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2022年のベストアルバム


1位 Black Country, New Road ー Ants From Up There


「Black Country, New Roadの第一章がここに完結した」

2021年の年間ベストの記事を読み返したらBC,NRの1stアルバムについてこんな言葉が書いてあったけど、その第二章はあっという間に終わった。
この2ndアルバムのリリース直前にボーカル/ギターの Isaac Wood の脱退が発表されて、だからこのアルバムのことを考えるとどうしたってそのことが頭をよぎる。それを避けることは出来ないけれど、でもそれがなくてもきっとこのアルバムを1位に選んでいたと思う(確認できないけれどたぶんきっと)。

どこか強迫観念的で狂気混じりだった1stアルバムから離れて、慈しみ、ユーモアを持って過去を振り返る。かってあった出来事はいまの自分を形作り、それは思い出として現在の自分に影響を与えもする。だから”The Place Where He Inserted the Blade“の「And you come to me/ Good morning」のラインがいつも心を揺らし続けるんだろう。そんなことをこのアルバムを聞く度に思う。ジャケットや収録されている”Snow Globes”の歌詞に出てくるみたいな壁に掛けられた思い出を手に取って「あれは自分にとってどんな意味があったんだろう?」と主人公がアルバムの中でとまどいながら考えているみたいな感じがして、なんだか過去を振り返る青春小説を読んでいるみたいなそんな気分にだってなる。

10ヶ月が経って、それこそこのアルバムが思い出になるくらいの時間が流れたけれど、サックスもフルートも、バイオリンもピアノもコーラスも全部が何かを思い返したときの、心のちょっとした動きをとらえてそれを増幅させるような効果を持っているんじゃないかってそんな風にも感じている。本を読んでいるときにたまに音が聞こえるような時があるけれど、まさにそれで、やっぱり自分はこのアルバムを小説のようなものとしてとらえているのかもしれない。全部がそれだけでは完結していなくて、受け手の状況によって違う意味にもとらえられるような言葉と空気を持ったそんなアルバム。音と言葉とイメージが合わさって意味をなす Isaac Wood のこのスタイルが大好きだってやっぱり思う。

コンコルドとはツタとはクランプとは? イメージとイメージが繋がってそれが奥行きを生み出す。レヴューで色々書いたけどこんな風に受け手が何度でも考えられるのがこのアルバムの魅力なんじゃないかとそんな風に感じている(2月に書いたこれもいまとなっては懐かしい)。

Black Country, New Roadの第一期がここに完結した。



2位 Sorry ー  Anywhere But Here


Sorryはやっぱりセンスが違う、何度も書いたこの言葉、それでも新しい曲、新しいアルバムを聞く度に同じ言葉が頭の中に出てきて繰り返す。それは引き算のセンスで、積み重ねたアイデアに過剰な装飾を施すことなくラフにざらつかせ、何かがそこに入りこむスペースを残していく。そこにあるのは余韻と余白、だから何度だって繰り返せる。一聴して素晴らしいと叫ぶようなものではなくて、品格のある名盤然とした佇まいでもない。それは普段使いの日常に潜む美しさで、ふとした瞬間にはっと気がつくようなもの。
それはわびさび。皮肉とユーモアが混じり、もの哀しく、ときおり光り輝く。感情を押しつけることなくそこにそっと残していく。

ラフで手作り感に溢れたHome Demoが大好きだったからこの2ndアルバムはその雰囲気を残したままにその美意識、センスを持って仕上げた感じがして最高だった。本当に聞けば聞くほど味が出るみたいな感じで、「凄い!」じゃなくて「あぁいい……」って聞いている途中になってしまうようなそんなアルバムだと思う。だからなんとなくそのまま繰り返して聞きたくなってしまう(そうやって聞いていると最初の曲の”Let The Lights On”がアルバムの物語が終わった後の始まりというか、エピローグみたいな感じに思えてくる)。

SorryはDIYで作るビデオも本当に素晴らしくて、中でも ”There’s So Many People That Want To Be Loved” は今年のベストビデオだってくらい良かった。
ひとりぼっちの宇宙飛行士と、寂しさを抱えて変わる景色、街をぶらつくAshaに影響されて、散歩したりどこかかに出かけるときにはいつもこの曲を聞いていた。



3位 deathcrash ー Return


思い出と記憶の違い、思い出はなんというか何かをきっかけに想起して感情と結びついてシーンが再生されるみたいな気分になるけれど、記憶は勝手に再生されるシーンに対していま現在の感情が出てくるようなそんな感じがする(思い出は一人称で記憶は三人称的な側面を持っているのかもしれない)。Black Country, New Roadが2ndアルバムを作るときに影響を受けたというdeathcrashだけどBC,NRの2ndが思い出のアルバムだとすれば、このdeathcrashの1stアルバムは記憶のアルバムだというように思う。他者との関係というよりも記憶の内側へ深く潜っていくような、そんなアルバム。

