名曲As Time Goes By「時が過ぎゆくまま?/につれ?/けれど?]キーワード "as"の解釈 (前編)...「カサブランカ」の主題歌としてストーリーのキーワード
63歳から始めたジャズボーカルは今年で16年目、習った約70曲の一つが“As Time Goes By”です。毎年4回催される発表会ではジャズ・ピアニストの田村博氏とジャズ・ギタリストの鈴木俊之氏らプロの伴奏に合わせて歌います。リハーサル無しのぶっつけ本番ですから緊張します。初めての発表会では足がすくんで頭が真っ白になり、歌詞は飛ぶはリズムを噛むはで大失敗しました。情景を描きながら歌わないとこうなります。歌詞をしっかり理解し自分のものにしなければ情景は浮かびません。新しい曲を習う際には歌詞一字一句を分析することにしています。英語学の生きたデータの宝庫だからです。
“As Time Goes By”は発表会で何度も歌いましたが、この曲を歌うときには映画Casablanca(1942 Warner Brothers)の予告編Casablanca/As Time Goes By (Dooley Wilson)カサブランカ(映画)・時の過ぎゆくままに
に描かれている、Rick’s Café Americaineで、ヒロインIlsa、ミュージッシャンSam、主人公Rickの間で交わされる次の会話を思い浮かべながら歌うことにしています。セリフは以下の通りです。
**************************************************************************
Casablanca/As Time Goes By (Dooley Wilson)カサブランカ(映画)・時の過ぎゆくままに予告編Rick’s Café Americaineにて (筆者訳)
-------------------------------------------------------------------------- Ilsa: You used to be a much better liar. (あなたもっとましな嘘つきだったわ。)
Sam: Leave him alone, Miss Ilsa. [1] You're bad luck to him. (彼をほっといたらどうですか、Ilsaさん。あなたは彼にとって疫病神です。)
lsa: Play it, Sam, for old times’ sake. (弾いてSam あの頃を思い出したいから。)
Sam: I don’t know what you mean, Miss Ilsa. (何をおっしゃりたいのか分かりません、Ilsaさん。)
Ilasa: Play it. Play “As Time Goes By.” I will hum it for you. Talailalala….. (弾いて、あの曲、“As Time Goes By”よ。忘れたの?ハミングするわ、タライラララ…..Samは曲を弾き始める。)
Ilsa: Sing it, Sam. (歌って、Sam.)
Sam: “No matter what the future brings, as time goes by....”
Rick:(血相を変え歩み寄りながら) Sam, I thought I told you never to play..
(Sam! この曲を絶対に弾くなと言ったはずだぞ!)
****************************************************************************
物事の解釈は人により状況により多様であり、以下の解釈は私独自のものに過ぎません。[2] 他の方々は全く違う解釈をするでしょう。
まず、“As Time Goes By”の日本語タイトルですが、予告編では「時の過ぎゆくままに」になっています。その流れでこれが日本語の正式タイトルのようです。そのほか「どんなに時代は流れようとも」があり、接続詞(conjunction)“as”[3]の解釈を巡り微妙な違いがありそうです。それを避けてか、「アズ タイム ゴーズ バイ」も見られます。この“as”がこの曲とこの映画の重要な鍵を握っているようで一考の価値ありです。
接続詞“as”には色々な用法があります。現代イギリス英語・アメリカ英語の文法書A Comprehensive Grammar of the English Language (R. Quirk 他、1985、Longman)が多量のデータをもとに全てを網羅し解説しています。結構の量になるのでここでは紹介できませんが、同文法書編纂主幹Quirkらが編纂したLongman Dictionary of Contemporary English (以降Longman)に、同文法書の接続詞“as”の解説を集約した定義があるので列記します。
***********************************************************************
A Comprehensive Grammar of the English Language’ (R. Quirk 他、1985、Longman)の接続詞(conjunction) “as”より (例文、番号記号は原文のまま、例文等和訳は筆者)
-------------------------------------------------------------------------
(1) in comparisons(~と比較して) I can’t run as fast as I used to.昔と比べて同じように早く走れない。“Jun works in the same office as my sister does.”ジュンは僕の妹と同じオフィスに勤務する。
(2)in the particular way or manner mentioned(~のように) Do as I say.私が言うようにやれ。We’d better leave things as they are until they arrive.彼らが到着するまで物事をそのままにしておく方がよい。As I mentioned in my last letter、I will be back in Ohio in June.この前の手紙で言ったように、6月にオハイオに戻るよ。David, as you know, is just well lately.デイビッドは、知ってのように、最近調子が良い。
