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あなたは“高畠エナガ先生”をご存知ですか?




●藤本タツキ先生に火を点けた作家


 藤本タツキ先生の『チェンソーマン』が好きだ。大迫力のアクションシーンや予測不能かつハイテンションな展開、“◯◯の悪魔”という汎用性の高い設定や個性が爆発したキャラクターなど各要素が非常に濃く、B級映画を煮詰めたような楽しい漫画であった。アニメ化と今後連載予定の第二部が非常に待ち遠しい。
 また、先日大反響を巻き起こした新作読切『ルックバック』にも強く心を動かされた。創作を題材にした物語(映画で例えると「リトル・ランボーズ」「レゴ・ムービー」「ブリグズビー・ベア」等)が好きな俺の琴線に触れる作品であった…と強く思う。
 そんな作品群を産み出した藤本先生は、このようなきっかけで漫画を描き始めたそうだ。


※補足しておくと、この「ながやま こはる」氏とは藤本先生ご自身の別名義です。


 まさか藤本先生の口からあの“高畠たかばたけエナガ先生”の名と「Vippers」「閃光のライトニングハイド」が、しかも影響を受けた対象として挙がるなんて…。
 最近俺はこの過去ツイートを知り、嬉しさと懐かしさと悲しさが入り混じった、形容し難い感情に蝕まれた。


●高畠エナガ先生とは


 高畠エナガ先生。かつて“エナガ” “会長エナガ” “eng”など様々な名義で多くの作品を描いていたその方は、“新都社”を主な活動拠点とする1989年生まれの漫画家である。『ワンパンマン』のONE先生、『東京喰種』の石田スイ先生、『ケンガンアシュラ』のサンドロビッチ・ヤバ子先生、そして藤本先生等々…数多くのプロ作家がアマチュア時代に投稿していたそのサイトの黎明期、エナガ先生の「Vippers」(2005-2007年にかけて連載)は特に根強い人気を博していた作品だったように記憶している。




 その後も数多くの作品を自身のWebサイト上に発表したのち、エナガ先生は2011年にプロデビューを果たした。シリアス・コメディ・アクション・SF・ファンタジー・日常・恋愛。作風は時にのどかで時に重たく、また時にスタイリッシュ──こうしてありとあらゆるジャンルの読み切り作品を発表したエナガ先生は2012年に二冊の短編集(『Latin』『100-HANDRED-』)を発売し、2014年には『ミラクルジャンプ』にてファンタジー能力バトル漫画『GODSPEED』を連載するに至る。
 しかし、『GODSPEED』は僅か十話・二巻をもって打ち切られた。物語自体は一応完結しているが、あまりにも性急かつ唐突な幕引きとなったことにより、決して手放しで絶賛できる内容とは言えないのが誠に残念である。憂き目に遭ったエナガ先生の無念さは計り知れない。




 言うまでもないが、打ち切りは漫画家人生の終わりではない。同じ集英社で活躍する漫画家の方々を例を挙げると、『テニスの王子様』の許斐剛先生も『COOL -RENTAL BODY GUARD-』で、『BLEACH』の久保帯人先生も『ZOMBIEPOWDER.』で、『僕のヒーローアカデミア』の堀越耕平先生も『逢魔ヶ刻動物園』・『戦星のバルジ』で打ち切りを経験している。デビュー作が打ち切られた後に大人気作品が生み出されるケースは、他にも数え切れない程存在するはずだ。その例に倣うことを確信し、俺はエナガ先生の新連載に期待を寄せていた。




 『GODSPEED』終了後、エナガ先生は以下のインタビューにおいて将来への展望を述べている。
 長期連載を目指したい、雑誌の掛け持ちもしたい、アシスタントを雇いたい、アイディアは揃っている…。
 希望に満ち溢れたその言葉は、嫌が応でも次作となる長編連載作品への期待を感じさせるものだった。



 しかし、その想いか叶えられることはなかった。


●突然の訃報と、電子の海に消えた作品




 2017年8月21日、エナガ先生は脳梗塞によりお亡くなりになった。




 四年前に突然訪れた、好きな同世代作家の早世。それは俺にとって、あまりにも信じ難い出来事だった。新都社出身漫画家が次々にプロデビュー・ブレイクしていく中、エナガ先生の作品もいつか大ヒットを記録することを信じて疑わなかったのに…。
 かつて自分が楽しんでいた作品が、今夢中になっている作家の血肉となっていたことの嬉しさ。中学・高校時代に夢中になった漫画を思い返す懐かしさ。あまりにも早すぎる死という悲しさ。そして訃報が発表された日(2017年10月12日)の翌日に投稿された藤本先生の追悼ツイートを発見し、俺は冒頭に書いたようなチグハグな感情に襲われた。




