺のほうへ観光に行ってしまった。残されたほろ酔いの二人で、刀剣展を見に行った。昼間っから酒臭い息をぷんぷんさせて、休日運行の地下鉄に二人揺られるのは、ちょっと幸せな時間だった。妄想様様だ。その後夕飯までの間、夫はパチンコ、私は買い物に別れたのだが、「なんだこいつもパチ野郎か」とも思わず、夕飯での合流を心待ちにしていた。つくづく、脳内お花畑だったと思う。

 夕食をとる居酒屋で合流しても、二人で話すことはほぼなかった。ダーツバーに移動してしこたま飲んで(消防団といえば飲み、である)、シメのラーメンをキメた。ホテルに戻る道のりで、ちょっとだけジャケットを引っ張って呼び止め、

「今日は一緒に回れて、たのしかったです」

 と伝えたのが精一杯だ。

 旅行二日目は、メンバー全員で観光して帰路に就いた。会話らしい会話もなく、そういえばLINEのIDさえ交換していない。

 でも、確実にこの日から私たち二人は動き出し、生活が重なっていって、それはひとえに夜の妄想のおかげだと、私は愚かにも思う(笑)。「引き寄せの法則って、本当(マジ)なんだな」と、今でも本気で思う。

 これは、読んだ本には必ずと言っていいほど書いてあるけれど、どれだけリアルに想像できるか、にかかっている。

 そう考えると、たった今となりで寝息を立て始めた夫との生活も、なぜかキッチンの床に転がっている我が家のしゃちょー・お猫様も、過去の私が必死で妄想し、願い求めたものなんだろう。

 この先、いったい何を願うのか。

 行く末は、自分が決めるのだなあ。とそんなことを考えるのを余所に、私の左足を手を繋ぐかのように握る夫の右手が、私の足汗で湿っていく。



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