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ストリート尺八奏者はゲーム音楽を奏でていた


1、光田康典氏と“篠笛”



ゲーム「ゼノブレイド3」の作曲を行う為に、まず一から篠笛を作った。
この独創的なアイデアは、作曲家:|光田康典《みつだやすのり》氏の鶴の一声によって実現したという。

 光田さんが、曲作りに入る前に「笛をつくりましょう」っておっしゃったんです。なんで笛からつくらなきゃいけないんだろう?って、思ったんですけど、光田さんは、「一からつくれば、今までにない音がつくれますよ。」と。

…中略…

 実際にレコーディングで使われることを前提にモノリスソフトでデザインし、それを篠笛の職人さんに笛として作ってもらい、漆塗りの職人さんに装飾をしていただきました。
出典:「開発者に訊きました:ゼノブレイド3プロデューサー:小島 幸氏の発言より


 「ゼノブレイド3」の主人公とヒロインは、音楽を奏でて鎮魂を行う職務に就いている人物となる。では果たして、その設定に適した楽器は何か
 総監督:高橋哲哉氏と相談する中、光田氏は情感・携帯する利便性を鑑みた上で篠笛を提案し、そして更なるアイデアとして“楽器製作”を推薦したのだという。



 ──7月29日、遂に発売したRPG「ゼノブレイド3」。俺も早速プレイさせて頂いているが、イベント/バトルなど様々な場面で、頻繁に篠笛の旋律が使われていることが非常に印象的だ。なお先に述べた篠笛自体も、当初敵対していた主人公とヒロインを結びつけるキーアイテムとして登場している。

出典:同上。上が主人公、下がヒロインの所持する笛…の現物。大きさと音程が異なっているそうだ。



 本作の劇伴は複数人のアーティストによる合作体制を採っているため、光田氏が全ての篠笛使用曲を作ったわけではないと思われる。しかしゲームの内容に深く影響を及ぼしていることから、篠笛を提案した光田氏の影響力の凄まじさが伺い知れる。流石は旧スクウェア時代の「ゼノギアス」からゼノシリーズと関わっている光田氏…。さぞかし高橋監督の信頼も厚いのだろう。



光田康典氏と篠笛、ひいては和楽器俺は上記のエピソードから、とある十数年前の記憶を連想せざるを得なかった。それは人生で最も印象に残っているストリートミュージシャン。篠笛ではなく尺八を用いて、路上で光田氏の楽器を演奏していたの姿を。
篠笛の話題からは逸れてしまうが、少々俺の思い出話にお付き合い願えたら幸いだ。

2、ストリート尺八奏者と「クロノ・クロス」




 それは十年以上昔の夏、高校時代の出来事。
 買い物で新宿に立ち寄った際、新宿駅西口のバスロータリー方面からうっすらと聴き慣れた旋律が聞こえてきた。俺の鼓膜を揺さぶったのは、PS1のRPG「クロノ・クロス」の楽曲CHRONO CROSS〜時の傷痕〜」。愛してやまないゲームのオープニングテーマにして、光田氏の代表作とも言える一曲だ。



 単に似ている雰囲気の曲か?いや、間違えようもない。確かにこれは「時の傷痕」だ!しかし一体なぜ?リメイク発表のゲリライベントか…?
 旋律の発信源に近寄って行くと、そこにはヴィジュアル系バンド風の黒衣に身を包んだロングヘアーの男性。歳は20代半ば位だろうか。彼は軽やかに尺八を吹き鳴らし、確かに「時の傷痕」を奏でていた。




 過去の記事でも述べたが、ここに改めて紹介しておこう。
 「クロノ・クロス」は日本RPG界の歴史に残る大傑作「クロノ・トリガー」の続編。ゲームとしては荒削りな部分が見受けられるものの、並行世界を題材としたSF設定、南国・蒼色を基調とした世界観に定評があり、今日も根強いファンの人気を集めている。



 このゲームが人気を博している理由の一つに、光田康典氏による劇伴の素晴らしさが挙げられる。RPGによくあるオーケストラサウンドやプログレッシブロックとは一線を画した民族音楽的な楽曲群が、作中の異国情緒をより強めて彩りを与えてくれる。その中でも屈指の名曲こそ、彼が演奏していた「時の傷痕」である。
本来「時の傷痕」はティンホイッスルなる楽器が主旋律を成しているそうだが、彼はそれを尺八で完全に再現していた。仮に俺が原曲を知らなかったとしても、その美しいメロディーに聴き惚れていただろう。



 「クロノ・クロス」は国内で70万本程も売り上げているゲーム。とはいえ、1999年(この体験は2008-2009年頃なので、約10年前か)の作品だ。きっとこの曲を知っている人は少なく、派手な衣装の人が尺八で派手な曲を吹いているな程度に思っていた通行人が多かったことだろう。
 新宿の雑踏を歩く無数の人々…。この中に光田康典氏の、「時の傷痕」の、「クロノ・クロス」の素晴らしさを分かち合える人がいるだろうか。
 いや、きっと何処かにいる。あのオープニング、カッコ良かったよな。そんな記憶を思い返している人がきっといる。この想いを誰かと分かち合えていたら嬉しいな…。そんな事を思いながら俺は彼のもとを去り、新宿の地下街へと歩いていった。


3、余談──尺八奏者の正体



 ふと気になった。まだ彼は音楽活動を続けているのだろうか?そして、彼は何者だったのだろうか?
大変失礼ながら“「時の傷痕」を演奏していた人がいる”という事実だけで当時の俺は満足しており、彼の名前も、その後に披露していたであろう曲も、全く記憶していなかったのである。
「尺八 ミュージシャン」「尺八 クロノクロス 路上ライブ」「尺八 ヴィジュアル系」…等々の検索ワードを用いて調べたところ、やがてその方は現れた漆黒の衣装・アクセサリー・ロン毛。少々服装の系統は異なっているが、間違いない!



 本稿で個人名は伏せておくが、オフィシャルサイトを見る限りでは自身の個性を前面に押し出し、多岐にわたる活動をされているらしい。
 全く、「時の傷痕」演奏後、早々に帰ってしまったことが悔やまれる。曲だけではなく、それを奏でる方にも目を向けておくべきだったこの美しい思い出には、そんな苦い反省も込められている。

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