ドジャース、ヤンキース、ブルージェイズ、ツインズなどなどの[ス]と[ズ]・・・英語複数接尾辞-sの発音との違い(5)
はじめに
「ドジャース、ヤンキース、ブルージェイズ、ツインズなどなどの[ス]と[ズ]・・・英語複数接尾辞-sの発音との違い」(1)(2)(3)(4)に続く最終(5)です。(1)(2)(3)(4)未読の読者はまずそちらをお読みください。
ついでに所有格-sの深い意味、単なる所有ではない
少々本題から外れますが、意味的にはpossessive/genitive suffix(所有格/属格接辞)-sは複雑です。“John’s passport”(=John has a passport)はpossessive(所有を示す)、“John’s speech”(=John speaks)はsubjective(行為者を示す:)、“John’s release”(=release John)はobjective(行為の対象)、“Japan’s sake”(=originated in Japan)はoriginal(根源を示す) 、“cat’s food”(=food for cat)はdescriptive(用途記述的)、“cat’s fur”(=cat fur)はpartitive(部位を示す)、“five days’ ceasefire”(=ceasefire lasting five days)のようなmeasure(測定的)、“John’s honesty”(=John is honest)はattributive(属性を示す)、などの用法があります。また、文法構造上の特徴として、名詞句の場合は区部の一番最後の語に付けられます。例えば、“son-in-law”とか“the cat I found yesterday”などの名詞句では、“son-in-law’s”、“the cat I found yesterday’s”になります。複数形屈折接尾辞-sが、“sons-in-law” 、“the cats I found yesterday”のように、句頭の名詞(head noun)に付蹴られるのとは対照的です。これら2つの接尾辞が名詞句に付く場合は“sons-in-law’s”、“the cats I found yesterday’s”になります。従って、この場合、sons’、cats’と違って、所有格・属格接尾辞-sはzero発音にはなりません。(*26)
この3種類の-sの中で日本語に入り込んだのは圧倒的に名詞の複数形を指す-s
このように、3種類のinflectional suffix(屈折接辞)-sがありますが、日本語に入ってきたのは圧倒的に名詞の複数形を表す-sで、名詞の所有格/属格と動詞の3単現を表す-sは少ないか皆無です。動詞の3単現-sは、意味的機能は少なく、文法的機能のみですが、既述した通り、母語話者もformal style書き言葉やスピーチでは厳格に守るものの、informal styleでは抜け落ちることが多く、先細り感が漂い、もはやstyleの問題になりつつあります。概して、inflectional affixes(屈折接辞)は、文法機能性が高く、文法構造に直結するので、他言語から借入するのは難しく、よって、3単現の-sをはじめ、複雑な所有格・属格の-sも複数形-sも日本語には借入されていません。日本語には元々名詞複数形接辞はなく、そこに英語の複数形-sが入る余地はありません。例えば、会話の普通名詞に「リンゴズ」とか「ねこス」とか「山田’ズ」が飛び交うことはないでしょう。日本語にあるのは元々の英語の複数形をそのまま借入したものです。冒頭のMLBチーム名も、「レディース」も「メンズ」もそうです。「レディース」の元の英語は、ladyに名詞の複数形-sをつけてladies、それに 所有格/属格-sをつけたladies’です。「メンズ」の元の英語は、manの不規則複数形menに所有格/属格-sをつけたmen’sです。意味はfor ladiesとfor menでdescriptive(用途目的)genitiveをそのまま借り入れて、洋品店などの「女性用」「男性(紳士)用」という意味で定着しました。「女性ズ’」とか「男性ズ’」などの表記を見たことがありません。要は、すべて英語の語彙の複数形-sと所有格/属格-sの名詞をそのまま借入したということになります。日本語では「ヤンキー」をstem(語幹)に「ス」/「ズ」をinflectional suffix(屈折接尾辞)という2つのmorphemes(形態素)から成る構造ではなく、「ヤンキース」が一つのmorpheme(形態素)として借入されたものとみます。かつて、adjective(形容詞)に付してmaterial noun(物質名詞)を派生させる+derivational suffix(派生接尾辞)が流行したようで、その名残が、“goods”や“sweets”です。この接尾辞は、現代英語ではあまり頻度がなく、母語話者でさえgoods、sweetsをそれぞれ1つのmorpheme(形態素)として使っていると推測しますが、日本語話者にとっての「グッズ」や「スイーツ」はまさにそうでしょう。
日本語に借入されるということは日本語の音韻体系の基づくもので間違いではない
最後に、(*1)でも述べたとおり、これら借入語は、母語の(ここでは日本語)音韻体系に基づくもので、わざわざ、原語(ここでは英語)の発音を意識して発する必要はありません。これら日本語標記を「間違い」と看做すのは早計です。英語ではそう言わないから正すという姿勢は、非科学的な前時代的学校文法(school grammar)の考え方で、prescriptive grammar(規範文法)と言われます。英語圏でも19世紀頃まで、ギリシャ語・ラテン語を神聖視するあまり、英語を無理やり「矯正」しようという動きがありました。“It is me.”の“me”は主格補語であるから“I”であるとか、“John is smarter than me.”の“me”は, “than I am (smart)”の略であり“than I (am).”であるといった姿勢です。それに対し、現代言語学はdescriptive grammar(記述文法)を追求します。母語話者が使用するままの言語を記述して分析します。科学としての言語学は、母語話者の言説を巡り正しいとか間違いという判断をしません。(*27)本稿のテーマについても同じことが言えます。英語の複数形の名詞が、日本語に借り入れられ、日本語の音韻体系にスクリーニングされて発音、表記され定着しているわけです。それぞれの音韻体系を踏まえてその経緯を知ると、日本語と英語のダイナミズム、多様性、創造性を感じることができます。今回のテーマのような疑問から両語の体系の類似する部分、異なる部分を比較整理すると、日本語話者に英語を、英語話者に日本語を教える教材・教授法の開発に役立ちます。
(*25)Socratesは日本語では「ソクラテス」で最後のスペルsは「ス」ですが、英語では/sɔkrati:z/で/z/です。XerxesとEuripidesのsも/z/と発音されます。いずれも直前にvoiced(有声)のvowel(母音)があるからです。
(*26)Quirk et al(1985)5.116およびMacdonald先生授業での筆者のノートより。
(*27)その代わり、sociolinguistics(社会言語学)などでは、ある言説を巡り、母語話者がどの状況でふさわしい(acceptable)と判断し、どの状況でふさわしくない(not acceptable)と判断するかを調査し、その結果を記述します。
“John is smarter than ____”の後、me/I/のどれが正しいかではなく、それぞれが、どの状況で使われるかを正確に記述します。言語変種に対する話者のattitude(態度/姿勢)に関する調査で、言語のdrift(定向変化)が予測できます。この例では、他の表現“It’s me/I.”“It’him/he.” “It’s her/she.”なども調査し、主格ではなく目的格の方向にdriftしている様子が見て取れるのでそれが主要となるであろうと予想できます。言説の正誤の問題ではありません。
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