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文体の舵をとる─『文体の舵をとれ』第三章



 『文体の舵をとれ』
の第三章「文の長さと複雑な構文」に関する習作です。前回の習作は上記参照。


●問1 短文


<練習問題③長短どちらも>

問1:一段落(二〇〇〜三〇〇文字)の語りを、十五字前後の文を並べて執筆すること。不完全な断片文(完全な文の代わりに、文の一部だけを用いたもの)は使用不可。各文には主語(主部)と述語(述部)が必須。
『文体の舵をとれ』P.73より。


 あの子は花束を見たことがない。ウソじゃないと思う。海に咲く花を僕は知らないから。花屋に売ってるブーケは高い。僕の小づかいが消えてしまう。公園に咲くパンジーを取ろうか。いや、それじゃあの子は悲しむ。百均の造花を持って行った。「命がない」。そう言われて突き返された。人魚はわがままだ。


●問2 長文


問2:半~一ページの語りを、七〇〇文字に達するまで一文で執筆すること。
『文体の舵をとれ』P.73より。

 季節外れの海を見たいな、と思い始めたのは10日も前のことだったけど、由香ユカを誘う勇気が出たのはその7日後になっちゃったから、もっと早く言ってよって強めのデコピンをぶつけられたわたしは今、片瀬江ノ島行きのロマンスカーの中でひとりきり、イヤホンから聞こえてくる夏ソングに耳をすませながら窓の外をぼーっとながめて、海のにおいを想像してみようとしたのに、それがどうしてもどうしてもわからなくて思い出せなくて、さみしい気持ちをがまんできなくなったわたしは由香の声が聞きたくなって、電話をかけてみようとしたけどやっぱり勇気が出なくて、取り出したスマホの画面をオフにしてごまかしたら、さっぱり冴えないわたしの無表情が画面いっぱいに映り込んでいて、さっきよりもっとさみしくてやるせない気がしてきたら、いきなり頭の後ろに重たいデコピンの一発をもらって、まあおデコじゃないんだけどそれは置いといて、ふり返ったら由香が立っていて、気付くの遅すぎ、って笑いながら言ってくるから、いつもいつもほんとにリフジンだよなぁなんてことを考えてたら、わたしの隣の空いた席に由香がどすっと座り込んで、何聴いてるのって言いながら左耳のイヤホンを引っこぬいて、わたしの半分が由香のものになったみたい、って思ったとたんに右耳のイヤホンも持っていかれて、あたしこの曲知らないな、でも好きかも、夏じゃなくても海行きたい気分になれそうって由香が笑ったとき、これから二人で見に行く海の景色とにおいをわたしは一生忘れないな、ううん、ぜったいに忘れたくないな、って強く願った。


●追加問題1


追加問題
問1:最初の課題で、執筆に作者自身の声やあらたまった声を用いたのなら、今度は同じ(または別の)題材について、口語らしい声や方言の声を試してみよう──登場人物が別の人物に語りかけるような調子で。
 あるいは先に口語調で書いていたなら、ちょっと手をゆるめて、もっと作者として距離を置いた書き方でやってみよう。
『文体の舵をとれ』P.75より。


 花束を見たことがない。彼女はそう言った。嘘じゃない、と彼は思った。彼は海に咲く花を知らなかった。花屋のブーケは手に届かない。彼の小遣いが消えてしまう。公園に咲くパンジーは論外だ。彼女が悲しむ確信があった。彼は百均の造花を持って行った。「命がない」。彼女は造花を突き返した。人魚は我儘だ、と彼は痛感した。


●追加問題2


両問共通:二種類の文の長さでそれぞれ別の物語を綴ったのなら、今度は同じ物語を両方で綴って、物語がどうなるのか確かめてみよう。

 「花束を見たことがない」ってあの子のさびしそうな言葉を信じたのは、夕焼けみたいな色をしている目がすごくきれいだったからってわけじゃなくて、僕が海の中に咲く花のことを全然知らなかったからで、どうしても本物の花束をプレゼントしてあげたくなったから、生まれて初めてたった一人で花屋に入ってみたんだけど、お店に並んでいた色とりどりのブーケはどれもびっくりするほど高くて、サイフに入れたなけなしの小づかいがあっという間に消えてしまいそうだから、ちょっとだけでも安くして下さい、なんて一言をしぼり出す勇気さえ出ない僕はブーケを買うのをあきらめて、他の方法を考えることにして、帰り道の途中の公園に紫色と黄色のパンジーが咲いていることに気が付いて、それをもぎ取って束ねて持っていこうとも考えたけど、そんなことをしたら絶対にあの子は悲しむはずだから、もっともっと別の方法を考えようとして、ダメ元で最近オープンしたばっかりの百均をのぞいてみたら、意外と本物そっくりな造花が沢山売られているのを見つけて、それを五本だけ買って紙に包んでもらって、そんな急ごしらえの花束をにぎりしめて海まで走って行ったら、あの子は磯辺に座って波打ち際を見つめていて、おぉい、って声をかけたら僕にきれいで冷たい目を振り向けて、思い切ってプレゼントを差し出したら、あの子はたった一言「命がない」とだけつぶやいて、ニセモノの花束を僕の胸に突き返して、あぜんとする僕なんて気にもせず海に飛び込んで水平線の向こうに帰っていってしまい、それをだまって見送った僕は、口元に飛んできた水しぶきをなめて塩の匂いを感じながら、人魚はわがままだ、と改めて思った。



●追加問題3


問題:同上。

 季節外れの海を見たい。由香ユカを誘ったら遅いって怒られた。結局江ノ島には一人で向かった。わたしは電車の窓の外をながめる。由香の声が聞きたい。でも電話をする勇気がない。そしたら由香が現れた。気付くの遅すぎ、って笑われた。わたしも笑い返した。


●振り返り


 追加問題2、非常に難しかった。   
 過去に投稿した「逆噴射小説大賞」「ジャンプ+大賞 読切部門」(各々800/5000字の制限有り)で、文字数の切り詰め・情報の圧縮には多少慣れたつもりでいた。しかし、元々短かった文章をより長くする=情報量とディテールを増やしていく経験は今回が初めてになる。
 すると、短文なら抽象的な表現で成立していた(言い方を変えれば“ごまかせていた”)部分が具体化していくたび、そもそも具体化が上手でない=自分の中で内容を上手く煮詰められていない事実が露呈していったように思える。もちろん時間を掛ければ掛けるだけブラッシュアップ可能と思われるが、いつまでも習作にかかずらっているわけにもいかない……。

問2:書いてみた長い文(「問2 長文」)が、単に接続詞や読点でつなげただけで構文が簡単になっているなら、今度は変則的な節や言葉遣いをいくらか用いてみよう。

 ※本来はこのような追加問題もあったが、そもそも当該の文章が相当変則的だった(……と自分では思っている)ため取り組まなかった。



【続く】

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