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「完全に推しだけしか見えていない相嶋さんが、世界で一番の小説家になるまで」第3話

■場所(ショッピングモールのフードコート・放課後)
午後、子連れや学生でそこそこ席が埋まっているフードコート。
制服姿の書比古とまほあは、向かい合って座っている。

まほあ「モツヒサくんが出ますように……!」

ドーナッツとドリンクのセットを前にして、まほあはJapan Knightsとドーナッツショップのコラボ特典のコースターの入っている袋を開けている。

書比古〈今日は相嶋がドーナッツ屋とジャパナイのコラボメニューを食べると言い出したので、最寄りのショッピングモールにいる〉

まほあ「んん、ヤタロウか。残念。明日、隣のクラスのヤタロウファンにあげるか。与見は、コースター何だった?」

書比古「モツヒサって書いてあるけど」

自分のコースターの柄を見て、残念そうな顔をするまほあ。
まほあに聞かれて、書比古は興味がなさそうにコースターの袋を開けて答える。
書比古のコースターの柄を見たまほあは、羨ましそうする。

まほあ「え、モツヒサくん?! ヤタロウと交換してもらってもいい?」

書比古「いや、交換じゃなくていいから、やるよ。それはファンの友達にあげてやれ」〈普通にどっちもいらんし〉

まほあ「いいの? ありがとう。じゃあ最近お世話にもなってるし、お礼にこれ。この前テレビで放送されてたジャパナイのコンサート密着特番。ダビングしてあるから返さなくて大丈夫だよ」

書比古が差し出したコースターを受け取ったまほあは、書比古に家のレコーダーで焼いたDVDの入った袋を渡す。
ちゃんとレーベルも画像付きで綺麗に印刷してある手焼きのDVDを、書比古は恐怖寄りの畏敬の念をもって見る。

書比古「……」〈相手が相嶋だとしても、放課後に女子とフードコートで過ごす経験は小説のネタになるはずだ。そう言い聞かせて俺は、耐えている〉

まほあ「それでえっと、この前はたしかラジオを聞いてもらって終わったよね」

書比古「相嶋の小説の方向性を、決めたところだったな」〈ラジオは目的じゃないだろう……〉

まほあ「そう、8人の裏社会の住民のうちの一人の話」

書比古「やっぱりそのモツヒサをモデルにしたキャラの話にするのか」

まほあ「ううん。ここはモツヒサくんとはビジネス不仲で売ってる、ノリモリをモデルにしたキャラの過去の話にしようと思ってる。このキャラは中学生時代、一見普通の子供に見えて実は学級を崩壊させるプロだったっていう設定なんだ」

書比古「学級を崩壊させるプロ……。『ワケもなく悪い男』っていうコンテストのテーマにもあってて、いいんじゃないのか」

書比古はコーヒーを片手に、自分のスマホでコンテストのページを確認する。
まほあはドーナッツを食べている。アイディアには自信があるようだが、小説としてまとめられるかどうかに不安を覚えている。

まほあ「だよね。でもなんかあんまり、ちゃんと始まってちゃんと終わるようなストーリーが考えられなくて」

書比古「下限なしの短編を募集するコンテストなら、別にそこまできちっとしたストーリーがなくても大丈夫だろ」

まほあ「どういうこと?」

書比古「数百文字とか数千字の話なら、こうふわっと印象的な一場面を劇的にまとめるだけでも十分形になるはずってことだ」

書比古は物で例えて説明するように、丸が連なった形状のドーナッツを割って一つの丸を分離させる。

まほあ「じゃあ今考えてたのは、彼のことが好きでじっと見てる女の子がいて、その子だけが彼が学級崩壊の原因になってるって気づいてるいう物語のはじまりなんだけど、これだけでも短編小説になるの?」

