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【Latin/100 -HANDRED-】高畠エナガ先生インタビュー

2012年4月、デビュー作としては異例の短編集を引っさげ、突如漫画界に驚異の新人が現れました。高畠エナガ先生です。心の底から溢れでてくるかのように感情を爆発させるキャラクターの魅力、王道な展開をなぞりながらも、随所に捻りを加えた構成力、そして何より、既にハイレベルな域に達している画力。しかも描いた当人が描いた当時は23歳と、ついこの間まで学生であったというから驚きです。しかし、「突如」という言葉は、先生、そして以前からファンであった方達には語弊があるかもしれません。何故なら、先生は既にインターネットの投稿サイト等で、「複数の」「連載経験」をお持ちだった作家なのですから……

今回は「平成生まれデジタル育ち」な作家であり、自分達とも近しい年代のエナガ先生にデビューまでの道筋や、漫画描きにとって最もネックになる問題、アナログとデジタルの違いをじっくりとお聞きしてきました。さらに、デビュー作である短編集について、一話ずつ先生に疑問をぶつけてみました!

ネット投稿時代―gifアニメから新都社まで―

まずは月並みな質問から。絵や漫画を描き始めたのはいつ頃でしょうか?

高畠エナガ先生(以下敬称略):小学校6年生の時に友達が漫画描いていたんで、それに触発されました。クラスのみんなに見せて回ったり、アフレコが得意な友達に読んで貰って遊んでいましたね。

クラス皆で漫画描くことを楽しんでいたのですね。

エナガ:あの時が1番、読者のことを考えて描いていた気がします。

集英社のプロフィールに、中学生の頃からGIFアニメの制作をやっていたとありました。ネット環境がなければ出来ないことですが、先生はいつ頃パソコンを手に入れたのでしょうか?

エナガ:親から譲って貰ったのが、中学2・3年くらいだったと思います。
当時、漫画を描くにしても、フォトショップやコミスタとかのツールがないんですよ。なのでインターネット上に作品を上げづらい。だから動く絵、アニメの方が、普通に絵を描くよりもストーリーを表現出来ました。プロアマの方とか、漫画家志望の人とかが集まるコミュニティのようなものがネット上にあり、そこによく顔を出していたのですが、凄く上手い人がたくさんいたので自分もやってみようかなと思って始めました。

そこではどのような作品を描いていたのでしょうか。

エナガ:アクション重視のロボットものとかですね。あと土曜の夜に皆でネット上に集まって、与えられたお題に従って即興でアニメを作るという企画に毎週参加していました。

それは絵の練習になりそうですね。現在先生の作品で閲覧が可能な最古の作品は、ご自身のサイトにも挙がっている『Vippers』です。この作品を描き始めたのはいつでしょう?

エナガ:高校2年生の時でしたね。たしか4月頃だったと思います。

連載は新都社(2ちゃんねるが発祥のWeb漫画掲載サイト)でやっておりましたが、何故そこで載せようと思ったのでしょうか?

エナガ:ネット上でたまたま見つけました。その頃新都社は始まって1年もたっていない状況で、皆好き勝手に漫画を描いていたので、「自分も自由に表現してみたいな」と思い、第1話を2日くらいで描いてすぐさまアップしました。

『Vippers』は、なにより完結させているというのが凄いと思います。大抵の個人でやっているWeb連載というのは、完結を見る前に作者が諦めてしまうことが多いじゃないですか。終わらせられたのはなぜなのでしょうか。

エナガ:1番は「描きやすさ」だと思います。あの時は、ルーズリーフにコピックで描いていましたね。後は簡単な絵柄にするとか、風呂敷を広げすぎず、ちゃんと終わらせられる範囲にまとめるとか。とにかく続けて終わらせないと、というのをずっと考えてました。

自分の出来る範囲で描ききると。最終回を載せたのはいつ頃なのでしょうか?

エナガ:高校を卒業し、大学に入学してからちょっと経った、5月くらいだったでしょうか。
完結すると、今まで溜まっていた感想がドッとやってきました。続いている頃は、区切りが付いていないので中々感想が来ないんです。終わった時に始めて、Web拍手が沢山ついて、感想を言ってくれる人もいて。その時は、描き続けてきて良かったなと思いました。

物語の外も含めて大団円ですね!

