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世界観をつくりこむ

第5章 本屋をダウンサイジングする(7)

 できる限り他人を雇わず、可能なら自宅を兼ねて、一等地ではない立地で、見渡せるくらいのサイズ感で、無理のない営業時間で、店をやる。それらは、あくまで手段の話にすぎない。何のためにそうするかといえば、継続しやすい形にすることで、自分なりに理想とする本屋をつくりこむことに集中するためだ。

 日本で出版される新品の本は毎年八万点。取り寄せ可能な流通在庫は約一〇〇万点と言われる。古本であればそれは無数で、個人の認識できる範囲としては無限に近しい。それらの中から、自分が売りたいと思える本を選ぶ。この本の隣にはこの本を、この棚にはこういう分野を、こういう文脈を、こういう価値観をと考えながら並べていく。内装、清掃、明るさ、温度や湿度、音楽、香り、装飾など空間の隅々にこだわることで、それらの本の魅力を引き出し、手に取られやすいように演出していく。ひとことで言うなら、それらはすべて、店の世界観をつくりこむ作業だ。

 そこには広さと深さの二つの要素がある。

 小さな総合書店として、一冊一冊を吟味して並べ、できるだけ広くて深い世界をつくりこむ。あるいは、ある分野の専門書店として、あるいは特定のターゲットに特化して、できるだけ狭くて深い世界をつくりこむ。つまり広くても狭くてもよいが、深いほどよい。少なくとも、こちら側が浅くてよいということはない。店として入門的であることを志向することはあり得るが、何が入門として相応しいかは、深く知らなければわからないからだ。勉強することをやめてしまうと、本屋の時間はそこで止まり、徐々につまらなくなる。

 偏っていてもよい。先にも述べたように、客のニーズに対する最適解を導くのは、テクノロジーの側の得意技だ。生身の人間が手がける本屋は、特定の価値観の押し付けにならないように配慮しつつも、その広さや深さは、自分の世界にあってよしと認める、自分なりの美意識の範囲内でつくりこむほうがよい。少し偏ったフィルタとしての個人も、店の個性となり、魅力となる。個人店なのだから、自ずと店主の人格があらわれてよいし、そのことからは良くも悪くも逃れられない。

 もちろん最初は、自信を持てないこともあるだろう。けれど最初から素晴らしい本屋というのは、実はあまりない。最初が一番で、あとは衰えていくとしたら、それは単に努力を怠っているだけだ。何か好きなことがあってもそれほど掘り下げることなく、どこかの地点で安住してしまい、それを消費していればよいタイプの人は、本を触っていてもあまり棚が変化していかない。好きなことをもっと掘り下げたいという探求心があり、次々気になることを見つけてしまう好奇心があり、それが人に見られているという自意識と、さらによく見せたいという向上心が強い人は、本を触るうちに自然と勉強して、棚が徐々に深くなっていく。オープンから時間が経つにつれて、そうした店主と客との無言のコミュニケーションの結果が堆積していき、同じ面積の店であっても、その世界はどんどん深いものになっていく。よりシンプルでロジカルに研ぎ澄まされていく店も、よりカオティックに溢れ出していく店もあり、どちらも面白い。

※『これからの本屋読本』(NHK出版)P195-P198より転載


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ブック・コーディネーター、クリエイティブ・ディレクター。新刊書店「本屋B&B」(東京・下北沢)と出版社「NUMABOOKS」を経営しつつ、「八戸ブックセンター」「神保町ブックセンター」「BIBLIOPHILIC」などの仕事をしています。散歩社取締役、バリューブックス社外取締役も。
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