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#3 「やりたい仕事」と「続ける仕事」

NUTSは、時計から傘、食材まで、セレクトした様々な雑貨を販売するオンラインショップ(以下、EC)。20年以上もの間、青山を拠点に活動しています。

お店をはじめた90年代は、代表・ヌマオの知識と経験を活かし、アーティストとコラボした腕時計を企画、販売していました。しかし、自前の時計づくりだけでは、利益を上げることが難しかった。それから見つけた方法が、いまのような“雑貨のセレクト”だったのです。

しかし、当時はまだインターネットがほとんど信用されていなかった時代。最初に仕入れて売ることができたのは、イタリアのキッチンブランドの“売れ残り”だったといいます。

NUTSがECとして歩んできた道のりを辿り、誰しもぶつかる“働き方”について考えるこの連載。3回目は“雑貨セレクト”の原点となったお話から、“仕事を持続させること”について思考を巡らせてみようと思います。

ネットでモノが売れるのか、信じてもらえなかった

幅広く雑貨をセレクトしているNUTS。“こんなものまで売っているのか!”と楽しませてくれるサイトは、まるで展覧会のよう。多様な商品がページ上に整然と並べられてるように見えますが、最初の頃はヌマオさんも売上と格闘していたそう。

ECを始めた当初は、アーティストとのコラボウォッチを作って売っていたけど、正直、時間とお金というコストがかかる。売上も伸び悩み、他の商品も売って利益を出さないと、ちょっと厳しくなってきたんです。

その当時、僕は“ALESSI(アレッシイ)”*という、デザイン性の優れたイタリアのキッチン雑貨ブランドが好きでした。一時はすごい人気ブランドだったんです。

だから、その日本代理店に直接コンタクトを取り、販売させてもらえないか聞くことにしました。でも案の定、何のコネも実績もない僕は、門前払いを受けます。

でも諦めきれずに、何回かオフィスに足を運んでいると、営業部長の女性に話を聞いてもらえることになったんです。

そこでようやく、“アレッシイの商品をオンラインで販売したい”と伝えられたのですが、EC販売が全く信用されず再び壁にぶち当たりました。その頃のアレッシイは、百貨店販売が中心で、オンラインでの取扱いなんて頭の片隅にもなかったのだと思います。

しかしちょっと経ってから、とあるキッチンタイマーならネットで売ってもいいとの連絡が入りました。

それをすぐに引き受けてオンラインで販売したら、予想以上に売れたんです。

まあ、後々聞けば、そのキッチンタイマーは売れ残りだったというオチですけどね(笑)

その後、NUTSでの売れ行きを見た営業部長が“これも売ってみる?”と別の商品も提案してくれるようになり、少しずつ品数が増えていきました。比例するように、売上も徐々に伸びていきましたね。

*ALESSI
1921年にイタリアで金属製品を手掛ける工房として創業。1970年代からは著名建築家、デザイナーとの協働により、デザインに特化した製品を開発する。代表的な商品に、ケトルやグラス、ワインオープナーなどがある。

リアル店舗では“売れ残る商品”の魅力が、“ネット”なら届く

しばらくして前職、SEIKOの在庫を管理するセクションの人から、“海外向けの時計で余ってるものを売ってみないか?”という連絡がきました。

その時計がどんなものかといえば、ジウジアーロという有名なカーデザイナーがデザインしたものや、数量限定で作られたものなど、日本では普通に買えない特別なモデルばかり。

だから、その情報が十分に届けられるよう商品ページを作り込みました。そしたら、これが爆発的に売れたんです。

商品の“ディティール”や“想い”を存分に伝えられることこそが、ネットの強みだとそこで初めて思いました。

実店舗に来るお客さんに伝えきれないことが、ネットではユーザーに届くのです。」

ネット販売とは、考えていたよりもずっとシンプルなのかもしれません。

インターネットといえば、テクノロジーの進化や売り方のテクニックの方に目が向きがちですが、それと同時に、“伝えたいこと”を丁寧に表現できる場所だということを私たちは忘れていたような気がします。