それからは大学での活動に移っていく訳ですが、進学先は「成安造形大学」という美術系の学校ですよね。どのような学部に進まれたのでしょうか?

エナガ:入学してから2回生まではグラフィックデザインの学科に進み、3回生からは漫画を描けるイラストレーション科に行きました。

4学生生活で学べた事は何でしょうか。

エナガ:Adobeのソフトをきちんと使いこなせるようになったことや、スケジューリングのやり方とか、実践的で仕事に繋がるような事柄を教えこまれました。

スケジューリングというのは、具体的にどのようにするものなのでしょうか?

エナガ:こまめにメモ帳を見て、どこからどこまでにネームを終わらせるとか、とにかくここまでに何%終わらせるという細かい目標設定が、1番重要な所ですね。切羽詰まり、徹夜してその日の内に描いたところで、最終的な作業時間っていうのは同じくらいにしかならないんです。どうしても締切が何日までとだけしか決めていないと、絶対そこまでに怠けてしまいます。それを防ぐために、1日何ページ描かなければいけないのか、細かくスケジュールを作っていきます。すっかり忘れてしまうこともあるので、スケジュール帳は直ぐに見れるよう、手元に置いてないとダメですね。

在学中に出版社に持ち込みにいったりはしなかったのでしょうか?

エナガ:全くですね(笑) 漫研に所属して、部誌とかは毎回描いていたんですけど。ただグンと画力が上がったのは『ZELBESTY』を描き始めてからですね。その頃までは全然下手でした。

全ての転機―『ZELBESTY』―

『ZELBESTY』は先生が卒業制作としてお描きになられた作品です(現在も先生のサイトにて閲覧可能)。卒業制作であれほどの大作を描くことを決断したのは何故ですか?

エナガ:昨年の卒業制作を見て、スケールの大きいものを描きたいなと考えていました。そこで単行本6冊にまとめて、ページ量も膨大にして一丁やってみようかなというイメージが浮かんで、そこから中身をどういう風にするか考えていきました。

更新履歴を拝見すると、1ヶ月に60ページ近く上げている時もあり、完全に商業での連載並だなと驚いたのですが。

エナガ:死ぬ程大変でしたね(笑)

目標のページ数が先にあって、達成するために1日3ページというペースでやっていました。ページ数に関しては完全に自己目標です。

商業も含めて、『ZELBESTY』の頃が1番キツかったです。まったく給料無しでやる訳じゃないですか。そうすると、どこまでやって良いのか、ラインを引けないんです。無償の仕事だと限度が無い。後ろに引けないような所があって苦しい。だから、プロでやっている方が精神的にはむしろ楽です。

先ほど、卒業制作の中で画力が向上したと仰っていたのですが、具体的には1話と最新話でどのような違いがあるのでしょうか?

エナガ:まず、描き方の順序が整ってきたことです。描き始める時に、あらかじめレイヤーの構成が詰まったファイルから始めていくんですけど、そのレイヤーは、回を追うごとに増えていきました。完成原稿のイメージも明確に見えてくるようになりました。

作品として大事にしていたのはどのような点ですか?

エナガ:『ZELBESTY』の時にこだわったのは「スケール感」を出すことを重視していました。漫画って四隅に空白があるじゃないですか。『ZELBESTY』の場合は、上の方に長めに空白をとっているんですよ。そうすると、不思議と自然にスケールがデカく見えるんです。ほかに気をつけたのは、最近の少年漫画って四隅全部ブチ抜きの、断ち切りゴマを多用している作品が多いんですけど、『ZELBESTY』の場合は見せ場でない場合は四隅をキチンととるようにしました。こういう風にすれば、むしろブチ抜いた時に迫力が出るので。

絵に関してスケール感を出すために意識したポイントってありますか?

エナガ:納得いくまで描きこむということですね。『ZELBESTY』では、トーンを2段階描いているんですよ。例えば、グレーの上に乗算で陰のトーンを作っています。その上から薄くエアブラシで、最近のアニメみたいな照明効果を取り入れたりもしました。

卒業制作に全力を注いでいる傍ら、将来設計をどのように組んでいましたか?