スロウコアのサウンドはモグワイの『Come on Die Young』を彷彿とさせて、痛く心地よいギターは鎮痛剤のように効いてくる。出来事を伝える Tiernan Banks のボーカルは静かに記憶を呼び覚ますようにして添えられて、進む音の時間の流れに逆らいどんどん深くに沈んでいく。夢の中で誰かの記憶を追体験している映像を見せられているみたいな、そんなイメージが浮かぶこのアルバムは実はとても視覚的なアルバムなんじゃないかと思う。
そうして突き抜けないから心に残る。


Patrick FitzgeraldはFish時代のSorryで一時期ベースを弾いていたことがあって、 Tiernan Banksは元Famousのメンバーで、同じくメンバーだった Jerskin Fendrix(BC,NRのメンバーだった Isaac Woodに強く影響を与えた人物)と一緒にバレンタイン・アルバムを長く作っていたりとなんだか色々と繋がっている。


4位 Crack Cloud – Tough Baby



大量消費時代のポップカルチャー、壁に掛かったイコン、ベッドルームに作られた祭壇、それがたとえ”Virtuous Industry”で唄われているような金を生むサーカスの一部だとしても、それでもなおポップカルチャーは自己と世界とを接続する。否定がはびこる社会の中で感じる幻想と繋がり、パラドックスの世界の中で抗い認め生き続ける。

このCrack Cloudの2ndアルバムを聞いてからというもの、そういうものだよなと思ってはいたけど深くは意識をしていなかったポップカルチャーの影響と関わり方について考えることが多くなった。

マック・デマルコのカチンコから始まる ”please yourself” のビデオはやっぱり象徴的で、撮影だということを見せることでそれが作られた偽の物語であることを強調しているように思える。でもそこで繰り広げられるドラマ、少女の思いは本物で……それは寓話のていをとり語られるフォームレスなCrack Cloudの物語にしてもきっと同じなんじゃないかと思う。物語の中、アートを通し、メッセージが伝えられる。直接的なものではないから解釈が入るし、解釈する過程で気づきが生まれそれがまた他の何かにつながっていく。受け取ることと考えること、その流れが好きだし大切だって、忘れかけていたことを思い出させてくれたみたいなそんな気分になった。

毎回言っている気もするけど、Crack Cloudにはいつかがっつりとした映像作品を撮って欲しいって思いがある。

スケッチブックを読み上げる女性 : 解放、クラックは自由を感じて空を見上げる。過去からの解放、未来からの解放、その雲はクラックに現在の為に生きることを教えた。一つのクラウドになって。

crack cloud - please yourselfビデオより


5位  Jockstrap - I Love You Jennifer B


臥龍と鳳雛、Ethan P. FlynnとTaylor Skye、JockstrapのTaylor Skyeは天才!
マジでTaylor Skye(そしてEthan P. Flynn)は将来名プロデューサー、あるいは優秀な映画音楽の作曲家になっている気がする。そんなことを常々思っていたけれど、このJockstrapのアルバムは本当に良かった。BC,NRのバイオリニストGeorgia Elleryとギルドホールで出会い(最初の授業でどっちかが前の席に座っていてって話をどこかで読んだ気がする)そうして結成されたJockstrap。Georgiaの才能と合わさって時間が経って、ちょっとこれは凄いところまで来たんじゃないかってそんな気配を感じている。美しい所作の崩し、洗練された遊び、溶け込む違和と接続され続ける異なる世界、それはまるで未来世界のクラシカルなポップミュージックのよう。

こういう音楽は混ぜ合わされた要素が強調されがちだけど、そこにライトを当てることなくあくまで背景として流しているところが本当に最高。手段と目的が入れ替わっていないというか、この場面で何を見せるべきかってその選択を間違えていないというか、とにかく色んな要素が混じっているのにクドくないっていう素晴らしいバランス。美しいだけでも、奇妙なだけでも決してない。これは才能、素晴らしい。


6位  The Cool Greenhouse ー Sod’s Toastie


ポストパンク、ポストパンク、ポストパンク、マーク・E・スミス、The Fall、サウスロンドンシーンの初期にめちゃくちゃ見かけたこの言葉、でも後から振り返ったらきっとThe Cool Greenhouseのことしか覚えていない。そんなことをうそぶきたくなるようなこのアルバム、よりポップにより刺激的に、繰り返されるリフ、皮肉にユーモア、ギターソロと言いながらシンセを鳴り響かせるみたいなThe Cool Greenhouseのふざけ方が最高に好き(やはり大切なのはユーモア)。