風向きを変えた「英国 空軍ミリタリーウォッチ」

海外向けの時計が売れたことで会社が前進しはじめた頃、さらに軌道に乗る“きっかけ”となる商品があったといいます。

そうやって地道に売上を伸ばしてたら、再び在庫の余っている時計を売らないかと声がかかりました。

その時計とは、“イギリス空軍”のミリタリーウォッチ(SEIKOブロードアロー/85年製)。イギリスから受注してSEIKOが作っていたもので、あまり声を大にして言えないんだけど、担当者がオーダー数を間違えて大量に製造してしまったそうなんです(笑)

この時計は絶対に売れると思って、迷いなく引き受けました。

予想通り、最初に仕入れた100本がメールマガジンを打って1時間半くらいで完売した。もっといけると思ってどんどん仕入れていたら、最終的にはすべての在庫を売っちゃいました。

続々と“売れる”商品を見つけてきたヌマオさんですが、そこには自分の目で売れるものを見定め、明日も同じ仕事を続けるための素朴で正しい“試行錯誤”があったように思います。

毎日同じように仕事をするために、今日の売上をどう作るか──。 これって本当は経営者だけではなく、会社員や個人にとっても大切な考え方なのではないでしょうか。

私のような20代半ばの年齢では、まだ誰かの下に就いて働くことが多い。でも、だからこそ、自分と所属する組織がはたらき続けるための“作戦”をいつも考えておくべきだと思うのです。

その作戦の結果はすぐじゃなくとも、5年後、10年後の働く自分と周りの人に返ってくると私は信じています。

〈SEIKO イギリス空軍用時計 ブロードアロー/Ref.7T27-7A20〉
引用:Sweetroad ( https://www.sweetroad.com/view/item/000000010063 )

東京「青山」を拠点にECをつづける意味

ミリタリーウォッチが売れたその時期、スタッフはヌマオさんを含めて3人。おびただしい数の時計を、オフィスの一角で手分けして出荷したといいます。

その当時、オフィスは渋谷にあったとのことですが、現在も同じエリアである青山のヴィンテージマンションの一室にNUTSはオフィスを構えます。ヌマオさんは“あえて”このエリアにオフィスを置いているそうですが、どんな考えがあるのでしょう。

「青山周辺にオフィスを構えたのは、“デザイン”や“アート”に近いところに会社を置いておきたいと思ったから。その考えは今も変わらないし、良かったと思っていますね。

前提として、いまも昔もECって“地方”が強いんです。なぜなら、地方は都会と比べて土地も人件費も低い。必要経費を抑えて運営できるECの特性も背中を押して、地方ECの方が売上がいいんですよ。

で、わたしたちが“青山”を大切にするのは、地方ECが台頭し続ける中、日本でもっとも“情報が集まる場所”からモノを売っていきたいからなんです。デジタル化で情報の流れはどんどん速くなっていますが、先端をいくデザインやモノは東京から拡散されていく構図はずっと変わらないと思っています。

デジタル化の流れは一気に加速し、どこにいても最新の情報があらゆる画面から流れ込んでくる。地方暮らしのメリットはより高まっているし、多くの物事がもう“東京”じゃなくていいのかもしれません。

一方でNUTSがお客さんに届けたいものは、“デザインと機能に優れた雑貨”。これらは多様な人や文化が集まる東京でしか見つからないと、私も深く頷きました。

最後に、“NUTS”の名前の由来を聞きました。すると、

「もともと、“有限会社ヌマオタイムスタジオ”という社名でやっていたんだけど、それをローマ字で書いて略してNUTS(NUMAO TIME STUDIO)というわけです。ちなみにNUTSには“木の実”の他に、“頭のいかれた” “夢中で”といった意味もあるんですよ(笑)

という返答が。そんなシンプルなネーミングは不思議と会社の空気感と合っている。インタビューを終えてそう深く思うのでした。

(取材・編集 カタヒラ)


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