(3)while or when~する間に~する時I saw Peter as I am getting out of the bus.バスを降りる時ピーターを見かけた。As time passed, things seemed to get worse. 時が経つ間に(=につれ)、物事は悪化する。
(4)since~ので:As we are both tired, let’s just grab a takeaway. 二人とも疲れているので、持ち帰りを買おう;seeing as/鑑みると~ので~ A cup of coffee? I hardly think so, seeing as I am going out in about two minutes.コーヒーかい?もう2分で出なければならないんで、やめておこう。
(5)though~けれどもUnlikely as it might seem, I am tired too.そう見えないかもしれないけれども、私は疲れている。Try as she might, Sue could not get the door open. 試してみたけれど、スーは度を開けられなかった。“As popular as he is, the President hasn’t always managed to have his own way.人気はあるけれど、大統領は自分の思い通りにはやれてきたわけではない。*****************************************************************************
“As Time Goes By”の接続詞“as”に関係がありそうなのは、(2)in the particular way or manner mentioned~のように、(3)while or when~する間~する時、(5)though/~けれどものいずれかでしょう。では、この曲の日本語タイトル「時が過ぎゆくままに」の「~ままに」はどこから出てきたのでしょうか。日本の主要英和辞典であるKenkyusha’s New English-Japanese Dictionary『研究社新英和大辞典』(第6版 2002 研究社)とShogakukan Random House English Japanese 『小学館ランダムハウス英和大辞典』 (小学館 1973)などからこれら3つの“as”の定義に関連する定義を拾ってLongmanの“as”の定義に照らし合わせるとその答えが推察できます。
*****************************************************************************Kenkyusha’s New English-Japanese Dictionary『研究社新英和大辞典』(第6版 2002 研究社)の接続詞“as”より(例文、和訳、番号記号は原文のまま)
---------------------------------------------------------------------------(1)時 a.〜している時に 〜すると 〜しながら He came up as I was leaving.ちょうど出かけようとしている時に彼がやってきた。We were smoking as we talked.話をしながらタバコを吸っていた。
= Longman (3)while or when~する間~する時
b.〜につれて(according as) He became wiser as he grew older. 彼は歳をとるにつれて彼は賢くなった。
= Longman(3)while or when~する間に ~する時
(5) ~するように(in the way that)Do as you are told. 言われるとおりしなさい。Leave it as it is.そのままにしておきなさい。Take things as they are.物事はすべてあるがままに受け入れなさい。
= Longman(2)in the particular way or manner mentioned~のように *****************************************************************************
*****************************************************************************Shogakukan Random House English Japanese 『小学館ランダムハウス英和大辞典』 (小学館1973)] の接続詞“as”より(例文、和訳、番号記号は原文のまま)
---------------------------------------------------------------------------(3) 状態 〜のとおりで 〜のままに Leave it as it is.そのままにしておきなさい。
= Longman (2)in the particular way or manner mentioned~のよう
(4) 比例 〜につれて 〜にしたがってAs one grows older, one becomesmore silent.人は歳をとるにつれて口数が少なくなるものだ。
=Longman (3)while or when ~する間に ~する時:
(5) 限定 〜するかぎりでは 〜するところではHe meant no harm, as I understand him.私が知るかぎりでは彼には悪意がなかった。
= Longman (2)in the particular way or manner mentioned~のように
(8) 時 〜の時 〜のとたんに 〜と同時に 〜しながらHe came up as I was leaving.話しているところに彼がやってきた。
= Longman (3)while or when~する間に ~する時
(10) (文語)譲歩 〜だけれども:Rich as he is, he is not contended.金持ちではあるが満足していない。
