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雪のまち

 雪の匂いが好きだ。どこまでも透明で、それでいて少し刺激のあるあの涼やかな匂い。関西にいた頃、雪の匂いがわかるなんてすごいね、と驚かれたことがある。誰でもわかると思っていた雪の匂い。それを分からない人がいるということに驚き、そして少し寂しくもあった。

 新潟の冬期で晴れ間を見ることはとてもめずらしい。とにかく曇天。毎日のように曇り空が続き、晴れたと思い窓から外を眺めると数分後には吹雪になっている、なんてことがざらである。新潟で積雪が〇センチ、大雪で渋滞、雪降ろし中に落下。そんな地元ニュースは日常茶飯事で、その様子が全国でも放送されるのか、新潟全体が豪雪地帯と思っている人も中にはいるようだ。市内に住んでいるとせいぜい三十センチでも積もれば多いほうで雪降ろしなんかしたことない人の方が多いだろう。だが、私が幼い頃住んでいた湯沢町。そこはまぎれもなく豪雪地帯であった。

 湯沢町は新潟県の南端、南魚沼郡に位置し山に囲まれた自然豊かな町だ。山も川も身近にあり、子どもの頃の私は魚や虫を捕ることに夢中であった。湯沢町は自然の恩恵を受けやすい地域であるという反面、自然の脅威にも晒されやすい地域であった。
湯沢町では冬場の積雪は三メートルを超えることもある。朝起きて保育園に行くために外に出ると、自分の何倍もある雪の壁が左右にそびえていた。道はあるにはあるが人一人かろうじてすれちがえるぐらいの細い道で、当然先は見えない。迷路の中に自ら迷いに行くようで、おそるおそる足を進めたことを今でもおぼえている。

 しかしそれにもまして怖かったのはホワイトアウトだ。

 保育園からの帰り道、急な吹雪で視界が真っ白になった。歩道の横を通る自動車はもちろん、隣で手を引いてくれているはずの母の姿も見えない。日没が近づいてきたからなのか、周りの景色はだんだんと白から灰色になっていく。自分一人だけが灰色の世界に取り残されたようで、私はその場から動くことができなかった。

 積雪が少ない地域では珍しい体験なのだろう。新潟から関西に来る人間自体珍しかったこともあり、大学時代の飲み会ではこの雪の話と新潟の話は私の持ちネタの一つであった。  
 ある飲み会で雪の話を横で聞いていた友人が、
「実は私な、めっちゃ積もってるふわふわな雪の上、歩いてみたいねん」
と言い放った。
 そもそもふわふわな雪の上なんか歩けんわ、と思いつつ理由を聞くと、高い所から見るいつもと違う景色、しかも一面銀世界なんてすごいキレイやん? と友人は笑った。ついでに雪の上に屋上からダイブしたいわぁ、とも私の横で話していた。もちろん突っ込みの嵐だったが、私は友人の雪に対する感覚に衝撃を受けた。硬くて冷たい邪魔なだけの雪という印象が少し変わった瞬間でもあった。それほど私の中で雪の話を笑いながらする人が珍しかったのだ。

 ところかわればしなかわる、というがまさにそれを身を持って体験した瞬間であった。確かによくよく考えれば私が嫌いなだけでスキーやスノボを楽しむ人は大勢いるし、スキー場は雪がどれほど降るか心配しながら毎年雪を待ち望んでいる。

 雪を恐れ雪を楽しむ。そんな季節も終わりを告げ、春がやってきた。

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