Vol.9② 法学徒の脇道 ⑵ 〜2014年冬、駒場〜
憩いの授業は翻訳と文学
▲ 駒場と本郷との行き来に「どこでもドア」があったら楽だったのに……
翻訳といえば、翻訳家の柴田元幸先生の授業が文学部で開講されてたんです。
あの柴田元幸さんの授業!
すごいですね!
そうなんです!
柴田先生は大学に入るはるか昔から大ファンですから、ぜがひでも!と思って受講しました。
文学部の科目なので本郷キャンパスだったんですけど、履修は2年生でも可能だったので、普段の授業は駒場で、柴田先生の授業のときはダッシュで本郷まで行ってました。
駒場東大前と本郷はかなり遠いですよね?
しかも、お時間のない中で、学校やお仕事の道具を持って移動されるのですものね。
そうですね。
けっこう距離があるので、東大生のためにドアツードアの「駒場―本郷エクスプレス」みたいな列車があるといいのにと思ったりしてましたね(笑)。
授業は、「英語の小説を訳す/読む」というもので、学期の前半は翻訳演習、後半は短編小説の講読でした。
翻訳演習では翻訳、小説の講読ではレポート、みたいに課題が毎回出て、授業では学生が出した翻訳やレポートをみんなで検討するんです。
講読、というのは?
読む、ということですけど、レポートには、読んで気がついた点や疑問点や分析みたいなことを書くんです。
私は普段、小説を読むときは普通にただ読んで楽しんでしまうので、はて何を書いていいのやらと思って、なかなか難しかったです。
他の皆さんのレポートは、登場人物のセリフの裏に秘められた心情を推察したり、人物同士の関係性について仮説を立てたり、小説のテーマがさりげなく暗示されている箇所を指摘したりしていて、小説に対してただただ「ふんふんなるほど、面白かった」で終わってしまう自分からすると、そんな学問的なアプローチができる方たちはすごいなあと思ってました。
こういうのも一定の訓練が必要なのかなあ、その訓練は今までしてこなかったなあと自省したりもして。
そういった文学へのアプローチの教育を受けていらっしゃるのは、さすが文学部の学生さん、ということなのでしょうかね?
それが、文学部以外の学生もたくさん受講してたんですよ、柴田先生の授業は。
私含めて法学部も何人かいましたし、工学部の方とかも。
大学院生も。
東大生は東大生ですけど、いろんな所属の東大生が集って小説や翻訳を論じるというのがとても刺激的でした。
柴田先生のもとで、いろんな学部の東大生たちが小説や翻訳を論じる教室!
それはすごい場ですね!
そうなんです!
すごい場にいられたもんだと思います。
教室はいつも満杯でした!
翻訳の課題は、毎回ノリノリで訳して提出してました。
題材もいろいろで、小説も詩も絵本的なものもノンフィクションもあって、訳していくのが楽しかったです。
辞書オタクでもあるので、英和辞典も英英辞典もシソーラスもコロケーション辞典も国語辞典も漢和辞典も古語辞典もたくさん持ってまして(笑)。
それらを机に並べて訳文づくりに没頭してました。
あ、古語辞典はさすがに翻訳のときには使わなかったかも(笑)。
※シソーラスは類義語、コロケーションは連語の辞典です。
辞書オタク!
英語の辞書だけではないのですね?
英語の辞書が一番多いんですけどね。
英語ネイティブ・スピーカーの子ども用の辞典とかも持ってます。
ご自分用に、ですか?
そうです、自分用に。
“Scholastic Children’s Dictionary” “Scholastic Children’s Thesaurus” “The American Heritage Children’s Dictionary” みたいなものを使ってました。
写真がたくさん載ってて、語彙も基本単語で説明されていて、学習教材としても使えますし、普通に眺めるのでも楽しめますし。
お薦めですよ!
