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年を取ったら、会社勤めはできないのか

年を取っても、理由があって、働きたい、というとき。

自営業ではなく、雇用されて働いてきたひとたちは、60歳や65歳で定年を迎えることになる。そこから先も働きたい、というとき、会社に限らずどこか勤め先が見つかるかというと、とても難しいのが現実だ。

ここから先は長いうえに、気持ちが荒ぶった状態で書いている部分があるので、お時間がない方、金曜の夜にそんなの読みたくねぇという方は、どうぞここでこのノートを閉じてください。

65歳をこえているわたしの母が先日、短期の仕事をはじめたのだけれど、すぐに辞めることになってしまった。

派遣会社のスタッフとして派遣先に行き、パソコンを使った接客をする仕事だったが、派遣先から「もっと若いさばける人に代わってもらうから、もうこなくていい」というようなことを言われたそうだ。

たしかに母は高齢で腰もわるいので、すばやい身のこなしができるわけではない。目もわるいので画面を見たりタイピングをしたりも、決してスムーズとはいえない。

その仕事は短期で毎日大勢の来客があって、一人で複数人を相手に書類の説明やパソコン入力の補助をしなければならない。だから、さばける人にさばいてもらわないと困るというのは、分かる。

しかし、だ。

実務がはじまるまでの一週間のあいだに、今回採用された数十人のスタッフに対して、派遣先が研修を行ったという。しかし研修にしては不十分で雑な内容で、間違いの許されないその業務を無事にできるかという不安の声が、受講者からあがっていたそうだ。途中から研修に来なくなるひとさえいたという。

研修では当然ながら実務を想定したデモを行ったわけだから、さばけてないとか、タイピングが遅いからこれでは問題があるということであれば、この時点で派遣元に話をして母を辞めさせることができたはずだ。

30代くらいから母くらいの年代までいるなかで、実務がはじまる前にグループ分けがされ、母の年代の3人が、同じグループにされたそうだ。実務の初日、グループ単位で交代で休憩時間となり、母がほかの2人にその日それまでに接客できた人数をたずねたとき、みな同じだったという。

そのあと、母は派遣先から個別に呼び出され、先の話をされた。ほかの2人にも個別に同じ話があったかどうかは分からなかったそうだが、出来高だけみれば大差はなかったはずだ。これは母の推測ではあるが、あらかじめ高齢者をひとつのグループにしたのは、まとめて辞めさせる意向があったのではないか。

同じ日に派遣会社からも母に話があり、実は派遣会社は前日に派遣先から打診を受けていたそうで、母は次の日から自己都合で休業扱いとなり、派遣会社から勤務予定だった日数分の休業手当(減額される)を受け取ることになったという。

ちょっと、待て。

自己都合じゃ、ないだろう。

もしかしたら母は、派遣先にとって本当に都合がわるい何か問題があったのかもしれない。
でも辞めさせるのだから、それは研修まで行った、派遣先の都合だろうが。
だが、派遣先が辞めさせたというと世間体がわるいから、派遣会社がそれをかぶって、派遣会社スタッフの自己都合ということにしたわけだ。

ふざけんな。

派遣の業界では、このようなことは日常茶飯事かもしれない。わたし自身も派遣と請負の会社の社員として、過去に働いていた経験がある。いま勤めている会社でも、入ったばかりの派遣社員さんが数日で辞めてしまう(辞めさせられてしまう)ということが、ある。

すぐ人を辞めさせたり、入れ替えたりすることができるのが、派遣会社を利用する側のメリットなのだから、当然といえば当然だ。本人の能力と派遣先が求めるものがマッチしていなければ、そうなるだろう。

それにしたって。

採用時に高齢者は不可にするとか、タイピングテスト●点以上を採用とするとか、研修で見込みがなければ辞めさせるとか、ちゃんと派遣会社を通してから本人に伝えるとか、派遣先はもっと誠意ある対応ができただろう。

おそらく、自ら辞めてしまうひとが出ることを考慮して高齢者も含め多めに雇って、使えたらラッキーくらいで、使えなかったら即切ろうという頭だったのだろう。

わたしは自分の母のことを贔屓しているのは、否めない。

でもここからは、さらに贔屓して書く。

母はパソコンを使った仕事をしていたことはあったが、在宅で仕事をしていて無理をして身体を壊したので、長らく勤めには出ていなかった。

ずっと職を探していたが、年齢を理由に何社も断られ、今回短期の仕事とはいえ、やっと採用された。
わたしたちは「良かった…!!」と本当に喜んだ。

ずっと家にいたので勤めに着ていく服や靴やその他もろもろを買い揃えるのを、わたしも手伝った。母のパソコンも使えなくなっていたので、二人で電気屋さんに行きパソコンを新調した。母は勘を取り戻すためタイピング練習をしていた。研修を受けてみると、パソコンの画面と手元の書類を見るのに手持ちの眼鏡をかけ替える必要があって、それでは時間がかかるからと、用途にあった眼鏡を新調した。二人で神社に行き、神様に仕事の無事を祈った。

ちょっとした小遣い稼ぎになればと、応募したわけではない。
生活のために必死で、仕事をやりきろうと、準備していたのだ。

派遣会社をクビになったわけではないので、また仕事の話はあるかもしれない。でも、これからまさに働くつもりでいたのだ。

たしかに、母の動きやしゃべりは決してはやくないので、今回の仕事が無事できるか、わたしも心配していたけれど、母はまわりに気配りのできる、頭のいいひとだ。ちょっと変わってるところもあるけれど。

初日にいきなり辞めるよう言い渡された母の気持ちは、どんなに無念だっただろう。

「穏やかな気持ちではなかったよ」と、母は数日後に電話でわたしに笑って話していたけれど。

話を聞いて、こうして文字に書いているわたしが、これだけ悔しい思いをしているのだ。

感情的に、書き過ぎてしまった気がする。

でも、本当にどうしたら、いまの社会で高齢者が仕事に就けるのだろうか。

わたしの母の場合は、腰や目がよわく、学歴や職歴がそれなりにあるので、お店のレジや品出しや接客といった仕事には、採用されない。男性だったら、本人が希望するかどうかは別として、警備の仕事とか、身体を使う仕事もあるのだろうけれど。

わたしの稼ぎがもっとあれば、楽にさせられるのに、とずっと思っている。
それもあって、何者かになりたいと思っている。

でもいままでわたしの収入は、自分ひとりの身を立てるのに精いっぱいなくらいだ。
それに、わたしの仕事の都合もあり、離れて別々に暮らしている。
本当に、申し訳なく思う。


そして、お金を稼ぐということもあるけれど、ひとりで暮らす母にとっては、社会との関わりを持つ機会となるのが、どこかに勤めることだ。
母はひとと話すのが好きなほうなので、家でひとりで仕事をするより、外に出たほうが性に合っている。

これから労働人口は減って、高齢者の率は上がる。
AIやロボットが仕事を担い、職業によっては消滅していく。

高齢者は動きがゆっくりだけれど、ときどき間違えることもあるけれど、周りがそれを受け入れながらフォローしながら、役割を分担して働けるような、そんな社会になっていかなければ。

親世代だけでなく、わたしの世代でもあと20 年もすれば、働きたくても雇われないだろう。

答えが全然出ていないまま、書き綴ってしまいました。
ここまで読んでいただいた方、ありがとうございます…!

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