 作家は亡くなっても作品は残る。例えば藤子・F・不二雄先生が亡き今も『ドラえもん』は多くの人々に読み継がれているし、スタン・リー先生の没後も『スパイダーマン』をはじめとする多くのマーベル製アメコミヒーローは世界を席巻している。これは漫画に限ったことではなく、ウィリアム・シェイクスピア等が遺した文学作品、あるいは偉人が記した数々の古典・宗教典籍なども該当するだろう。




 しかし。Web漫画が興隆した今日においては、作家が亡くなったことで消滅してしまう作品も存在する。
 書籍化されたエナガ先生の作品『Latin』『100-HANDRED-』『GODSPEED』は今もなお読むことができるが、藤本先生が言及されていた「Vippers」も「閃光のライトニングハイド」も、管理者が亡くなり契約更新不能となったことによるドメイン切れの為か、今日では読むことが不可能となってしまった。他にも様々な読切作品(「メガフロート」等)が、電子の海に溶けて消えている。ドメイン切れの恐れも知らず“いつでもWeb上で読めるから”と保管を怠ったことを、俺はひどく後悔している。

 ※追記 Webサイトのアーカイブを発見しました。詳しくは後述します。


●「パワードスーツ研究会は永久に不滅!!」




 中学〜高校時代、俺は学園ヒーローアクション漫画の「Vippers」が特に好きだった。雑誌で見るようなプロ作家の絵柄とは到底違っていた(当時はプロデビュー後のものとは全く違う、ラフ画のようなゆるい雰囲気の画風だった)が、登場人物が皆持っていた優しさや繊細さ地に足の着いた牧歌的な作風が妙に心地良かった。
 高校の部活“パワードスーツ研究会”にスカウトされ、装着者の勇気に呼応して肉体を強化するパワードスーツを託された主人公:一崎くん。スーツを装着して高校の平和を守るうち、彼は過去にパワードスーツ技術が引き起こした悲劇・憎悪と対峙することになる…。
 ざっくり要約すると、本作はそんな物語だった…はずだ。今にして思えば、高校を舞台にヒーローと“仮面ライダー部”の面々が活躍する作品「仮面ライダーフォーゼ」(2011-2012)の要素を先取りしていた漫画だったのかもしれない。




 改めて「Vippers」の思い出を辿ると、もう数年単位で読んでいないため内容に関する記憶が相当薄れている。書籍化されていないのでレビューサイト等にも感想が存在せず、第三者の文章により内容を確認することもできない。印象深い決めゴマや細かい小ネタは覚えているのに、名前を、もしくは存在を失念してしまったキャラクターも大勢いる。かつて好きだった気持ちに偽りはないが、たった数年読まないだけで、大好きな作品をここまで忘れてしまうのか…と、やるせない思いに駆られる。




 今はエナガ先生がプロデビュー後に描いた上記のイラスト(右端が主人公:一崎くん)を見て、作者の後を追ってしまった物語を偲ぶしかない。メインキャラクター三人の笑顔とエナガ先生の“永久に不滅!!”という眩ゆい一言が、俺の心に二重に突き刺さる。


●最後に(2023/5/12 Webアーカイブの件を追記)



 藤本先生も影響を公言されていたSFアクション漫画「閃光のライトニングハイド」は「Vippers」同様に読むことができないが、その世界観やキャラクターを一部流用した大学の卒業制作:「ZELBESTY」に関しては、2021年9月現在まだ閲覧することができる。
 本作が集英社の方の目に留まったことにより、エナガ先生はプロデビューを果たしたそうだ。しかし先生が亡くなったことにより、本作は未完となってしまっている。


 また、エナガ先生の膨大な作品リスト(単行本未収録作品含む)については以下の記事に詳しい。プロデビュー後に出版社を通じて発表された短編については、今日でも多くの作品を閲覧することができるようだ。


 そして先も述べたように、『Latin』『100-HANDRED-』『GODSPEED(全二巻)』は今日でも入手することができる。特に『Latin』の表題作となるアンドロイドSF人情物語「Latin」(作品リストに挙がっている“Web漫画版”とは完全に内容が異なる)は纏まりが良い感動作であり、多くの方にお勧めしたい作品である。もし本稿を読んでエナガ先生にご興味を持って下さった方は、まず『Latin』を手にとって頂くのが一番良いかもしれない。




 エナガ先生のご冥福と、遺された作品群が一人でも多くの方の目に留まることを一心に願い、本稿はここで筆を擱くことにする。


※2023/5/12追記
 Twitterにて、エナガ先生のWebサイトのアーカイブを教えて頂きました。一応TOPページに成人向け同人作品の広告が掲載されているため、ひとまず「VIPPERS」の掲載ページを貼っておきます。

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