見出し画像

池袋東口。思い出は消さない。




 先日、映画を観ようと池袋へ赴いた。
 地下のJR改札を出て、“いけふくろう像”を通り過ぎ、東口の地上出口へと向かう。階段を上がると駅ビルパルコの玄関。その右隣には小洒落たパン屋。シックな黒色で彩られた店内には多くのパンと老若男女が並び、健全に活気付いている。それは、いつも通りの自然な風景──ではない。




 俺の記憶と異なる景色。
 確かに在ったはずのキオスクが、パン屋に挿げ替わっている。
 飲み会といえば池袋東口方面。集合場所はキオスク横のオブジェ前。
そんな大学生活を過ごしていた俺にとって、あのキオスクは日常と密接に結びついた、忘れ難い存在だった。


オブジェ「母子像」。この右側にパン屋(元キオスク)が居を構える。




 忘れ難い存在とは言ったものの、大それたエピソードは幾ら探しても見つからない。鮮明なのは買った商品の記憶だけ。
 それは“ウコンの力”──説明不要の二日酔い防止ドリンク。雑誌や菓子など、他の買い物をした記憶は一切ない。
 酔いはいとわず、吐瀉と寝坊による落単を恐れる。そんな空元気だけが取り柄だった大学生おれには、二日酔い防止ドリンクが欠かせなかった。そのちっぽけな一缶を買うためだけに、俺はその店舗を利用し続けていたのである。



 買い物を済ませ、待ち合わせのためにオブジェ付近まで後退り。小さなボトルの栓を開けて中身を口に含み、「もっとフレッシュジュースみたいな美味しさにしてくれたって良いのになぁ……酸っぱい……」と思いつつ、サークルの仲間達との語らいを待ち侘びる。
 池袋東口のキオスクは俺にとってウコン補給所であり、またゼロ次会の場所でもあり、そして“青春の起点”でもあった。



 青春の日々は、儚くも遠く過ぎ去っていく。
 生活習慣と体調の変化により、いつしか俺は全くの下戸となった。酒を呑む習慣が消えれば、ウコンの力は無用の長物と化す。池袋へ立ち寄る機会は継続していたものの、キオスクへ立ち寄る機会と理由は一切見出せなくなった。
 そして気付かぬうちに、機会と理由はおろか、場所キオスクさえも失われていた。ごく当たり前だった日々の舞台は、唐突に幕を下ろした。



 俺は後悔した。閉店を知っていれば、その前に写真を撮っていたのに……と。
 飲み会の様子を収めた写真は何枚もある。だが、在りし日のキオスクの写真は一枚も撮っていない。在って当たり前の場所を記録に残そうだなんて、考えもしなかったから。



 そこはコンビニと薬局に事欠かない大都心の駅前。キオスクが一つ消えたところで、困る人はさほど居ないだろう。むしろ、食事にも手土産にも使える“駅ナカのパン屋”を有り難がる人が多そうだ。多くの人にとっても俺にとっても、このパン屋こそが“当たり前の場所”と化す日は、そう遠くないはず……。



 記憶のよすがとなる写真はない。店舗の痕跡もない。
 それならせめて、このささやかな青春の思い出は消さないでおこう。
 若かりし頃に世話になった亡き地への、せめてもの手向たむけだ。



追記……2月末には閉店していた、と執筆中に判明。下記ツイート参照。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?