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春を愛する人

道端にスイセンが咲く季節だ。
「きれいだね」という彼女の声を思い出して、ふと立ちどまる。

* * *

父方の祖母は、花が好きな人だった。
ノビ夫と一緒に写真を撮っていて
「この植物はなんて名前なんだろう?」
という彼の問いにふと答えがうかんできたりするのは、手をつないで歩く帰り道、目についた植物の名前を彼女がおしえてくれたからだろう。

前庭にはあじさいや菊などの季節の花がきちんとならんでいて、ふわりと香り、美しく咲きほこっていた。
水色、青、ピンク、うすむらさき、淡いオレンジ。
やわらかい光をあびたり糸のような雨にぬれたりしながら、日々表情を変える植物をみるのが私も好きだった。

* * *

とりわけ楽しみなのは、春に咲く梅。
わたしの育った地は雪深いところで、冬は基本的にグレーの世界だ。
強い風に吹かれた雪が顔にあたって痛い。
肌が露出している部分は真っ赤になり、そのうち感覚をうしなう。
何かにむかって「もういやだ!」とわめきたくなる。
そんな中で色を秘めた花のつぼみを見つけると

「春が来てるんだなぁ」

と、ぽつっと心があたたかくなるのだ。まさに

”春の恋しさよ 花の息吹よ 冬の長さが募らせて”

というやつ。
(ちなみにこの部分の確認のためにMissing Youの歌詞をしらべたところ、最後のぶつぶつ言うてはるところの歌詞をはじめて知れた。たなぼた)

* * *

加えて、私の妹は2月うまれ。私自身は3月うまれ。庭に2本ある梅の木のうちの1本が咲けば、妹の誕生日がくる。
のこったもう1本が咲くころは、私の誕生日。
待ちどおしい春とお祝いごとが重なるので、梅の花はうれしいできごとと直結している。
祖母にもそういう想いがあったのか、梅の木をとりわけ大切にしていた。
小さい私を抱いた笑顔、お姉さんになった私とならんでいる姿。
咲きほこる梅の木が必ず写っているので、その季節の写真はすぐにわかる。
祖母が亡くなったのちに家を新築して庭をととのえたが、2本の梅は切られることなく、植えかえられた。
胸の奥をくすぐるような香りは、春をむかえるたびに私を包んだ。

* * *

大学進学と同時に都会に出たあとは、ずっとマンション暮らしだった。
目の前のことに必死になっていて、気づくと移っている季節。そんな日々は充実しているけど、なぜだか少し罪悪感があった。
ノビ夫と結婚するにあたり、彼の配属先であるそんじょそこらの田舎なら「田舎を名乗ってすみませんでした」と手をついてあやまるような場所に引っ越すことになって、そこで久しぶりに季節を五感で感じる日々がおとずれた。
それぞれの季節の色や香りを感じるのが、とてもたのしい。

上の記事に書いているとおり、家のうしろは山。
そこに1本の木がはえており、その枝がもさっと家のはしっこにかかっている。他のこと(お隣さんとか)に気をとられて、ノビ夫も私もそれについては特に気にしていなかった。
初めてむかえた冬が晩冬となり、早春賦を歌いたい季節になったころ、もさっとした枝に小さなつぼみ。
しばらく待ったところ、咲きはじめたのは梅の花だった。
また梅の近くに住めるなんて!とよろこぶ私。
社宅だけど、家を好きな理由がひとつ増えた。
胸の奥をくすぐるような香りが、ふたたび春の私を包んだ。

* * *

しかしある時、この家のオーナーさんが

「梅の枝がもさっとかかってるでしょ?それが前から気になっていたのよ。”桜伐る馬鹿梅伐らぬ馬鹿”っていうでしょ。だから業者を手配して切り倒しますから」

とスパーッ!とした口調でいう。
この方は見た目も言動もなんでもかんでも”スパーッ!”としていて、なかなかに強い。

オーナーさんには邪魔なものかもしれない。
でもでも、私には心温まる存在なのである。
「邪魔じゃないですよーきれいですしね」
とふにゃふにゃ訴えたのが功を奏したのか、ただ忘れておられるのか。
年末までに切る!と宣言されていたのに、とりあえず今のところ無事だ。

* * *

調べてみると、桜伐る馬鹿梅伐らぬ馬鹿という言葉は確かにある。

桜は枝を切るとそこから腐りやすくなるので切らないほうがよく、梅は枝を切らないとむだな枝がついてしまうので切ったほうがよいとされることから。
また、桜の枝は切らずに折るほうがよく、梅の枝は折らずに切るほうがよいことからともいわれるが、桜は折ることもよくない。

これを見る限り、枝をちゃんと切ればよいわけで、何も切り倒さなくてもよさそう。
そういえば家の前に生えている謎の木、駐車の際に邪魔だからってノビ夫が大胆に枝をカットしてたな。
お願いして、うしろの梅の枝も剪定してもらおう。
そして今年だけでなく、まだここにいる予定の来年の春にも一緒に梅をみよう。

うららかな陽と優しいあの香りに二人で包まれる日が、今から楽しみだ。

お読みいただきありがとうございました!
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