謎めいた崇拝者から送られてくる腐ったベーコン、スクリーンタイムの新栄養素、ウォールストリートのクソ野郎ども、ウィンドウズ 98、ナイジェリアの王子からメール、軽快に次ぐ軽快、The Cool Greenhouseは最高に小気味よく進む小話を繰り出し続ける。ふざけていて笑えて、その後にちょっと教訓が得られるみたいなこのスタイルが本当に好き。

特に宇宙人版The Velvet Undergroundこと”The Neoprene Ravine”の俗世にまみれたサイバーシュールレアリスム的世界観は最高、いつかこっそり小説にしてパクりたい。


7位 Saint Jude ー Signal


闇の中に差し込む光、誰かの声、そこに自分以外の誰かがいるとわかるから前に進める。サウスロンドンのプロデューサー Saint Judeの1stアルバム、10代の本名名義で活動していた時からSlow Danceと共に行動していて、このアルバムでもそんな仲間の声がそこらかしこから聞こえてくる。

消えてしまいそうな美しさと孤独、はかなさ、以前出したEP「Bodies of Water」のジャケットは月だったし、そこに収録されている”Keep the Light Inside the House”の家の明かりにしても、光り輝くその場所に自分はいなく外から眺めているものだった。輝く太陽の光ではなく、ネオンの煌めく光でもない、Saint Judeの音楽の中の光とはきっと誰かのとった行動から漏れ出た光なのだろう。それは自分の為の光ではないけれど、反射する明かりが道を照らし続けてくれるからこそ歩いていける。

GlowsのMarco Piniは自らの音楽とSaint Judeの音楽の一部をクラブの帰りのバスの中で聞くポストクラブ・ミュージックだと表現していたけれど、それもなんだかわかる気がする。誰かの気配を感じて一人で聞く音楽、寂しく暖かく、家へと歩みを進める時に頭の中で鳴っているような。


8位 The Orielles ー Tableau


The Oriellesは完璧すぎた。インディロックの趣を残したまま、ゆるやかに繋がっていく旅路。激しく行うのではなく心の奥底で優美に踊り静かに琴線をくすぐり続けるようなそんな音楽。ときおり入るピアノの音や、エレクトロニクスが空気を締めて緩くなりすぎることを許さずに緊張感を持続させいく。

いきなり変化したThe Oriellesのこの路線でもうこれ以上はないんじゃないかってくらいの完成度で、ジャケットからも名盤感が漂っている。10年後とか20年後にはいまよりもっと評価が高まっているに違いないってそんなことを考えてしまうような凄い出来。このアルバム本当に良かった。


9位 Personal Trainer ー Big Love Blanket


鈍く輝く青春、何もないのに部室に集まって、ちょっと話して音出して、帰りに何を食べるのかみんなで考えるみたいな、そんな青春感がこのアルバムに詰まっている。オランダはアムステルダムのルールがないことがルールのコレクティヴ、この愛おしさの発生源はどこにあるのだろう? 90年代のオルタナティヴミュージックの良い部分と00年代のLCD Soundsystemみたいなところとグッドメロディにフック、親しみの中には好意があって、口に出さない愛がある、俺たちのPersonal Trainer。

ぼぉっと聞いていても、”Texas In The Kitchen” "Cut Loose"に差し掛かる頃には「あぁ好きだな」って思いがわき出てくる。愛おしさの源、”Former Puppy”のビデオのようにボールを蹴り合っているだけでも特別だった。




10位  Shovel Dance Collective ー The Water is the Shovel of the Shore


2022年の自分が変わったこと。21年の秋頃から聞き始めたBroadside Hacks(トラッドフォークを再解釈するSorryのベース Campbell Baumが中心になって始めたプロジェクト)の影響でフォークをよく聞くようになったこと。おかげでシングルの時にいまいちピンと来てなかったcarolineの良さに気がつけたし、Naima Bockのアルバムの素晴らしさもすぐにわかった。UglyのSamにインタビューしたときにも最近気になる音楽としてBroadside Hacksの名前があがって確かな流れをそこに感じた。

そうして年の終わりにリリースされたShovel Dance Collectiveのアルバムにぶっ飛ばされた。Broadside Hacksのコンピレーションアルバムに参加していたり、メンバーがcarolineとしても活動していたり、Naima Bockのアルバムに関わっていたりとその存在をずっと感じていたけれど、このアルバムはもう次元が違った。

時代がかった大作映画のように繰り広げられる4部構成の物語、フィールドレコーディングされたテムズ川の水の音が、知らない誰かの郷愁を呼び寄せて、合わさる声が人の暮らしを感じさせる。歴史の重みと連なりが突然出現したわけでではない世界の存在を描写する。

水の流れ、テムズ川のほとりで続く暮らし、忘れかけられている民話、物語、土地と結びついた歴史、現代との葛藤、1時間の濃密な時間、もう凄いという言葉しか出てこない。




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