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本がともだち~那須与一のお話~

高校の図書館報に寄稿したエッセイをすこし手直ししました。生徒に向けて書いた文章です。今読み返すと、「古典の中の人たちは、魅力的な人でも、ちょっとずるかったり、自信がなかったり、弱いところをたくさん持っていて、それをあまり隠しません。人間味があって、安心してお付き合いできるように思います」と書いとりますな。そのとおり!あんさん、ええこというやん。(自分で自分をほめるのは、だれもほめてくれないときにモチベーションを高める方法。いちどお試しください 笑)

土地の歴史

私は大阪生まれの大阪育ち、結婚後北海道で十年ほど暮らし、岡山にやってきて二十年が過ぎました。岡山に来てうれしかったのは、土地の歴史をたっぷりと感じられることでした。

岡山県は、かつては備前国、備中国、美作国と呼ばれていました。もっと昔は吉備国です。よく利用するJR吉備線(愛称は「桃太郎線」)の駅名にも、旧国名が残っています。岡山駅の隣の備前三門駅、笹ヶ瀬川を越えると備前一宮駅、備中高松駅。線路が備前国と備中国の国境くにざかいを通っていることがわかります。桃太郎線より吉備線のほうが断然いい名前なのになあといつも思うのは、私が古典&歴史オタクだから? 歴史ある地名は大切にしたいものです。

地形図はおもしろい 

Googleマップをパソコンで「地形」の設定にすると、瀬戸内海を囲む地域の昔の地形が浮かび上がってきます。薄い色がついている低い土地のほとんどが海で、盛り上がっているところが島でした。児島、連島、玉島…、地名に「島」がついているのがそのなごりです。

備前国「下津井」にも平家の拠点がありました。平清盛が死んだあと、平氏一門は急速に力を失って都落ちをし、対岸の四国の「屋島」に本拠地をおきました。

Googleマップを加工

四国の武士たちは、落ち目の平氏を見限って、勢いにのっている源氏に味方しようと考え、「これまで平氏に従っていたのに、いまさら源氏に味方したいといっても相手にしてもらえない。平氏をちょっと攻撃してみせて、自分たちを売り込もう」と、下津井を攻撃します。平氏を攻撃したという実績づくりが目的だったので、矢を射かけたらすぐに退却しようと思っていたのに、下津井には〈平氏最強の男〉能登殿(平教経)がいたので、激しい反撃をうけ、あわてて逃げたと、『平家物語』(巻九、六ヶ度軍)にあります。

敵方に寝返るのは卑怯だ、そう考える人もいるでしょう。もちろん最後まであるじに忠義をつくした人たちもいますが、『平家物語』では、その都度状況を読んで、強いほうに味方する武士団が多いようです。さて、あなたならどうしますか。

下津井の高台には祇園神社があります。そこから眼下に広がる海を眺めていると、能登殿が大暴れをし、四国の武士たちがあわてて沖に逃げていくようすが目に浮かびます。

祇園神社から見る瀬戸内海

那須与一になってみる 

本を読む、アニメをみる、マンガを読む、それは自分とは別の人生を追体験することです。深く読んでいくと、どこかに自分自身と共通するところが見えてきます。

1185(寿永四)年、源義経が屋島を急襲します。屋島の戦いでは、那須与一が扇の的を射抜いたエピソードが有名ですが、主役の那須与一の年齢は、満年齢に換算すると一七、八歳ぐらい、みなさんとほぼ同年代です。

一日の戦いを終えた夕刻、平氏の側から一艘の舟がこぎ出てきました。舟の上には、与一と同じ年頃、ということはみなさんと同年代の美少女が、扇の的とともに立っています。まるでレースクイーンのように?〈この扇の的を射よ〉という平氏の挑発でした。

源義経から扇の的を射るよう命じられたのが那須与一です。彼は、飛んでいる鳥を射ると、三羽中二羽はかならず命中させるという実力の持ち主でした。しかし、七、八十メートル離れたところの、波に揺れる舟の上にある扇を一発で射る、平氏も源氏もみんなが見ている前で、絶対に失敗は許されない、ものすごいプレッシャーでした。

成功したことばかりが宣伝されているので、那須与一があっさり引き受け、難なく扇の的に命中させたというイメージをもっている人もいるかもしれませんが、そうではありません。「私は失敗するかもしれません。失敗したらずっと源氏の恥になりますから、どうか絶対失敗しない人に頼んでください」と言います。ところが「おれの命令が聞けないやつは、帰れ」と義経に怒られ、しかたなく「自信ないけど、ご命令なのでやってみます」と答えました。

現代では命のやりとりはありませんが、試合や試験の時などに、ものすごいプレッシャーがかかることがあるでしょう。それと同じ状況です。

そんなとき、那須与一はどうしたか。生まれ故郷の下野国しもつけのくに(現在の栃木県)の神様の名前を順番に唱えて、こんなふうに祈りました。

「南無八幡大菩薩、わが国の神明、日光権現、宇都宮、那須のゆぜん大明神、願はくはあの扇のまんなか射させてたばせ給へ」

ここのところ、岡山出身の人なら、「南無八幡大菩薩、岡山の神さま、吉備津、吉備津彦、由加、最上稲荷の神さま、勝たせてください」と祈るところでしょうか。県外出身の人は自分の地元の神社の名前を入れてみてください。うまくいくかもしれませんよ。

本はともだち

古典の中の人たちは、魅力的な人でも、ちょっとずるかったり、自信がなかったり、弱いところをたくさん持っていて、それをあまり隠しません。人間味があって、安心してお付き合いできるように思います。

みなさんも本の中の人たちを、ともだちに加えてみませんか。現代の人も過去の人も、実在の人も架空の人も、日本の人も外国の人も、図書館にはたくさんいます。(2021年1月記)

#わたしの本棚  『平家物語』新編日本古典文学全集 小学館

那須与一の原文と現代語訳はこちらから閲覧とダウンロードができます。

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