= Longman (5)though(~けれども)*****************************************************************************
このように、これら英和辞典の定義はみなLongmanの定義のいずれかに収まります。『小学館ランダムハウス英和大辞典』は、Longmanの3つの定義がどのようなコンテクストで使われているかを細分化し記述したものです。上述したように、A Comprehensive Grammar of the English Language’ (R. Quirk 他、1985、Longman)には、それ以上に細部に亘りこれらの定義が使用される言語的、非言語的コンテクストの詳細が記述されています。Longman(Dictionary of Contemporary English)は、それらからコア(核)を抽出した定義と言えます。しかしながら、『小学館ランダムハウス英和大辞書』は日本における外国語としての英語(English as a Foreign Language)の学習者用辞典です。学習者の多くは日本語を通して英語を理解するという、いわゆる、訳読型学習方法(grammar translation method)に慣れ親しんできており、それに応える為に日本語で出来るだけ細かく説明しようとしているのでしょう。敢えて言うなら、Longmanの「森に焦点を当てながら木を」に対し、「木に主点を当てながら森を」という感じがします。どちらにも相応の用途目的があり良し悪しをめぐる単純比較は禁物です。
推察ですが、この曲の日本語タイトルの「時が経つままに」は、『研究社新英和大辞典』の(1)と『小学館ランダムハウス英和大辞典』の(3)に掲げられた例文“Leave it as it is.”(そのままにしておきなさい)が、英語学習参考書や受験問題集でもよく頻出したと覚えておりその影響かもしれません。この映画が日本でリリースされた戦後間もない頃の昭和28年(1958年)出版の江川泰一郎著『英文法解説』は、P.261で「様態」の“as”の例文として“Try and see things as they are.”(物事をありのままに見るようにしなさい) “Don’t trouble to change. Come just as you are.” (わざわざ着替えないでそのままできなさい)などをあげています。1962年大学に入学した私自身も、“as”と言えば、熟語“as soon as”「〜やいなや」の“as”、「様態」の“as”「〜のように」「〜のままに」の例文 “Leave it as it is.”(そのままにおきなさい)を丸暗記しました。その影響に加え、語呂が良いことも重なりなんとなく選ばれたのではないでしょうか。
まとめます。“As Time Goes By”の“as”の用法は、Longmanの(3)while or when(~する間/~する時)に該当します。その2つ目の例文“As time passed, things seemed to get worse.”(時が経つにつれ、物事は悪化する。)と合致します。『小学館ランダムハウス英和大辞典』は(4)比例「〜につれ」と(8)時「〜の間に 〜の時」を分けていますが、「〜につれ」は「〜間に」を延長した意味(extended meaning)です。即ち、「時が経つにつれ」は「時が経つ間に」の変異ということです。言語の意味は状況、コンテクストにより一様ではありません。この場合、接続詞“as”が導く従属節、ここでは“as time goes by”の動詞“go by”が鍵を握ります。
動詞は3つに大別できます。(心理的)状態を表す状態動詞(state verbs: 例 be動詞, have, know, exist)、変化を表す過程動詞(process verbs例:go by, pass, become, growなど)、動作を表す動作動詞(action verbs 例:do, eat, speak, takeなど)に大別できます。状態動詞と過程動詞は無意志動詞で、動作動詞は意志動詞です。“As Time Goes By”中の動詞“go by”は出発点からの変化を指す過程動詞です。もし“He always watches TV as he eats.” のように行動動詞であるなら、「食べる時」となるでしょうが、過程動詞の場合、過程動詞そのものが「~から~へ」の変化を含蓄するので、それに呼応して必然的に「〜につれ」、ここでは「時が経つ(過ぎゆく)につれ」という意味が派生するわけです。『研究社新英和大辞典』が(1)時の項目にb. 〜につれて(according as) He became wiser as he grew older.(彼は歳をとるにつれ賢くなった)を置いている理由もそこにあります。
同じことが、「〜のままに」についても言えます。Longman(2)in the particular way or manner mentioned~のように の派生です。“Do as I do.”(私がするようにしなさい。) の場合は、“do”が動作動詞です。そして“We’d better leave things as they are until they arrive.”(彼らが到着するまで物事をそのままにしておく方が良い。) の“are” は状態動詞です。さらに詳しく言えば、"be動詞” は通常使われる繋辞(けいじ=copula) 以外に“exist”(存在する“In the beginning was the Word.” = In the beginning the Word existed. 初めに言葉ありき King James版聖書ヨハネ伝1:1)という意味があります。ここの“they are”は“they exist”に近く、従って、“as they are”はin the way/manner they exist (存在する/あるように)、すなわち「存在する/あるがままに」 になるわけです。要するに、in the way/manner「〜のように」の延長としての「〜ままに」は状態動詞を要求するので、過程動詞“go by”を伴う“as time goes by”は「時が過ぎゆくままに」はなり得ません。長くなりました、(後編)に続きます。
この記事が参加している募集
サポートいただけるととても嬉しいです。幼稚園児から社会人まで英語が好きになるよう相談を受けています。いただいたサポートはその為に使わせていただきます。