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ファンタジーが生まれた日を想像する


はじめに

こんにちは!!

久しぶりの投稿になります。

基本、僕のnote投稿は、読んだ本からインスピレーションをもらって書いているので、本を読まないと、noteを投稿できないのです。


つまり、本が読み進められなかったということです。


近況報告はこの辺にして、今日もエッセイを書いていきたいと思います。


タイトルは「ファンタジーが生まれた日を想像する


今回、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を読みました。


知ってはいたが読めていなかった作品だった。

読んだとき、ふっと頭によぎったのは

この作品がファンタジーの起源なのかな

ということです。


宮沢賢治はいわゆる文豪作家に分類されるが、

文豪作家の書く作品は私小説が多いように感じる。

太宰治の「人間失格」が代表されるように自分が主人公のようで、自分の考えや人生などが小説になっているような作品が私小説だ。


宮沢賢治の作品はほとんどが現実離れをしている。

銀河鉄道の夜は宇宙への旅の話、他の作品も動物が主人公の動物の世界の話であったり、人間と動物が関わっていく話であったりする。


つまり、自分の人生では起こるはずのない世界を物語にした。


これは今の時代で言うなら、ファンタジーやSFに該当するだろう。


今の映画や小説、マンガなどの創造物の基礎を作った人物ではないかと僕は勝手に思っている。


なんで宮沢賢治だけこういう作品を作ったのか、予備知識ほとんどなしの僕の勝手な想像をエッセイとして書いていきたいと思います。



ファンタジーが生まれた日を想像する


僕はないことを頭の中で想像するのが好きだ。


銀河鉄道の夜を読んで、ファンタジーが生まれた日を想像した。


僕の知っている宮沢賢治に対する知識は

東北の田舎町で育ったこと、妹がいたこと

それくらいだ。


だけど、これだけでいろんな想像ができる。


賢治が生きていた時代の日本は戦争が普通に行っている時代。

日本は当時、軍の勢力が強く、軍事力に力を入れていたため、国民の生活が豊かなはずがなかった。

首都から離れた東北の田舎町なんてもっとひどかったはずだ。


学校も行けていなかったかもしれない。

そんな賢治のささやかなしあわせは自然と対話することであったり、妹と遊んだりすることだったのではなかったのだろうか。


虫や動物と戯れたり、妹と一緒に真っ暗な夜を共に星空を眺めたり。


妹が何か口に出したのかもしれない。

「いま、カエルさんは何って言っているのかなぁー」

「ねえ、もっと近くで星を見たい!!」


こんな感じで。


賢治が児童文学を書いたのは、妹に宛てたものだったのかもしれない。

賢治が書いた作品は妹にを楽しませるために考えて、毎日聞かせていたのかもしれない。


いくつもの「かもしれない」を考えるのが僕は好きだ。


別に事実は知らなくてもいい。

一回気になったら、調べないと気が済まないという人がいる。

それもいいと思う。


けど、僕は大半は調べない。

自分の頭の中で何パターンも創造する。

それが楽しい。


特に文豪作品のように歴史のある作品はいい。

その起源や背景を考え、そして、今の時代につながるように、また、考える。


どの作品にもそこにはいろんな人が関わっていて、そこには、その作品以上の物語があったりする。


それを考えて、今日も生きる。


まとめ


こんなどーでもいい僕の妄想を読んでくれた皆さん、ありがとうございます。

宮沢賢治のことを気になった人は調べてみてください。


そして、僕に教えてください(笑)


基本こんな想像は自己完結にするべきだし、それまでもそうやってきましたが、ちょっとおもしろいキャッチコピーに出会い、こういうことを書いてみました。


「その毎日、思えば平凡。書けば文学。」

「その人生、語れば説教。書けば文学。」

「その不満、言えば愚痴。書けば文学。」

「その青春、喋れば生意気。書けば文学。」


第12回坊ちゃん文学賞のイメージビジュアルのキャッチコピーです。


何気ないものでも書けば、それは文学に変わる。


言えないことも書けばいいんだと思い、こんなことを書いてみました。


これからも何気ない自分の思考を書いてきたいと思います。


最後まで読んでくれた方、ありがとうございました。


さよなら。



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