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短編小説『だから満点は要らない』
100点と99点の間に引かれた線って何?それって、越えなくちゃいけない線なの?…私はわからない。越えたいと、思えない
換気目的で遠慮がちに開けられた教室の窓から、緑の風が滑り込む。
机の上でパタパタと小さくなびく紙きれの端を虫でも叩くように押さえつけた私は、ひとつ前の席で広い背中を器用に丸める男子生徒の姿に目を止めた。サリサリととめどなく奏でられる鉛が削れる音は、彼が迷いなく筆記具を走らせ続けている証拠。綺麗にアイロンがけされた半袖のワイシャツからのぞく筋肉質な上腕が、筆圧をかける度にきゅっと一瞬引き締まる。
「あと10分」
教壇脇で踏ん反り返る国語の教科担任・嶋が、感情の一切乗らない声でそう告げた。
大型連休明けに行われた漢字テストは、1問1点、全100問。
合格点は、満点。
数学の応用問題などと違い、手を動かして復習さえすれば準備できるのだから、当然と言えば当然のクリア基準だ。
全問正解を目指し放課後の再テストに挑んだ対象者たちは、回を重ねる毎にひとり、またひとりと解放されてゆき、6回目を数えた今日のリベンジに残されたのは私、3年2組小柳百華と、3年5組原田将太のふたりだけになっていた。
既に死力を尽くし終えていた私の右手は、ただシャープペンシルに指を絡めているだけだ。カツリとわざと音を立ててペンを机に置いた私は、空になった手でついた頬杖に冴えない心をまるごと預け、不意に感じた重力に一切逆らう事なくひと思いに目を閉じた。
鼻先にとまる、微かな草いきれ。
あの抜け道を通る風が、ここまで連れてきたのだろう。
校庭で鳴らされている金属バットの快音も、迷いなく耳に飛び込んでくる。
そういえば、原田は野球部だ。シニアチームにも所属していて結構すごい選手らしい、と、別のクラスの女子の間でもたまに話題になるスクールカーストの上の方にいる男である。
そんな人物がこの澄んだ金属音を聴いてしまったら、一刻も早くこの檻から出て、部活に合流したくて仕方がなくなるんだろうな、きっと。
その時、テスト終了を告げるタイマーの電子音が鳴り響いて、私は景色を取り戻した。
「小柳87点」
適当にも見える速さで手際良く採点を済ませた嶋は薄笑いで私に答案を差し戻した。続いてもう一度赤ペンを手に取ったが、原田の答案を一瞥すると、やにわにその声色を変えた。
「…お前、何回同じ事を繰り返すんだ?え?」
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