シバショー

洗練された愚痴を書くおっさん。小中学校では9年間友人ゼロ。高校、大学、自動車学校をそれ…

シバショー

洗練された愚痴を書くおっさん。小中学校では9年間友人ゼロ。高校、大学、自動車学校をそれぞれ2回ずつ経験。某MARCH卒。バイト15回退職。ブログ歴5年。彼女いない歴=年齢。童貞。アマゾンアソシエイト参加中。なにかで日本一のブログ→ https://lornrider.com/

最近の記事

いじめられる側にも原因はある

「いじめられる側にも原因はある」 という主張は非常にウケが悪い。 たとえば有名人の誰かがそんなことを言おうものなら 「いじめる側が100%悪いに決まっているだろう」 「加害者を擁護するのか?」 といったコメントが四方八方から飛んでくる。 しかし僕には、むしろそうしたコメントを書き込む人間ほどイジメっ子気質があるように思えてならない。 現に彼らのプロフィールから過去のコメントをたどってみると、別の話題では平気でいじめる側に回っているケースが多々見られる。 そもそ

    • 現実世界でAボタンを連打する癖が治らない

      小学生の頃、ドラクエをやっていてこんな事がよくあった。 村人「◯◯はうんたらかんたらで、その△△が~」 ポチポチポチポチ(Aボタン連打) 村人「~ということなのじゃ。もう一度最初から説明しようか?」 ▶【はい】  【いいえ】 ポチポチポ……あっ!! 村人「◯◯はうんたらかんたらで、その△△が~」 人の性格というのは子供の頃からそう変わらないものだ。 大人になった今でもぼくはAボタンを連打する癖が治らない。 それも現実世界の会話で。 たとえば以下はちょっと前

      • 2024年1月の振り返り

        『2024年の方針について』で宣言した通り、2024年から新たにNoteをスタートした。 序盤はほぼ毎日投稿し、最終的に1ヶ月で18記事の投稿となっている。 だが手応えは正直微妙だ。 期待していたほど閲覧数は伸びないし、スキ数はなぜだかNoteを始める以前よりも少なくなってしまった。 更新ペースを大幅に上げたにもかかわらず、読者は増えるどころかむしろ減ったようにさえ感じる。 需要がなかったのだろうか? そう思い、途中から更新頻度を下げることにした。 しかし一方で

        • 続きを描かない漫画家は何を考えているのか?

          漫画の中には「第1部完」という形で終わったあと、一向に第2部が始まらない作品がある。 あるいは何の前触れもなく休載に入り、そのまま音沙汰がなくなってしまう作品も少なくない。 病気などが原因の場合もあるが、たいていは適当な理由が見当たらない。 いったいなぜ作者は続きを描かないのだろうか? なぜ漫画の続きを描かないのか? 僕は漫画家ではなくブロガーだが、 「次回に続く」 「続きは近いうち書きます」 などと書いておきながら、続きを一切書かなかった経験が何度もある。

        いじめられる側にも原因はある

          嫌いという感情が自分を守り世界を守る

          日本には「嫌い」という感情を表に出すことを悪とする風習がある。 学校でも好き嫌いは良くないことだと教えられることが多い。 たしかに誰もが自由気ままにアレが嫌いだ!コレが嫌いだ!と発信する社会は醜いし不健全だ。 『ガルちゃん』や『好き嫌いドットコム』なんかはその典型だろう。 しかし、嫌いという感情そのものが悪いのか?と言えばそうではない。 むしろ嫌いという感情が自分や世界を守ることも多いのではないだろうか? 1.「嫌い」はなぜ存在するのか そもそも嫌いという感情は

          嫌いという感情が自分を守り世界を守る

          自分の嫌いなものが世間に支持されているとき……

          自分の嫌いな人やモノが世間に支持されているとき、それをどのように捉えたらいいのだろうか? 「嫌いだけど、なぜそれが人気なのかを分析して自分にも取り入れよう」 ビジネス的な成功を第一に考えるならこれが正解だろう。 あるいは交友関係の拡大にも最適かもしれない。 ↓のまとめ記事を見ても、このような考え方は広く支持されているようだ。 だが僕の考え方はその真逆である。 「嫌いだから、死んでも自分はやらないようにしよう」 「嫌いだから、何が気に食わないのか徹底的に言語化して

          自分の嫌いなものが世間に支持されているとき……

          友人の少ない人間は魅力がないのか

          前回の話で、記事の質と「スキ」の多さは必ずしも比例しないことを説明した。 NoteではChatGPTに書かせたような平々凡々の投稿に大量のスキが集まる。 その一方で、心を揺さぶられるエッセイや洗練された考察にスキが1つ2つしかつかないことがザラにある。 いったいなぜこのような現象が起こるのか? それは自分からスキやフォローをどれだけしているかがスキの数に大きく影響するからだ。 言い換えれば、スキの多寡は記事の質よりも執筆者の積極性に左右されやすい。 そしてこれは現

          友人の少ない人間は魅力がないのか

          なぜ薄っぺらい記事ほど「スキ」が多いのか

          Noteを見ていると、スキやフォロワーの数が異様に多い人がいる。 その数に納得するケースもゼロではないのだが、 「どうしてこれが?」 と疑問に思うケースのほうが圧倒的に多い。 30秒で読み終わるようなペラペラの内容に、なぜだか大量のスキがつけられているのだ。 いったいなぜ彼らの記事にはスキが集まるのか? 1.スキやフォロワーが異様に多い理由 答えは簡単で、営業をしているからである。 ここで言う営業とは、Note利用者の記事に片っ端からスキを押したりフォローした

          なぜ薄っぺらい記事ほど「スキ」が多いのか

          食後30分歯磨きしてはいけない説は本当なのか?

