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短編小説『咲くは、君』

 白けた太陽が冬枯れた芝生の丘を西へと渡る。  銀色に透ける輪郭を変幻させ、幾つもの雲が頭上を通り過ぎて行った。  ベンチの脚の隙間を縫うように吹く二月の風に急かされた僕は、渋々、左腕の時計盤に目を遣った。  3時5分。  すでに陽射しの温もりは冷め始め、手元のコーヒーから立ち昇っていたはずの湯気も霧散しきっている。冷えた琥珀色をひと思いに胃に流し込むと、程なく、横隔膜が見事に痙攣し始めた。 「ひ、っく……っ」  これではまるで、行くあてもなく昼間から公園のベンチでカップ酒を

    • 短編小説『共に奏でよ沈黙を』

       右へ、左へ。  揺れる鉄の箱の中で、私は今日もじっと耐えている。  平日のほとんどをこの懸垂式モノレールに乗って朝夕移動するようになってひと月が経つ。この春私は大学に進学した。家がある始発駅と学校の最寄駅との距離はお気に入りの歌を五曲も聴けば着く程なのだが、何べん乗っても足がすくむ。目が回る。キモチガワルイ…こんな事ならもっと、受験勉強、頑張れば良かった。第一志望の大学なら地に足のついた在来線に乗るだけで済んだのだから。ぐるぐると渦を巻く頭の中に、車内アナウンスの澄んだ声が

      • 短編小説『ひとり』

         打ち薫る野花が薄い土埃をまとってチカチカ煌めいていた。ハルジオン、ヒメジョオン、カラスノエンドウ、ホトケノザ、タンポポ、シロツメクサ、ムラサキツメクサ、ナズナ、スミレ、カタバミ…。それぞれの顔を確認しながら、口ずさむようにに点呼する。小ぶりの家が一軒建てば終わる程の小さな空き地は下生えの明るい緑で隅々まで埋め尽くされており、白や黄やらの小花が無尽蔵にちりばめられ、さながら天に瞬く数多の星。  その場所は、僕を僕たらしめる唯一の証だった。 「新畑!おおい、新畑、って…!」

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        • 小説『そのドアの向こうで、あの虹はどう見えるのか』

          1、ドアの向こう 「あ、あっっ!」  ぐわしゃ、と、無抵抗にヤられる音が終電後の駅前駐輪場に響いた。  蛍光灯が切れかかった街灯の、チカッチカと不規則な点滅が足元の惨状を無機質に照らしてはあやふやにぼかす。見なかった事にしたい本心を表すかのように、その光と闇は交互に眼底に忍び込んだ。 「………そんなぁ…」  粘度のある液体が溢れ出し、表通りのネオンがテラテラと映り込む。原型を留めず無残に砕け散った乳白色の一片を拾い上げると、トーコはガックリと肩を落とし、鼻と口の両方で息を

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        短編小説『咲くは、君』

          短編小説『星を知る人 -Reprise-』

          こちらの物語は以下の作品を閲覧後にお楽しみください。↓  僕の知らないうちに今日は軽く雨が降ったらしい。表通りの店先を彩るカラフルな照明を捉えた薄い水たまりが、ヨーヨー釣りの大タライみたいに華やいでいる。仕事終わりを楽しむ人々が行き交う歩道を、牛尾煌大はひとり滝登りでもしているような気持ちで突き進んでいた。  梅雨の開けきらない粘りのある湿気を含んだ街は、しかしながらあっけらかんと乾いた笑顔を見せる人で溢れている。少なくとも自分とは種類の違う人たちだ。僕にはできない。何故で

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          短編小説『星を知る人 -Reprise-』

          短編小説『星を知る人』

           数ヶ月前から噂されていた、此処〈東城百貨店〉の閉店・取り壊しがとうとう1年後に決まったそうだ。年末で全テナントが閉店、着工は来春、らしい。  営業部の社員と付き合っている派遣社員の受付嬢が、誰にも言うなよって言われてるんだけどー、といつもの軽い調子を百貨店の共用ロッカールームで曝け出し、ペラペラと誰へ向けてということもなく喋り出した。 「えー、じゃあ、私たちどうなるのぉー?」  隣のロッカーを開けたやはり受付嬢の子が即座に反応する。 「んー契約打ち切り?あーでも、跡地に建つ

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          短編小説『星を知る人』

          短編小説『いつの間にか こんなにも白く』

           ガコン。  駅前アーケードから僅かに外れた路地裏で、自販機から放たれた眩い光が私の全部を照らし出す。目蓋を半分閉じたまま、取り出し口に素手を突っ込みまさぐると、攻撃的に酷く冷たいものが指先に触れ、痛みを感じた時のように私は少し、大げさなリアクションを取った。 「つっ……べた」  コレジャナイ感でいっぱいになった頭でなんとか現実世界をなぞり、今、自分が押したばかりのボタンの上の、商品サンプルに目を凝らす。さっき居酒屋でワンデーコンタクトを剥ぎ取ったばかりの両眼は、慣れてないア

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          短編小説『いつの間にか こんなにも白く』

          短編小説『だから満点は要らない』

           換気目的で遠慮がちに開けられた教室の窓から、緑の風が滑り込む。  机の上でパタパタと小さくなびく紙きれの端を虫でも叩くように押さえつけた私は、ひとつ前の席で広い背中を器用に丸める男子生徒の姿に目を止めた。サリサリととめどなく奏でられる鉛が削れる音は、彼が迷いなく筆記具を走らせ続けている証拠。綺麗にアイロンがけされた半袖のワイシャツからのぞく筋肉質な上腕が、筆圧をかける度にきゅっと一瞬引き締まる。 「あと10分」  教壇脇で踏ん反り返る国語の教科担任・嶋が、感情の一切乗らない

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          短編小説『だから満点は要らない』