エナガ:漫画家になるのを決めたのは大学3年の10月くらいですね。かなり遅めの方で、それまでは就職するかどうするかでかなり考えてた時期はありました。
ただ4年の時点では、漫画家になることは既に決まっていましたし、後はどうやってプロになっていくかということだけでした。自分の場合は『ZELBESTY』の3巻までの原稿が出来た時点でコミティアに持っていったのが4年の11月でした。それを今の編集さんに見ていただき、お声がかかり『スーパーダッシュ&ゴー!』を紹介してもらいました。

その中から、現在執筆されている雑誌ですね。そこでデビューするのを決められた理由は何でしょう?

エナガ:長期間、短編を掲載させて頂けるとのことだからでした。『ZELBESTY』を描いている時点で、ストーリー作りが全然ダメという欠点に気付いていたので、勉強のためにも1年くらい短編を描きたかったんです。あとは、始まったばかりの雑誌ということで雑誌のカラーがまだなく、描くものの制限が少なかったというのもあります。

ちなみに、もしコミティアで声が掛からなかった場合には、持ち込みや投稿をすることは頭にあったのでしょうか?

エナガ:もちろん考えていました。自分の中で、スカウトされてデビューしたいという欲とか、イメージを持っていた訳ではなくて、デビュー出来るならどちらでも良かったんです。なので集英社さんにお声を掛けて頂いたのは、本当に運が良かったと思います。

ちなみに『ZELBESTY』は現在未完の状態ですが、今後続きを執筆される予定はあるのでしょうか?

エナガ:追い追い描いていきたいと考えています。とにかく今までの連載で培ったノウハウを活かして、『ゼルベスティ』に反映させようと考えています。今はプロットの作り直しをしています。

現在、話を追う限り五分の一も終わっていないようなので、どこまで話が広がるのかと思ってしまうのですが。

エナガ:そこは期待して頂ければ。いつ頃になるかはまだはっきりと言えませんが、ちゃんと終わらせていきますのでよろしくお願いします。

アナログとデジタル、制作における違いとは?

最初に制作にまつわる全体的なお話からお聞きし、次に短編集について具体的にお聞きしていきます。
まず、ネームはどのような流れで作っているのでしょうか。

エナガ:最初は、どういうあらすじにするか、どういうコンセプト・テーマにするかなどを、作品の企画書みたいな形で書き、あとはそれぞれ何ページくらいで構成していくかを考えて、そこからいざネームみたいな感じですね。小さい付箋をネームのページに必要分貼り付けて、このページを見開きで描くとか、ここまでは起承転結のこの部分とかを書き付けて、その中で描くようにしています。

アイディアを出す時はどんな方法を取っているのでしょうか。

エナガ:絵から考えますね。自分で描いて、この世界はこういうものなんだなというのが、描いているうちに段々イメージが浮かんでくるんです。キャラクターの場合は特にそうですね。名前とかを決める時も、キャラクターの顔を描いていると、「こいつはこういう名前やな」と、ふと浮かんでくるんです。逆にキャラクターを見て、名前どうしようかなと考えていると、そのキャラクターはダメになることが多いんですよね、不思議と(笑)

以前ツイッターで、「ネームは初稿から、自分の手で1回修正してから担当さんに見せる」という旨の発言をされていました。

エナガ:自分がろくにネームの欠点を理解していないと、編集さんにアドバイスされても、どれが聞き流すもので、どれが認めるべきものかという判断が出来ないんですね。そうなってしまうと、作品の良かった所も思いっきり修正してしまって、作品が空中分解する恐れがあるんですよ。そこで、ここは絶対直さないという所を決めるために、自分だけのネーム修正をやっています。

漫画の場合、1コマ、1ページズレるだけで構成がガラリと変わってしまう難しさがあると思います。どのように修正作業を行なっているのでしょうか?

エナガ:今はB4の紙に、見開き単位で描いていきます。もし直す所があり、コマや配置を入れ替える場合は、必要なコマを切ってしまって新しい紙にホチキスで 留めるようにしています。ページを変える場合は、基本見せ場の見開きのページがそのままであれば良いので、他の1ページを直したら残りを削ったり、あるいは新しくページを追加して、右ページは右にという元の配置になるよう調整します。

ネームにしたあとの作業行程は?

