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「好きとの出逢い」を奪わないために。


最近「鬼滅の刃」が大ヒットした影響で「キメハラ」という造語が生まれた。

鬼滅の刃を知らない人に、相手の興味関心に関係なく自分の知識や「好き」を押し付けるような布教をしたり、仕事がらみで感想文を強要するなど、大流行した分、被害の事例は多岐にわたっているらしい。


鬼滅の刃に限らず、
自分の好きの押し付けが中心となる、「エンタメ系のハラスメント」はどんなものでも、一定まで流行れば似たようなことが発生し、問題視される。



そんなときいつも思い出すのが、学生時代の出来事だ。



学生の時、私はとある少年マンガを読んだことがなかった。


それは今でも人気の根強い、まさに名作と言われるもので、TVアニメ化もしたヒット作だ。

しかし大学生くらいまで少年マンガをほとんど読まなかった私は、その作品をアニメでちらっと見た程度。

何人かのキャラ以外、登場人物も内容もほぼ知らなかった。


そんな私にある日、友人と4人て話している時に、友人のひとりが、そのマンガのセリフで笑い取りにきた。


他の人は笑う中、私はまったくそれがわからなくて、ポカンとしてしまった。



それに気づいた友人が、笑わない私に気づいたので「ごめん、元ネタがわからなくて」と言うと、驚いた顔をした。

そして少し笑って、こう言ったのだ。



「○○を知らないなんて、常識がないね~」




周りも同調して、私をイジり始めた。



「あれは教養でしょ」
「あんな面白いの読んでないの?」




言った人たちはきっと、そのマンガを唯一知らなかった私を笑のネタとしてイジり、囃し立てる、軽いやりとりのつもりだったのだろう。


しかし私にはその言葉が心に深く刺さって、思わず言った。



「マンガをひとつ知らないだけで、どうして常識がないなんて言われないといけないの?」




私の混乱と怒りが混ざった言葉だったと思う。



社会のこと、法律や倫理、政治など。
そういう、大人の人間として知るべきことを知らなかったなら、「常識がない」と言われても致し方無いと思う。



しかしそれは、1作品のマンガだ。



決してマンガやその作品を軽んじるわけではない。
私も物書きの端くれだし、その作品を作られた先生もきっと、並々ならぬ情熱を注いで作られただろう。敬服する。

それだけ皆に愛されているのだから、名作なのだろうし、マンガやアニメにまつわることを生業にしている人の中なら、もしかしたらそれは常識なのもしれない。


しかし、当時の私をこぞって非常識と言うほどのものだったのだろうか?


そしてそれを受けた私は、自分は非常識だと受け入れないといけなかったのだろうか?



それが全くわからなかったし、
半笑いで告げられた私には、不本意な侮辱にしか聞こえなかった。
すると友人たちは更に面白がって言葉を重ねる。



「なにそんなことでムキになってるの? 冗談じゃん(笑)」
「いいから読みなよ、面白いから」

そう言って皆は笑っていた。




もう10年以上前の話なので、当時の友人達はきっと覚えていないだろう。


しかし言われた私は覚えていて、未だにその作品の話題が挙がると、私の体に緊張が走る。


私の心にはあのときの言葉や感情が、深く、深くに残っている。

だから未だにそのマンガを読む気にはなれず、今まで1ページも読めていないのだ。


周りに何度勧めてもらって、何度挑戦しようと思っても、どうしても読むところまでたどり着かない。


好きになるかもしれないものとの出逢いを奪われてしまった。




気にし過ぎとか、繊細すぎると言われても、
自分の心にその痛みが残っている以上、それが事実。


読んでしまえば、
もうあんなつらい思いも、話題に挙がるたびに感じる緊張もなくなると分かっている。

でも、無理なものは無理なのだ。




最近はネタにされる部分が分かってきて、なんとなく知ってる風を装えるようになった。

それに、もし読んでいないと分からないような話になったとしても、「そんな事があったんで、絶対読まないでやろうって決めてるんです」などと笑い話のように話すこともある。


でも、読めるものなら読みたい。



十年以上経っても無理だから、相当なきっかけが無い限り、きっと無理なんじゃないかなと思う。


正直、半分、諦めている。






昨今の、なんでも「ハラスメント」として煽ったり騒いだりする風潮は、個人的にはあまり好きじゃない。


しかし押し付けや、(たとえ冗談だとしても)知らないからと侮辱めいた言葉を投げかけられたせいで、「好きとの出逢い」を奪われてしまった人間がここにいる。



私は自分の言動で、他の人の「好きとの出逢い」を奪うようなことがないように、気をつけていきたいと思う。

そしてできることなら、「好きとの出逢い」を増やせる人になりたい。

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