ただ、辞書として作りがしっかりしてて頑丈なのはいいんですけど、重くて角が固いので、うっかり足の上に落としたら足が粉砕されます(笑)。
(笑)。
2外(第2外国語)で勉強してたので、スペイン語の辞書もいくつかあります。
それと、独和辞典と独英(ドイツ語―英語)辞典も。
ドイツ語読めないんですけどね、私はなんで持ってるんだろうか!(笑)。
佐々木さんはきっといつかドイツ語のお勉強をされるんだと思います(笑)。
私もそう思います(笑)。
それと、職業柄、もちろん日本語アクセント辞典も持ってますよ!(笑)
それで、翻訳の課題は、提出したものを丁寧に添削していただけるんです。
柴田先生に添削していただけるなんて感動です!
返していただいた翻訳は今も全部取ってあります!
それもまた見せていただきたいところです!(笑)
授業中はどんな感じだったんですか?
積極的に発言してました!
手を挙げて!(笑)
熱心で積極的な人がたくさんいらしてて、ディスカッションの熱量が高くて楽しかったです。
教室で挙手をして発言されている佐々木さん!
このインタビューを読まれて、それを観たいという方がたくさんいらっしゃるかもしれませんね?(笑)
いえいえだめですだめです(笑)。
翻訳は、日本語の訳語としてどの言葉をチョイスするのかとか、どの語順で並べるのかとか、文章の基本的なスタイルはとか、訳す人によってそれぞれ違うんですよね。
ディスカッションもそうですけど、訳した文からも、その人の言語感覚とか、言語的なリズム感とか、ときにはその人がそれまでどんな本を読んできたのかまで見えてきて、それも面白いです。
言語的なリズム感?
そうですね。
自分は演じるときも書くときもリズムを重視しているところが大きいので、日本語の発話でも文章でも、人の言語的なリズム感に興味があるんです。
授業では、よりよい翻訳にするためには学生の訳文のどこをどう修正すればいいかを議論するんですけど、大学受験的な英文和訳とか英文解釈ではなくて、作品として読めるレベルの日本語訳を追求していくので、英語がある程度できるのは当然の前提で、その先に日本語力がすごく必要になるんですよね。
その点、佐々木さんは海外の文学を翻訳でも原書でもたくさん読まれていると思いますし、お仕事柄、日本語のプロですものね!
英語と文学がお好きな声優さんにぴったりの授業なのでは?
法学部のゼミでは下ばっかり向いてるくせに、翻訳の授業では前のめりぎみで発言しまくってて、変な法学部生ですよね(笑)。
でも本当に楽しかったです。
柴田先生の授業を受けられたことは、東大に入ってよかったと思ったことのひとつです、確実に!
やっぱり何か道がつながっているというか、英語や文学がお好きな佐々木さんがまさに東大で受けるべき授業だったということなのかもしれないですよね。
変な言い方ですけど。
そうですね、自分でもそうなのかもと思います。
柴田先生の授業には、本郷に行ってからも毎年参加させていただきました。
先生からは、佐々木くんは毎年来てるけど、いつになったら卒業するんだろうと思われてたかもしれませんね(笑)。
いえいえ、きっと先生もそんなに熱心に受講する学生さんがいらして嬉しかったと思いますよ!
それに、佐々木さんは大学で長く勉強をしたいということで在籍を延ばされていたんですから!
そうですね。
長く在籍して、学部をまたいであちこち好きな授業に出て、と存分に大学を満喫できました。
ところで、東大法学部は「砂漠」と言われてるんですけど、もし私にとって法学部が砂漠だとするなら、柴田先生の授業はオアシスなのかもって思ってました(笑)。
いや、それは法学部がかわいそうかな(笑)。
いえ、法学部は大好きなんですよ!
東大法学部は砂漠!
そ、それはどこから?!
みんな言ってます、「法学部砂漠」って(笑)。
学生だけでなく法学部の先生方もおっしゃってるので、公然の呼称なんだと思います(笑)。
昔から「法学部砂漠」と言われていたのですか!