エナガ:ネームを拡大したものをトレス台に載せて、下書きを起こします。これが1番早いですね。それにネームの時に描いた表情が、実は1番良いというのもあるんです。コマの割合とかも、描いている時は全然意識していなかったのに、原稿に起こそうとすると、それが1番フィットしていることが多々あります。

短編集を一通り見ると、1話ごとに絵柄であったり、処理の仕方を変えていることに気付きます。それはやってみたかったことなのでしょうか?

エナガ:とにかく雰囲気を重視して、それに合わせて絵柄を変えていました。ただなにより、仕事としてやりやすいように変えていく必要があったというのが1番ですね。アシスタントさんを使う様になったとき、彼らに自然に頼めるようソフトを変えたり等の試行錯誤をしていました。1回作るごとに反省点が山程出てくるので、それに合わせて道具も変えていきした。

絵に関して細かいところで言うと、登場するキャラの全員が大口を開けて、感情を目一杯吐露するのが印象的なのと、全てのキャラクターの全てのコマで、頬に朱を差しているところに並々ならぬこだわりを感じるのですが。

エナガ:とにかく、キャラクターの感情を出すためには、普通の大きさでは表現出来なくて。出したい出したいと思ってやっていると、自然とあの口の形になってしまう。最近は、クドく見えてしまうかなと思いまして、少し小さめにしています。紅潮については、頬の斜線は、あれを描かないと落ち着かないんです(笑) 頬に空間があると、どうしても描かずにはいられないというか。そっちの方がカワイイなら描かざるを得ない。絶対描いた方が良いと考えてやっています。

現在はアナログ、デジタルのどちらを使っているのでしょうか?

エナガ:昔は完全デジタルでしたが、今は線画がアナログですね。後の処理はデジタルです。

先生が感じる、アナログとデジタル、それぞれの利点を教えて頂きたいのですが。

エナガ:デジタルでいうと、ウェブで発表する時に1番楽ということ、なによりやり直しがしやすいことですね。トーンとかも、アナログだったら濃いトーンを薄いものに貼り替えるのは大変なんですけど、デジタルの場合は簡単に置きかえられます。ブラシの形を変えることで、簡単に雲の形を描けたりもします。
アナログの方は、完成が予想しやすい。例えば、デジタルで線画を描いていると、これで良いかなと思っていても印刷すると全然違うということがよくあったんです。だけどアナログで描いていると、調整は必要ですが大体はそのままのものが印刷で出てきます。

ウェブではデジタルが有利のようですが、雑誌などの紙媒体だとまだまだアナログの方が一日の長があるのでしょうか?

エナガ:そうですね、解像度などの問題もあるんですけど、モニターで見る限りはごまかしが効きやすい。ですけど、印刷に載せてみるとアラが出てしまう場合がありますね。
デジタルの場合だと、この色で丁度良いと思っていても、ずっと濃くなってしまうことが良くあるんです。なので数値が基準になりますね。10・20%という数字を基準にして、トーンを貼っていくという形です。この数値なら人の肌に使える濃さになるから、みたいな。そこを間違えると大変ですね。あと雑誌に載る時には少し濃くなります。印刷方法が違うので、線が若干太くなったり、トーンが少し濃くなったりする。単行本の時は大体想定通りです。

作業効率を上げるためにやっていることはありますか?

エナガ:デジタルでやっている場合は、搭載している機能を上手く使ってソフトのパフォーマンスを最大にするのが重要ですね。例えばコミスタの場合は、そのキャラクターに必要なトーンを、あらかじめ参照出来るライブラリーみたいなのがあって、その中から選択出来るツールがあるんですよ。つい先月に終えた『HUNDRED』の3話目で、それが使えるようになったので、凄くトーンが早くなったというのがありますね。やはり、使い方次第でどこまでも使いやすくなるのが、デジタルの良い所ですね。
作画面は描くごとに、ここは描き込まない方が良いなとか、ここはベタを使った方が良いな、というのをずっと試行錯誤していますね。どの作品にしたって、必要な線の量があって、それを超えすぎても、無さすぎてもダメなんで。線の量を決めるのは絵柄とか作品のコンセプトですね。そこをきちんと感覚で掴めるかどうかが大事です。

ちなみにデジタルでこんな機能があったら良いなというのはありますか?

