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名作The Catcher in the Rye (J.D. Salinger, 1951)を読み直して(その2)・・・ライ麦畑から回転木馬に、"the catcher" から"the watcher"に

はじめに

別稿「不朽の名作The Catcher in the Rye (1951. J.D. Salinger)を読み直して(その1)」の続きです。まずそちらをお読みください。


Holdenは""If a body 'meet' a body coming through the rye."を"If a body 'catch' a body coming through the rye"、すなわち、"meet"を"catch"と思い込んでいたのです。可愛い10才のベイビー・シスターに教えられて情けなく思ったでしょうね。しかし、彼の人生観と将来なりたい人物像はその思い込んでいた"If a body catch a body coming through the rye"の一句で成り立つ訳です。

Robert Burnsの詩をもとにした元歌Comin' Thro' the Ryeを見る


Robert Burnsの詩を基に作られた歌、おそらく、Haldenも聞いたであろう歌Coming through the rye' をクリックして聞いてみましょう。歌詞は以下の通りです。

O, Jenny's a' weet,[A] poor body,
Jenny's seldom dry:
She draigl't[B] a' her petticoatie,
Comin thro' the rye!

Chorus:
Comin thro' the rye, poor body,
Comin thro' the rye,
She draigl't a' her petticoatie,
Comin thro' the rye!

Gin a body meet a body 注:GinはGiven=If;meetは仮定法現在で-s無し
Comin' thro' the rye
Gin a body kiss a body
Need a body cry?

Chorus:
Ilka lassie has her laddie
Nane, they say, hae I
Yet a' the lads they smile at me
When comin' thro' the rye.

Gin a body meet a body
Comin' frae the town
Gin a body kiss a body
Need a body frown?

(Chorus)

Gin a body meet a body,
Comin' frae the well,
Gin a body kiss a body,
Need a body tell?

(Chorus)

'Mang the train there is a swain
I dearly lo'e myself
But what his name or whaur his hame
I dinna care to tell

Robert Burnsの詩のフルバージョン(1872)


この歌の基になったBurnsの詩のフルバージョンです。

"Comin Thro' the Rye" by Robert Burns

[First Setting]
Comin thro the rye, poor body,
Comin thro the rye,
She draigl't a'her petticoatie,
Comin thro' the rye.
Chorus:
O, Jenny's a' weet, poor body,
Jenny's seldom dry;
She draigl't a' her petticoattie
Comin thro' the rye.
Gin a body meet a body
Comin thro' the rye,
Gin a body kiss a body—
Need a body cry. [To chorus]
Gin a body meet a body
Comin thro' the glen,
Gin a body kiss a body,
Need the warld ken! [To chorus]

[Second Setting]
Gin a body meet a body, comin thro' the rye,
Gin a body kiss a body, need a body cry;
Ilka body has a body, ne'er a ane hae I;
But a' the lads they loe me, and what the waur am I.
Gin a body meet a body, comin frae the well,
Gin a body kiss a body, need a body tell;
Ilka body has a body, ne'er a ane hae I,
But a the lads they loe me, and what the waur am I.
Gin a body meet a body, comin frae the town,
Gin a body kiss a body, need a body gloom;
Ilka Jenny has her Jockey, ne'er a ane hae I,
But a' the lads they loe me, and what the waur am I.


1782年にRobert Burnsが書いた詩ですが、Coming  through the Rye, Scottish Country Dancing Dictionaryによると、Burnsのオリジナルの詩ではなく、彼がScotland, North Ayrshire, Dalryの町外れのDrakemyreに
古くから伝わる伝説を基に書いたようで、ライ麦などの穀物畑を歌ったものと思われます。

ある評論家がこの詩が性に関連するカジュアルな性行為が道徳的であるかどうかをテーマにしているとしたら、Holdenの語るところと合致すると言っているようですが、一地方の町の民間伝承でありむしろ若者の自由奔放さを歌ったものと思えます。

(少々脱線。"A meets B," "B meets A," "A and B meet"はほぼ同じ意味です。そこからAもBも同等で、当事者同士が偶然にしろ意図的にしろ会ったという事象を指示しますが、何のために会ったかは聞き手の想像次第に委ねられ解釈は無限です。それに対し、Holdenの思い込んだ"A catches B"であったならABを入れ替えて"B catches A", "Aand B catch"では同じ意味にならず、主語は力があり目的語は力が劣ることが想定されるので、目的、意図は明確、何のためにはcatchしたかは限定されます。)

要は、Burnsの詩のライ麦畑での"meet"は自由奔放、一方では「純真無垢な」、他方では真逆の「穢れた」状況の創生を無限に掻き立てることになります。実際、 Comin' Thro' the Rye (disambiguation)によると、Burns が参考にした元の伝承詩は、その時既に性的想像に満ちており、替え歌も流行り、そのコーラスの部分では露骨に"staun o' staunin' graith" (男性勃起時の性器のサイズ)などの卑猥な表現, "kiss" を”fxxk” に and スタンザ4のJenny's "thing" を彼女の"cxxt"などのいわゆるfour letter wordsに類する卑猥語に入れ替えて歌っていたようです。

日本でもこの歌の替え歌は複数あり。小学唱歌からやや世俗じみたものまで


日本でも小学唱歌「故郷の空」(大和田建樹)、そして、幼児用替え歌「権平さんの赤ちゃん」などのバージョンがある一方でザ・ドリフター「誰かさんと誰かさん」などのバージョがあります。「権平さんの赤ちゃんは」メロディーのみ真似他ものですが、他の2つはそれなりにBurnsの詩を参考にしたものです。この歌は英語圏はもとより非英語圏でも流行り、それに伴って多くの替え歌が作られ歌われてきました。