書比古「主人公だけが気づいてるっていうのを、ちょっとしたオチにつなげれば十分可能だとおもうぞ」

まほあ「ちょっとしたオチか……。どんなオチだろう」

飲み物を飲みながら、まほあが考え込む。

書比古「ここらへんで仮でいいからタイトルと、あとキャッチコピーをつけてみると上手くまとまるかもしれんな」

まほあ「キャッチコピーって、この新規作成ページにあるこれのこと?」

まほあはスマホの画面を見て、コンテストが行われている女性向け小説投稿サイトの新規作成ページを開く。
書比古は自分の使っている別の小説投稿サイトのTOPページを開き、説明をする。

書比古「だいたいの小説投稿サイトでは、タイトルとは別に内容を端的に表す短い文章をつけることができるんだ。もちろん書き上げてから考えてもいいが、俺は作品の内容を練るときにあらすじと一緒についでに仮で考えてみてる」

まほあ「タイトルと、キャッチコピーと、あらすじだね」

書比古「それとあとジャンルだな。一人でも多くの読者に読んでもらいたい場合は、サイトの傾向をよく見て考えるべきポイントだ。だが相嶋の場合はコンテストが目的だし、今回の審査にはPVやブクマは関係ないみたいだから、ある程度は好みでまとめちゃってもいいと思うぞ」

まほあ「なるほど。ジャンルはこの中なら恋愛かな? タイトルはどうしようか」

書比古「俺の使ってるサイトだと作文みたいなタイトルが多いが、ここのサイトはキャッチコピーも含めて結構ポエミーな雰囲気だな」

二つのサイトを見比べながら、書比古はその雑感を話す。

まほあ「そうなんだ。ちなみにジャパナイのデビュー当時のキャッチコピーは『死ぬまで守り通す。俺だけのユアハイネス』っていうわりと恥ずかしいフレーズなんだよ」

書比古は真面目に小説投稿サイトのことを考えている。
しかしまほあは自分の話したいことを話すので、だんだんと話は脱線していく。

まほあ「一人一回全員このセリフを言う動画が存在するんだけど、これがまた甘酸っぱいノリで直視するのがなかなか難しいやつなんだ。まあ頑張って見まくったんだけど。モツヒサくんは真面目で純度が高い仕上がりで、守り通される前に尊さで死ぬかと思ったね。ファンネームのハイネスはもちろんここから来てるんだけど、呼ばれるのはともかく自称するのはちょっと恥ずかしいから困ってて……」

書比古〈うっ、この流れはまずいぞ〉

書比古が危険を察知したときにはもう手遅れで、まほあは推しの布教モードに入っている。

まほあ「そうだ。カラオケでちょうどそのデビュー当時のライブ映像の配信を期間限定でやってるから、今から行こうか。小一時間くらいならそんなに帰り遅くならないし、ここよりもゆっくりできるから」

書比古「行ってもいいけど今俺、所持金残り数十円だし無理だな」

スイッチが入ったまほあから逃れたい一心で、書比古は財布の中を見て中身がないふりをする。
しかしそのささやかな抵抗も、まほあの前では無駄である。
まほあは机の上に身を乗り出して、書比古を強引に誘う。

まほあ「じゃあお金は私が出すね。この時間の学割なら、数百円でしょ」

書比古「それはありがたいが、相嶋に悪いし」

まほあ「いいよ。メンズハイネスが増えてくれて、私も嬉しいから」

書比古「あ、ああ」〈俺はそいつらのファンになった覚えはないぞ――〉

本気のまほあは、笑顔でも怖い。
結局書比古は、勢いに押されてまほあに同意するしかない。
二人は食べ終わった食器を片付けて、退席する。

■場所(カラオケの受付・夕方)

受付の店員に学生証を見せるまほあ。
店員はまほあの学生証を確認すると、書比古にも掲示を求める。

まほあ「学生で一時間、お願いします」

店員「はい、ありがとうございます。そちらの方も、学生証の掲示おねがいします」

書比古〈その後俺は、実力の無さを勢いに任せてごまかす若い男たちが、耳障りに叫んで踊る映像をリピートで何回も見せられた。自己紹介の口上も繰り返し聞かされたから、名前もわかるようになった〉

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