いや、昔って戦前とかそこまで昔じゃないとは思いますけどね(笑)。
ゼミ形式の演習を除くと、基本的に法学部は大教室での講義が主で、先生がワンウェイ(片道)で講義をするスタイルなんです。
他の学部だと、少人数授業が多かったり、学生のプレゼンやディスカッションがメインだったりして、だから学生同士の繋がりも先生との結びつきも生まれやすいのかなと思うんですけど、法学部はそういう潤い要素がほとんどないので(笑)。
法律という堅いイメージの学問だからそうなるのでしょうかね。
それはあるかもしれないですね。
それと、特に学部生はまだ法学の入り口にいる段階なので、どうしてもある程度はひとりでじっくり勉強して理解していかないとどうにもならないんですよね。
だから、「砂漠」と言われても、まあ仕方がないね、ある意味本当のことだもんねと思います(笑)。
学生の数は多い学部なんですが、その中でひとりで講義を受けて黙々と勉強するなんて、集団の中でのいっそうの孤独感というか、寒々しいのかな、寂しいのかなと最初は思ってましたけど、慣れるとそんなに悪くないもんだなと思うようになりました(笑)。
そりゃ、いつもウェイウェイしたい人とかには向かない学部かもしれないですけど(笑)。
東大法学部は、良くも悪くも学生に対して相当に放任主義だと思うので、振り返ってみると、マイペースで勉強したいタイプの自分にはすごく合っていた学部でした。
東京大学なので、いつもウェイウェイしたい人に合う学部でなくてよいと思います(笑)。
でも、法学部ももちろん佐々木さんに合うというのは納得するんですが、もともと文学や芸術がお好きで、造詣がおありで、大学でもそんなに熱心に文学や語学の授業を受けられていて、やっぱりそっちの方が性に合うというか、文学部に行けばよかったなあ、みたいに途中で思ったことはなかったですか?
それが、法学をどうやって勉強したらいいのかわからない、どうしよう、どうしたらってずっと言ってたわりには、法学が嫌になったことは一度もなかったんです。
もし法学部の勉強が嫌になっていたら、他の学部に転部するとかしてたかもしれませんね。
でも、他の学部に行けばよかったと思ったことはなくて、どんなに難しい、できないと思っても、法学はずっと好きだったんです。
それは幸いなことでした。
まあ、ある意味ではやっかいなことともいえるんですけどね。
やっかいなこと?
はい。
法律科目が理解できない、勉強方法も分からない、試験を受けるレベルに至れない、必修科目が増えていく、という感じでプレッシャーはどんどんのしかかってくるんですけど、その一方で法学への憧れは変わらないし、だから分かるようになりたいという気持ちも強くなっていくジレンマみたいな……。
好きだけど手がかりがつかめない、という葛藤状態がずっと続いたんです。
簡単に諦められないような強い憧れだったんですね!
法学に対して興味があって好きで、というのは、単純に自分の性質に合ってたからなんでしょうね。
でも、それプラス、最初の時期からちんぷんかんぷんな状態がかなり続いたにもかかわらず嫌いにならなかったのは、私が法学ときわめて良い出会い方をしたからなんだろうと思うんです。
法学への興味や憧れは、駒場1年生のときに中里(実)先生の講義を受けるという偶然から始まっているので。
※インタビューVol.3③ 参照
どの科目もそうなんでしょうし、勉強に限らず人に対してもそうかもしれないですけど、新しいものに出会うときは、その出会い方が肝心というか。
勉強なら、どんな授業や先生に出会えるかで、その先の伸び方やモチベーションや、もっと言うと後々の人生の展開みたいなものが影響を受けるんじゃないかと思うんです。
そういう意味で、私と法学との出会いは、とても良いものだったんでしょうね。
幸運な出会い方だったと思います。
なるほど、こうしてお話を伺っていると、大人になってから大学に通う醍醐味を感じます。
佐々木さんのように社会経験を積まれた大人の方が行く大学というのは、駆け抜けて通り過ぎていく大学ではなくて、その先に、より豊かな広がりを持つ場所なんでしょうね……。
次回、いよいよ必修科目の試験へ挑戦! 3年生冬学期の成果はいかに!
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お読みいただいてありがとうございます。
次回に続きます!
Vol.10① 法学徒の手探り 〜2016年初頭、本郷〜
佐々木望の東大Days:https://todaidays-nozomusasaki.com
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