短編小説 |RUMOUR5/6

TRUTH

井坂涼は、N県の山奥にある病院での不可解な出来事から数週間が経過した今も、その謎を追い続けていた。彼の研究室は古文書や地図、写真で埋め尽くされ、壁には「山神様」に関する情報が張り巡らされていた。

夜も更けた頃、井坂は古い地質学の論文を読みふけっていた。突如、彼の目に奇妙な記述が飛び込んできた。

「N県の山岳地帯には、特異な地形と気候が存在する。この地域では、特定の条件下で大気中の微粒子が異常な濃度で集積し、幻覚作用を引き起こす可能性がある。」

井坂は息を呑んだ。これが「山神様」の正体に繋がる重要な手がかりかもしれない。彼は急いで気象データと地形図を照らし合わせ始めた。

数日後、井坂は驚くべき事実にたどり着いた。N県の山岳地帯では、100年周期で特殊な気象現象が発生していたのだ。この現象は、地形と気候が複雑に絡み合って生じる集団幻覚を引き起こす可能性があった。

しかし、それだけでは説明がつかない謎もあった。なぜ人々は消失したのか。なぜ「山神様」という概念が生まれたのか。

さらなる調査を進めるうち、井坂は古代から続く秘密の儀式の存在を突き止めた。
平安時代後期、この地域は山岳信仰の中心地として栄えていた。「山神様」の伝承はこの時期に端を発し、修験道や山岳仏教の影響を強く受けていたと考えられる。

その儀式は、「山神様」と呼ばれる存在を鎮めるためのものだった。しかし、その儀式自体が集団幻覚を増幅させ、人々を山中へと誘い込む結果となっていたのだ。

この時、井坂はまだ知らなかった。彼が発見したこの重大な事実が、やがて「山神様事件」として全国に知れ渡る不可解な集団失踪事件の始まりに過ぎないことを。そして、この謎の解明が彼自身の運命と、世の運命を大きく変えることになるとは、想像すらしていなかった。

そうして真相に近づくにつれ、井坂自身も奇妙な変化を感じ始めていた。夜になると、毎晩、彼の耳に不思議な歌声が聞こえてくるようになった。

「山の神様 いらっしゃい
みんなで 行きましょう
百年に一度の お祭りよ
誰も帰れない お祭りよ」

最初は幻聴だと思っていたが、次第にその歌声は現実味を帯びてきた。井坂は自分も「山神様」の影響を受け始めていることを自覚し、恐怖に震えた。

ある日、井坂は研究室の鏡に映る自分の姿に愕然とした。彼の目は異様に輝き、肌は青白く、まるで別人のようだった。彼は時折、理解できない言葉を口にするようになり、夜には奇妙な幻覚を見るようになった。

しかし、井坂は諦めなかった。彼は最後の力を振り絞って、これまでの調査結果をまとめ始めた。「山神様」の正体、そしてこの現象を止める方法を記した手紙を、恩師である百田教授に送ることを決意したのだ。

手紙には以下のように記されていた:

「百田先生、

私は「山神様」の正体を突き止めました。それは、この地域特有の地形と気候が生み出した集団幻覚現象であり、同時に古代から続く秘密の儀式の結果でもあります。

100年周期で発生する特殊な気象条件が、大気中に幻覚作用のある物質を発生させます。そして、古来より伝わる儀式がその効果を増幅させているのです。

この現象を止めるためには、儀式を中止し、同時に山中に特殊な空気清浄装置を設置する必要があります。詳細な方法は添付の資料をご覧ください。

しかし、警告しなければなりません。この真相そのものが新たな「ウワサ」となり、さらなる集団幻覚を引き起こす可能性があります。取り扱いには細心の注意を…」

井坂は手紙を書き終えると、すぐさま投函した。しかし、郵便ポストから手を離した瞬間、彼の周りの世界が歪み始めた。木々が踊り、空が渦を巻き、地面が波打つ。

「ついに来たか…」

井坂は諦めと恍惚の表情を浮かべながら、歪んだ風景の中へと歩み出た。彼の姿は、まるで霧に溶けるように、ゆっくりと消えていった。

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