エナガ:トーンの削りとかはまだまだアナログの感じを再現出来ないですね。それを再現出来るツールがあればと、常に思っています。

デジタルに関しては、創作者と技術者の間でより情報交換が進めば良いですね。

全話解題!『Latin 高畠エナガ短編集1』


先日発売されました初単行本となる短編集について、各話毎に質問していきたいと思います。掲載順が『Reversi』『Latin』『雪原のネストーレ』『猫又荘の食卓』だったのでその順番で。まず、1話目の『Reversi』を描くのにどれくらいの期間を与えられたのでしょうか。

エナガ:最初の打ち合わせが2月くらいで、締切が8月くらいでした。なので、執筆期間としては半年くらいあったんですけど、その間に「Latin」も描かなければいけなかったので、実質3~4ヶ月といったところです。凄く苦労した作品ですね。

「天使と悪魔」モノにするというアイディアはどこから生まれたのでしょうか?

エナガ:人外モノが流行っていたので、その流れで自分も描きたいなと思っていました。ただ1番最初にマニアックなモノを載せちゃうと読者に引かれてしまう恐れがあるので(笑) オーソドックスな天使と悪魔にしたという感じですね。

女の子二人の軽い百合ものというのも、ファンタジーとしては大分マニアックな気もしますが(笑)

エナガ:最初は学園を舞台にしたバトルものにする予定だったんですよ。ただどうしても32ページの中だとバトルがしづらかったので今の形になりました。

先ほど苦労した点があったと仰っていましたが、具体的に教えてください。

エナガ:短編漫画は8ページや16ページぐらいのを3作品くらいしか仕上げてなかったんですね。だからちゃんとした短編作品を描く経験というのが全然なくて、ストーリーの作り方とかどうやったら良いのかめちゃくちゃ悩みました。途中でコンセプトとかテーマとかが変わったというか、作品の売りを途中で変えてしまったとか、つまずく点が多かった作品です。

次は表題作の「Latin」について。同一タイトルのものを自身のサイトでも上げていますよね。リメイクすることになったきっかけとは何なんでしょうか。

エナガ:単行本になるというのは最初から分かってたので、どれを表題作にするかを考えていました。サイトにある「Latin」の方は3年生の頃の課題で描いた短編なんですけど、まだやりたかったことが沢山あったので、今回の表題作として描ききろうと思いました。

Web版では男の子とアンドロイドの女の子の関係性しかありませんでした。商業版で、アンドロイドを捨てた家族側も描くことにしたのは何故でしょうか?

エナガ:元々、捨てられたロボットというアイディアが先にあって、最初は家族側を話に出させないプロットがありました。やるに従って、合間にあった家族をないがしろにしたくなかったというか、主人公にも傷があって、それとシンクロさせて浮きだたせるためにも、もう1回家族を出す必要があったかな、と考えま した。

Web版に比べると、消化しなければいけないエピソードが多く大変だったと思うのですが、間延びしないように意識したことはありますか?

エナガ:「Latin」の場合はトライアル&エラーを繰り返すのが基本で、ラテンを直すまでと、そこから先のクライマックスまでを描きたかったので、ページ数が規定を超えないよう、とにかく始まりの部分、主人公が写真を見つけてから、ラテンを直していこうと決断するまでを、とにかく短くしようという風に考えていました。

途中挟まれる、サイレントで日常描写が積み重ねられていく場面も、スピーディながら二人の関係の変化が良く分ける効果的な演出でした。

エナガ:その辺りは、ピクサーの作品を意識しました。アクションを反復し、最初はダメなんだけど後に行くに従って成功していくことで、主人公とパートナーの成長と絆の深まりを強調しています。

4作品の中で、この作品は特にアップとロングを大胆にとっているように感じたのですが。

エナガ:描きながらのめり込んでいくので、その時に感じた印象とかを、少しでも強く見せるため、とにかくアップにするところはアップにしています。とにかく魂を込めるみたいな感じで描いているんですよ。そうしないと漫画が面白くならない気がして。

あと漫画に必要なのが、作者の「たくらみ」だと思います。ここでびっくりさせてやろうとか、物凄く爽快にさせてみようとか。「Latin」では、告白のシーンとその次の見開きでインパクトを与えてみようという企みがあったので、凄く上手くいった作品ですね。

それでは次に「ネストーレ」について。

幕間のページに、「最初は男の子がロボットと戦う話だった」と書いていたのですが、まず浮かんだのはファンタジー世界にロボットがいたら面白いというアイディアだったのでしょうか?

