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「わたし」の問いを見つけるvol.1@名古屋


はじめまして。スタッフのMakiです。

Social Gallery KYEUM主催『カフェ・コーヒー・コリア Beyond the Border 名古屋展』では、1月21日~29日にかけて展示や全5回にわたるTalk&Workshopが行われていました。その中でKokoroは「『わたし』の問いを見つける~日韓とその先へ」というワークショップを行いました。
この日わたしは一参加者としてワークショップに参加したので、ワークショップの様子や参加者としての感想をお伝えしていきたいと思います。

Kokoroではお馴染みの「問いづくり」です。問いづくりとは、あるお題から問いをつくる・分類する・変換する・選ぶという4つのアクティビティをしていきます。

問いづくりに関してはインターン4期生の記事をぜひお読みください。
あんちゃん➡https://note.com/npokokoro/n/nd27e60e3c5ab
はやちゃん➡https://note.com/npokokoro/n/ncae360339cac

2021年にスタッフとしてKokoroに加わってから問いづくりを体験してきましたが、対面で問いづくりを体験するのはこの日が初めてでした。なので当日までワクワク・ドキドキしていました。というのも、これまでオンラインで問いづくりをしてきましたが、その度に「隣に他者がいることを感じる空間の中で問いづくりをしてみたい」というような気持ちが残っていたのです。

問いづくりスタート

東京から新幹線に乗り名古屋に到着です。冬らしい寒さはありましたがよく晴れて気持ちのよい日でした。
ワークショップはGlocal Cafeというカフェで行われました。会場には「第1章 年表でみる韓国の社会変動とコーヒー文化史」、「第2章 韓国人のライフスタイルとカフェ」のパネル展示もありました。(第3章〜第5章は別会場で展示)

会場には、年齢も住んでいる場所も関心事も様々な人たちが約30名集まりました。初対面同士で6~7人のグループに分かれて自己紹介から始めました。

さて、今回のお題はこちらでした。

このお題から、4つのアクティビティをしていきます。

問いづくりのルールが4つあります。
①できるだけたくさん質問を作る
②質問について話し合ったり応えたりしない
③質問は発言の通り書き出す
④意見や主張は疑問文に直す

こちらがわたしのグループのワークシートです。

『できるだけたくさん質問を作る』の通り、裏面までたくさんの問いが生まれました!

初めての対面での問いづくり。オンラインとの違いをすぐに感じたのは、グループメンバーのつぶやきが聞こえることでした。「うんうん」「うーん」「なるほど」などなど・・・オンラインでは聞こえなかった声が聞こえてきて新鮮でした。

問いをたくさん出し、次はその問いを「閉じた問い」と「開いた問い」に分類していきます。

問いづくり初体験の方はここで少し戸惑うのではないのでしょうか?

先ほど出した問いを上から順番に分類していくのですが、「これは、〇(開いた問い)・・・だよね?」「どっちも言えるよな~」「わたしは△(閉じた問い)だと思うけどな~」と、ここでもオンラインでは聞こえなかったみなさんのつぶやきを聞くことができました。

わたしは問いづくりを初めて体験した時に、「知識がなくて答えがわからないから分類できない!」と思ったことがありました。ですが問いづくりでは事前の知識は一切必要ないのです。

自分や他者から出てきた「問い」について、自分が持っている知識の引き出しの中から1つの答えを取り出すだけではなく、もう一度自分の中で問うてみる。
「わたしはどう考える?」「なぜわたしはこのように考えているのだろう?」のように、改めて自分の考えを自分に問うと「〇(開いた問い)だと思っていたけれど、もしかしたら△(閉じた問い)かもしれない・・・」「以前こういうふうに聞いたこともあるからやっぱり〇かなあ・・・」と悩みもしました。

この日みなさんからこぼれた「どっちも言えるよな~」や「わたしは△だと思うけどな~」の言葉を聞きながら心の中で大きくうなずいていました。

さて、次は「変換」です。「開いた問い」は「閉じた問い」に、「閉じた問い」は「開いた問い」にしていきます。

ひとりひとりが問いを見つめ、問い直している姿勢に触れることができました。

最後にここまでのアクティビティの中で出し合ってきたたくさんの問いの中から「わたし」にとって最も重要だと思う問い一つだけ選びグループで共有します。

他の人が選んだ問いとその理由を聞くことは、問いづくりを何度か体験していても毎回新鮮な思いがします。

「イハンネさんはどんな思いでタクシーを運転したのか」

グループの中に、この問いを選ばれた方がいました。その方は巣鴨プリズンに収容された人の手記をいくつか読んでいて、体験者ひとりひとりがどのような体験をし何を思っていたのか、そんなことを考えている中で今回李鶴来さんのことを知った。タクシーを運転しながら李鶴来さんは何を思っていたのだろう、と考えている。
と仰っていました。

これを聞き、「在日韓国人」「巣鴨プリズンに収容された人」「戦争体験者」など、李鶴来さんの経験にわたしが勝手にラベルを付けながらある資料として『李鶴来さん』を見てしまっていたのかもしれない、とハッとしました。

「在日韓国人」「巣鴨プリズンに収容された人」「戦争体験者」・・・ひとりひとりの証言の中にはたったひとつの人生があることを忘れてはいけないと感じました。

李鶴来さんに会いに

次は参加者の方々にご協力いただき、『若者から若者への手紙 1945←2015』から「泰麺鉄道の捕虜監視員として死刑囚に 李鶴来さん」を朗読しました。(ご著者の落合由利子さん、北川直実さん、室田元美さんに許可を頂き使用しています)

