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意匠専攻の僕が現場監督と構造デザインに興味を持った理由

以前にも書いたのだが意匠設計者(一般的に世の中で建築家と思われてる人)は建築の全てを分かるわけではない
↓以前書いた記事↓
https://note.com/nshu/n/naa0a3983c1f1

意匠専攻の僕は学生時代、建築が持つ社会への影響力と、創作する事の楽しさを学び、自分なりの理想の建築を追い求め、設計に打ち込んでいた。また尊敬する恩師からは建築の奥深さを学べた事で、ずっと興味を失わず学び続けるモチベーションを貰えた。
だが、アンビルドの建築を介して狭い世界に考えを発進し、自分の興味や哲学を構築する時間に少し違和感も覚えていた。建築物は実世界で建ててこそ意味があると思っている僕は、学問としての建築の重要性も十分理解しつつだが、提案だけで終わるのが自己満足な気さえしていた。建てられるまでのプロセスも分からない、構造的に本当に建てられるかも分からないという状況が、気に食わなかった。

そこで僕は大学を卒業後、現場監督としてリアルな建築造りの現場を体感する事にした。木造に興味の合った僕は、関東にあるPOLUSという会社を3年間努めた。その期間で、ディテイル(建築の細かな収まりや)、現場のマネジメント、円滑に物事を進めるコミニュケーション力の重要性を学んだ。また、特に印象的だったのが人間の重要性だった。職人によって出来上がりの質が違うのだ。勿論、ある程度の質を担保するために監督がきちんと管理するのだが、職人気質で、自分の仕事にプライドを持っている人と建築をすると、図面で書いているものより良いものが出来たりする。この体験は、「本物の職人さん」との繋がりを沢山作ろうと、思わせるきっかけとなった。

また、理想の建築を実際に建てるとき、絶対に必要になる構造デザインを学びたくて、構造デザインを自社でやっている設計事務所に入った。(ちなみに雑誌に載るような前衛的な建築物はほぼ全て優秀な構造設計者が共同で設計している。)
入社した設計事務所では、手段としての構造でなく、構造が建築デザインの全てになる場合もある事が学べた。(ローコストの場合は特に。) そして、意匠設計者は中途半端な知識があるが故、自らの発想に制御をかけて、理想から少し妥協した提案をしてしまう事も気付かされた。

僕は現場監督として建築造りのリアルを体感し、質を担保する方法を学び、構造デザイナー(意匠もやる)の師匠の下で建築を学んだ事で、学生時代から変わらず妥協や制約が無い、純粋にお施主さんの為社会の為、そして自分が楽しいと思える建築創りを今も続けられているのだと思う。

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