エナガ:そんな感じですね。メインの2人は同じで、あるすれ違いから妖精が暴走してロボットに乗るという感じでした。妖精とロボットはワンセットで初めからありました。

ロボットがガソリン駆動だというのも、個人的に「熱い」部分だったのですが。

エナガ:ファンタジーの世界で1番害になるのは化石燃料かな、と考えました。たとえば木だらけの世界に鉄の武器が出てきたら、絶対かなわないじゃないですか。ファンタジーの世界では化石燃料で動く鉄のロボットは1番強力で、魔法とかも通じないという風に考えていました。

個人的に、シーンとして印象的だったのが、カディアが震える膝を「パシッ!」と叩くところでした。

エナガ:あそこは、とにかく快活なだけではなく恐れも持ち合わせているというか、キャラクターに多面性があることも描かないと、リアリティがでなくてイカンよな、と考えていました。
自分が1番大事にしているのは、「キャラクターが生きている」ということです。そのキャラクターが、作者の考えたストーリーラインで動いているのではなく、そのキャラ自身が考えて行動しないとまずいよな、というのがずっと頭にあります。生きているキャラクターを見たくて読者は漫画を見ると思うので、自分の都合で捻じ曲げては、後で必ずしっぺ返しを食らってしまいます。

もう一つ、妖精の女の子が、物語のクライマックスで黒い服を脱ぎ捨て、下に着ていた純白の服が露わになる、という演出が、彼女の心の動きとマッチしていて感動しました。

エナガ:そこはその通りですね。。衣服を脱がせて白い薄着の姿を見せた方が格好良いし、自らの意思で束縛から開放していくように見せたいという意図もありました。ちなみにこのキャラのモチーフは、マトリョーシカなんです。実は同じデザインのままのモデルがあるんです

最後は「猫又荘」について。この作品の絵柄は、今までのトーンやベタを駆使した画面とは真逆で、髪の毛1本1本に至るまで手書きで処理するような、淡い印象の画面になっています。

エナガ:この頃はとにかく、付けペンでカリカリ描くのが楽しすぎて、描き込みをやりまくりました(笑) 付けペンを使ったのが、これがほとんど初めてなんです。なのでとにかく付けペンに慣れる必要があった。色々ペンを変え、墨も変えるようにして、どれが1番合うのか模索している時期です。色んなメーカーを試したので、本当に細かく見れば違いが分かるかもしれません。

ラストシーンの音楽プレイヤーを「外すこと」と「付けること」、どちらにも救いがある終わり方が良かったです。

エナガ:猫又荘の中では、葛藤や感情の浮き沈みみたいなのを詰めたくなかったんですね。そういう問題が全て解決した世界が描きたかったので。ですのでそういった変化を強調するのではなく、さらりと流す形を選びました。

短編集全体をみてみると、生まれつきの容姿等、どうしようもない部分でコンプレックスを抱えているキャラクターが、それをいかに乗り越えていくかというテーマが根幹にあったように思えます。

エナガ:自分の中のフォーマットなんですよね。自分にはどうしようもないものがあって、それとどう向き合っていくか、それはもう絶対描きたかったことです。

なのですが、 最近は他の物も描きたいなと思い始めました。少しずつ漫画を描いていくうちに、そういったコンプレックスを受け入れるようになっているのだと思います。

最後に今後の目標などをお聞かせください。

エナガ:月刊誌の方にも目を向け、長期連載を目指しいきたいなと考えています。それと雑誌の掛け持ちもしたいですね。アシスタントも雇って、大量生産出来るようになっていきたいなと考えています。月刊連載と、隔月や季刊連載2つ以上の場で描いていきたいなと考えています。

アイディアのストックはあるのでしょうか?

エナガ:アイディアは揃っています。後はいつ、どのタイミングでやるかですね。

今後のご活躍も期待しております。今日はありがとうございました!