内容は李鶴来さんの証言です。

「イハンネさんは虐待をしたのだろうか」
「捕虜の虐待とあるが、自発的にやったのだろうか」
「なぜ韓国人元BC級戦犯がいたのか」
「釈放後なぜ日本で生活しなければならなかったのか」
「釈放後に韓国に帰る意志はなかったのか」
「刑務所の同胞たちの最期をどういうふうな気持ちで見送ったのか」
「日本政府は動いたかどうか」

これらはわたしを含め、この日の参加者からでてきた問いです。

李鶴来さんの言葉で語られています。

『気になるフレーズに印をつけながら』朗読を聞きその中から一つ選びグループで共有しました。

わたしはこの一文を選びました。(太字部分)

『日本政府は、自らの不条理を改めて、司法の見解を真摯に受け止めて、すみやかに立法措置をすることで亡くなった友人たちのみ年の怨恨(おもい)を癒し、名誉回復すべきです。永年の懸案を解決することが生き残った私の責務です。日本国民の良識と道義に、改めて強く訴えたいのです。』

日々の生活に流されてしまい、立ち止まって考えることもできていない、そんな自分自身に気がついているわたしを李さんに見つめられている、この一文を読んだときにそんな気持ちがしました。決して責めるられているのではないし何かを強制しようとするわけでもない、ただ見つめられている、そう感じた一文をわたしは選びました。

わたしはここまでを通してやっと、資料としての「李鶴来さん」ではなく李鶴来さんというひとりの人に出会うことができたと感じました。李鶴来さんは2021年に亡くなりました。亡くなった方に「出会う」という表現はもしかしたら適切ではないのかもしれません。ですがこの日わたしの中では李鶴来さんとの出会いをはっきりと感じたのです。

さて、今回対面での問いづくりを初体験したことでオンラインならではの良さも発見しました。オンラインではワークショップを終えてパソコンの電源を切ると、急に一人になってしまい、なんとなく物足りなさを感じていました。ですがそれは一人でモヤモヤを抱える心地よい余韻でもあったのです。

この日、いろいろな人と出会い、他者の語りを聞き、対話をし、言葉の”間”を肌で感じることができた対面での交流はやはりとても刺激的でした。
ワークショップを終えた後とても高揚していたのを覚えています。問いづくりや対話からたくさん刺激を受けたというのもありますが、「わたし」の問いを見つけ、この後わたしはまず何から始めよう!そんなことを思い、ワクワクしていました。

わたしの話


Kokoroのワークショップの後は、フォトジャーナリスト安田菜津紀さんのトークセッション「ルーツをたどる旅から見えてきたもの」がありました。(問いづくりでは安田さんと同じグループでした!)

かねてから、わたしは家族の中のある人物のことを調べてみたいと思っていました。その人はわたしの伯祖父(22年間一緒に暮らしていた祖父の兄)にあたります。彼は第二次世界大戦時、ある村の人々を虐殺した罪でBC級戦犯となりました。銃殺刑になり1946年7月に処刑されています。

「家族」ってなんでしょう。安田さんのトークの中でも「必ずしも血の繋がりが重要ではない」という言葉がありました。わたしにとっての「家族」について、この場ではっきりと定義づけをすることはできませんが、会ったことがない伯祖父はわたしにとって家族よりも他人に近い人とも言えます。でも「大好きな祖父が尊敬していた」伯祖父は他人よりも家族に近い人になる。このような不思議な感覚を持っています。わたしの中でも彼が「家族」かはっきりとしていない、そんな伯叔父を知ることはわたしのルーツとは関係ない話かもしれません。

ですが、李鶴来さんとの出会いと安田さんの「ルーツをたどる旅から見えてきたもの」を通して「わたし」の問いがたくさん生まれてきたのです。

”伯祖父はなぜBC級戦犯として銃殺されたのか”
”最期の言葉は本当に「天皇万歳」だったのか(最期に祖父や家族の顔を思い出さなかったのだろうか)”
”もし伯祖父が生きていたら何を思い、何を語ってくれただろうか(口を開くことができただろうか)”
”伯祖父はどういう人だったのか”
”伯祖父が虐殺した村の人はどのように歴史を語り記憶しているのだろうか”
”現地の人たちは、伯祖父に対してどのよな感情を持っているのだろうか、もしわたしとどこかで出会うことがあったらわたしと対話をしてくれるだろうか”

伯祖父のことを知るのは少し怖い、知ったところで何も見えてこないのかもしれない、そもそも何も知ることはできないのかもしれない。けれどここで立ち止まりたくない、と強く感じた1日でした。

『あなたのルーツを教えて下さい』

ワークショップ『わたしの問いを見つける』から少し時間がたってしまいましたが、安田菜津紀さんの著書『あなたのルーツを教えて下さい』(2022年、左右社)を読みました。

恥ずかしながらわたしが今までほとんど知らなかった、多様なバックグラウンドを持つ人々に、この本を通して出会うことができました。彼らマイノリティの人たちが受けた差別や人権問題は、「知らなかった」からといってわたしにとって無関係ということでは決してなく、こうした問題はマジョリティであるわたし自身の問題なのだと気づかせてくれた一冊です。

わたしが今まで「知らなかった」人たちには『ルーツを隠さなくてはならない』歴史と現在があり、「わたし」がその社会を構成している当事者であることにしっかり目を向け今日から過ごしていきたいです。

\朗読で使用した『若者から若者への手紙 1945←2015』(2015年、落合由利子・北川直実・室田元美)の購入はこちらから/

\『あなたのルーツを教えてください』(2022年、左右社)のご購入はこちらから/


次回、『わたし』の問いをみつけるvol.2は5/23(火)に開催します。会場は湘南学園中学校高等学校です。ゲストの古賀美礼(こが みらい)さんのゲストトークもありとても楽しみです。
みなさんの『わたし』の問いに出会いにいらしてください。