Haldenが元の詩の"meet"を”catch”と勘違いしたのは替え歌かもしれません。当時のNew York界隈の子供たちの間に”catch”を入れた替え歌が流行っていたので混同したのでしょうか。それとも、”catch”には"see"/ "meet"「会う」という意味があり(Catch you later = See/Meet you later)、単純に混同したのかもしれません。

妹Phoebeはメタファを戸惑いながらも理解しHoldenにキャッチされ行動を共にしようとする


どこでどう間違ったかはさておき、この間違って覚えた"If a body 'catch' a body coming through the rye"なる歌詞が、将来自分がなりたい人物像"the catcher in the rye"の根拠となっているのです。「広大なライ麦畑、そこで遊ぶ何千人もの無邪気な子供たち(little kids)、麦畑の先にある崖っぷち、その傍に立つ大きく成長した思春期の自ら1人(他思春期の若者は大人と共に崖から落ちているので)、ライ麦畑のどこからか飛び出して崖に近づく子供たちをキャッチして救う自分"the catcher in the rye"」などなど、まだ10才のPhoebeがこのメタファを聴いてどう理解したのか不明ですが、"If a body 'meet' a body"で 'catch'は無関係、ピンと来なかったものと察せられます。それでも耳を貸し最後まで聴いて理解しようとするのです。

Holdenはこうしたメタファの延長で、ヒッチハイクして誰も知らない場所のガソリンスタンドで仕事を見つけ、人と話すのが嫌なので聾唖者だと偽り筆談で会話し、森の近くに居を構え、聾唖者の連れ合いを見つけ生涯をそこで過ごそうと思い立ちます。実行する前にPhoebeの友達にメモを渡しその旨Phoebeに伝えます。すると、待ち合わせ場所に見送りに来たのかと思えばなんとスーツケースに荷物をまとめて着いて行くと言い張るのです。彼女はHoldenのメタファそのものは受け入れたということになります。(P.205)

HoldenはPhoebeの決意に大いに戸惑いやめさせようとする

Holdenにとっては間違って崖っぷちに行ってしまうかもしれない子供たちの中でもPhoebeこそ最愛であり、無垢の象徴、すぐさま一緒に連れて行くべきなのです。まさに喜んでcatchすべきなのです。ところが彼は大いに戸惑って、何とか思いとど目ようと説得します。彼女は怒り拗ねます。それでも「クリスマス劇に出たいんだろう?出れなくなっちゃうよ!」自分が最も軽蔑し反発してきた世のしきたりに迎合すること、それを彼女に強要することになります。今や彼は軽蔑した父親と同レベルになってしまいます。無理もありません。10才の妹とヒッチハイクで家出するのは相当大変です。無垢な妹を現実という崖の底に落ちないように捕まえて麦畑に居続けることの難しさを感じさせられたのです。

ライ麦畑ならぬ動物公園の回転木馬に遊ぶPhoebeをベンチでwatch、その象徴的意味


やがて2人はライ麦畑ならぬNew YorK Zooの公園に行きます。子供がたくさん遊ぶ中、回転木馬(carousel)を見つけます。怒って口を聞かなかったPhoebeがやっと口を聞きます。Holdenが、

"Do you want go a ride on it?" 「乗りたい?」

と聞くと、Phoebeは

”I'm too big." 「だって大きすぎるから」

Holdenはすかさず

”No,  you're not.” 「そんなことはない」

と言って否定します。小さな子供を象徴する回転木馬にPhoebeが大きすぎるとは思いたくありません。Phoebeは、

"Aren't you gonna ride too?"

と、Holdenも乗らないのかと誘います。すると、Holdenは

"I'll watch ya."「俺はお前が乗るのを見ているよ!」

と答えます。すなわち、ライ麦畑のキャッチャー(the catcher in the rye)であるべきHoldenは、大人が子供のために作った公園の回転木馬に乗って遊ぶのを傍観するウオッチャー(the watcher in the park)になるのです。公園の先には大人の崖はありません。なぜなら崖の底の大人の世界に存在するからです。回転木馬のようにぐるぐる同じところを回り落ちる心配はありません。

回転木馬に流れる"Smoke Gets in Your Eyes"「煙が目にしみる」が"If a body 'catch' a body coming through the rye”に


回転木馬が回る間は"Smoke Gets in Your Eyes"「煙が目にしみる」jazz曲がが鳴り続けます。ここから先、Holdenは自分がなりたい人物像のメタファをこの歌から描くことになるのでしょう。"If a body 'catch' a body comin through the rye"はここでその役割を終えます。この後、彼は約束通り水曜日に実家に戻り、おそらく、自学期のために他の学校にapplicationを出して行くのでしょう。現実に覚め煙が目にしみるのです。

この小説は、若者の体制に対する反抗の象徴となり、MASH, The Graduate, American Graffitiなどの1970年代の名画につながっています。特にAmerican Graffitiは、カリフォルニア州Stockton市の高校3年生の卒業ダンスパーティの一夜で起きた"crazy"な出来事を綴っています。最後のシーンでロン・ハワード扮する主人公とジュディ・ウイリアムズ扮するガールフレンドが1960年代versionのThePlattersの"Smoke Gets in Your Eyes"をバックに踊ります。ジョージ・ルーカス監督も若い頃にThe Catcher in the Ryeを読んだことでしょう。

以上、筆者の感想でした。

(2024年5月7日記)



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