          「食後30分は歯磨きをしてはいけない」 TVやネットで頻繁に見かける説である。 この説によると、食後すぐは歯が削れやすいため、30分ほど時間を置いてから歯を磨いたほうが良いという。 しかしいざ実践しようと思うとこれがなかなか難しい。 30分も時間を置くと、面倒になったり忘れたりする可能性が高くなる。 あるいは再び飲み食いしたくなり、結果また30分歯磨きができなくなってしまう。 1.食後30分歯磨きしてはいけない説は嘘? ある日、テレビで歯に関する番組が放送されて

          食後30分歯磨きしてはいけない説は本当なのか?

          才能がない人間は諦めたほうが幸せなのか?

          ヤフーニュースでこんな記事がランキング上位にあった。 実際に番組を見ていないので、どんな文脈やトーンで話したのかは分からない。 おそらく半分冗談みたいな感じで話したのだろう。 ただ引用部分だけ切り取って判断すると、(僕が勝手に松ちゃんのライバルだと思っている)太田光の考えとは対称的であるように感じた。 ちなみに太田光の考えというのは以下の記事で語られている。 彼は後輩芸人のネタにも絶対にダメ出しはしないという。 30年以上もお笑い界の前線で活躍していながら、なお謙

          才能がない人間は諦めたほうが幸せなのか?

          「育ちがいい」下品な人たち

          ここ最近は 『育ちがいい人だけが知っていること』 という本がベストセラーになったり 『育ちがいい人は絶対にやらないこと』 的なタイトルの記事がニュースサイトでよく取り上げられたりしている。 どうやら世の中には 「育ちがいいと思われたい」 「育ちが悪いと思われたくない」 という願望を持つ人が一定数いるようだ。 しかし僕には彼らの気持ちがよくわからない。 「育ち」という自分の能力とは無関係なものを評価されたところで何が満たされるのだろうか? たとえどんなに育

          「育ちがいい」下品な人たち

          なんで教師が生徒の人間性に点数つけてんの?

          内申点は高校受験に大きく影響し、子どもたちの人生を左右する極めて重要な指標である。 したがってそれは公正かつ厳格な判断基準に基づいて決められなければならない。 だが実際にはどうだろう。 通っている中学や地域によって評価が甘かったり、教師のさじ加減でいくらでも点数を操作できてしまうのが現状ではないだろうか? 1.それで点数決まるのおかしくない? 以前まで中学校の成績は 知識・理解 技能 思考・判断・表現 関心・意欲・態度 の4つの観点から評価されてきた。

          なんで教師が生徒の人間性に点数つけてんの?

          「話がうまくなる方法」

          学生時代、人と話が続かないのがコンプレックスだった。 みんなどうやって話をつなげているのだろう? どんな話をすれば相手を退屈させずに済むのだろう? そんな悩みを解決するため、 『これをやれば誰とでも話が続くようになる』 『アナウンサーが教える話がうまくなる方法』 『人から好かれる話し方』 みたいなタイトルの本を何冊か読んでみた。 しかし読んでいる途中で疑問がわいてくる。 「・・・・・・この会話なにが面白いの?」 こんな感じで話せば盛り上がりますよ♪……と示

          「話がうまくなる方法」

          「境界知能」が差別的な言葉として流行っている件について

          境界知能とはIQ70~84の者を指す言葉で、日本人の約14%(1700万人ほど)を占めるとされている。 最近はSNSなどを中心にこの言葉を目にする機会が多くなった。 それもほとんどが対象を侮辱する文脈で使われているのである。 境界知能という言葉はいつから使われるようになったのか? はじめに境界知能という言葉が広く知れ渡ったのは『ケーキの切れない非行少年たち』が話題になったときだろう。 この本では、児童精神科医の著者が少年院で目にした非行少年の実態について語られている

          「境界知能」が差別的な言葉として流行っている件について

          それ逆に失礼なんじゃないの?

          これは子供のころの話である。 うちには毎年、親戚から大量のみかんが送られてきていた。 だが皮は噛み切れないほど硬く、甘みもほとんどない。 正直スーパーで買ったみかんのほうが100倍美味しく感じる。 当時少年だった僕は、もう送ってくるのをやめてほしいと思っていた。 「親戚が送ってきたみかんがあるから」という理由で、ほかの果物やお菓子が食べられなくなるからだ。 実際スーパーのみかんよりも明らかに無くなるペースが遅かったので、本音では家族全員が同じ感想を持っていたんじゃ

          それ逆に失礼なんじゃないの?

          なぜあなたの言葉は伝わらないのか?

          あなたは味を誰かに伝えたいとき、どのように伝えるだろうか? ここで伝えたいのは、相手が一度も食べたことのない食べ物の味である。 僕は以前別のブログで食レポ的な記事を書いたことがある。 だが書き進めていくと、味を伝える方法がほとんどないことに気がついた。 「うまい」「まずい」 パッと浮かぶこれらの言葉は食べた者の感覚でしかなく、味そのものを表現できていない。 「サクッと」「とろ~り」「柔らかい」「クリーミー」「ふんわり」 これらも食感や形状を表す言葉であり、味その

          なぜあなたの言葉は伝わらないのか?