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#眠れない夜に 記事まとめ

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お題企画「#眠れない夜に」に投稿された作品をまとめる公式マガジンです。
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記事一覧

【小説】恋するトースター

彼女はトースター。恋するトースター。 狭く雑多なワンルームの隅で。下には電子レンジ、横にはケトル。 「あいつ、いつになったら俺を洗浄するんだ?てめぇの健康にも関係してんだぞダボがっ」 ケトルはすぐに怒り出す。 「まぁ、ろくに自炊もしない若い男が、ケトルを洗うなんて考えもしないでしょう。僕だって中でたまごが破裂した時くらいしか掃除されない」 電子レンジは冷静で分析的。 「衛生ってもんもう少し考えねえと、タクミ、マジでいつか体壊すぞ」 部屋主のタクミは24歳のサラリ

エンドレス寿限無【短編】

「どうも私には『答えのない疑問』ばかりを考えるくせがあるんですよね」  柏木先生がまた何か言い出した。 「なんですか。『答えのない疑問』って」 「『人間はどこから来て、どこへ行くのか』ということをつらつらと考えるんですよ」 「ゴーギャンですか? 『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』ってね」 「うーん。私の場合、その真ん中の『我々は何者か』があまり命題ではないんですがね」 「そこが一番大事でしょうに」 「私は無宗教ですからね。いろいろと本

バイクに乗りながら俳句を詠みたい 第574話・8.19

「お、ここがいいな」松尾良太は、富士山が見えるあたりでバイクを止めた。彼は自らを、松尾芭蕉の子孫だと自称している。だが実際には妻のいない芭蕉には、直系の子孫がいなかった。だが彼が言うには、芭蕉の兄弟が松尾家を継いだので、その子孫だという。そして彼は、誰よりも芭蕉を尊敬していた。 「本当は俳句のひとつでもだけど、とても無理だなあ」  良太は俳句を作ることをあきらめていた。だけどせめて芭蕉の足跡をと言うことで、残された芭蕉の句を一句ずつ丁寧に読んでいる。  そしてついに彼は行動に

🍎黒い林檎【短編小説】サクッと4分ショートショート!

人間は禁断の果実を食べ、エデンの園から下界へ落とさせた。 その禁断の果実は赤い林檎だった。 私の目の前にあるのは『禁断の果実』と呼ばれる林檎だ。 それも漆黒のように黒い林檎。 この黒い林檎を食べた場合は、どうなるのだろうか? 人間の好奇心とは、底しれぬ化け物だと私は思っている。 見てはダメだと言われれば見てしまい。 触ってはダメだと言われれば触ってしまう。 抗いようがない好奇心のおかげで、人類はここまで文明が発展したのかもしれない。 その代償も計り知れないだ

シンクロニシティ・ドールハウス

肉じゃがの芋を細かく箸で割る。延々と。 両親が離婚後の生活について淡々と話し合っている間に、僕の皿の中で、細かい芋の欠片が増えていく。何回分けても、芋は芋。確認してから、1つずつ口に運んだ。 駅を出た途端に降り出した小雨は、数分間で雷雨となった。おもちゃ屋さんの店先で、雨宿りする。家まで、あともうちょっとだったのに。この日に限って折り畳み傘を忘れるとは。 煌びやかに照らされたショーウィンドウには、高価そうな人形が並んでいた。身長50cmほどの、華やかなドレスを纏った人形

いつの日か、あなたが眠れますように。

冷蔵庫の野菜室がすこし、ぽつぽつと すきまを見せだして。 たっているセロリとまっしろなねぎや こしかけているトマトやブロッコリ。 ちょっと隙間があいてきたなって。 こういう眺めをうえからみていると すーんと落ち着く。 みたされているときよりも、ずっと。 理由はよくわからないけれど。 ジャムの瓶も珈琲の瓶も残り少なくなって きたときのほうが、なんとなく精神衛生上 やすらぐ。 どうして、みたされているときのほうが ほっこりするでしょっていつも言われたり

短編「文豪パフェ」

 文豪パフェ・・・680円  とある町の片隅に、知る人ぞ知る喫茶店がある。そこの名物を食すため、電車を乗り継いで遥々やって来た。ローカル線の小さな駅を降りて、ドーナツみたいなロータリーを右に見ながら通り過ぎる。直ぐに一本道が始まって、二つ目の十字路を右に折れると、左手の角に喫茶店があると云う。ネット上には一切の情報が無く、そこへ無事辿り着いた人から人へ、少しずつ伝わって、やっと僕の番が来たのだ。噂だけは耳に入れていた僕は、友人からこの話が回って来た時、柄にもなく顔綻ばし

俺の名は、サイファー剛史

”・・・ではまた半年後にお会いしましょう、さようならぁ” 会場の拍手とエンディングのテーマ曲がスタジオ中に響いている。 「はい、オッケーお疲れ様でした」 「お疲れ様でーす」 ここは民放局のAスタジオ。局で一番大きなスタジオだ。今バラエティ番組が終了したところである。スタジオは急速に緊張の糸がゆるみ出演者は皆てんでに楽屋へと引き上げていく。 「サイファーさんマイク外しますね、少し脇を上げてください。・・よっと、はい外しました。お疲れ様でした」番組スタッフがテキパキと後

Truly Madly Deeply

 1997年の3月にリリースされた”Savage Garden”のヒット曲 Truly Madly Deeplyが流れてきた、 Sachiko はフランスのPARIS Gare de Lyon駅のクロックタワー近くのカフェで待ち合わせ時間を確認していました。 スイス人のデービッドがこの曲が入ったSavage GardenのCDをプレゼントしてくれた時間を思い出し、オーストラリアで知り合ったスロバキア人のアナとの約束で、Sachiko にとっては、初めてのPARISでし

夕焼け空をみあげて

 ぼくの住むこの村では、ぼくのおばあちゃんが産まれるずーっと前から 『茜色に染まっている間に空を見上げなくてはいけない』  という決まりがある。  おばあちゃんが産まれるずっと前からある「しきたり」なので、もちろんこの村で生まれ育った僕も小さい時から夕焼け空を毎日見上げている。  だから、夕方になると空を見上げるのは呼吸をするのと同じような感覚であり、ぼくは晴れた日は当たり前のように茜色の空を見上げる。  数えきれないくらい夕焼け空を眺めているぼくだけど、なんのために

サラマンダー・レッド・ヤマンバー

研究所シリーズ第二弾 *** ここは埼玉県和光市に本部を置く国立研究開発法人。 アジア100番目の基礎科学総合研究所として、ミレニアムの年に創立された”如何研究所(いかがなけんきゅうしょ)”である。 ここでは、こんな商品やサービスが世の中に存在していたら”如何なものか”と「人に笑顔をお届けする」をモットーに日夜基礎研究に没頭している。 私はここの所長の武藤たくみ。みなからは親しみを込めて”むったん”の愛称で呼ばれている。ゆるんだお腹を引き締めるために始めたロードバイ

<短編>さかさまおばけ(後編)

タカシの前に、「さかさまおばけ」は現れた! 「幽霊の正体みたり枯れ尾花」という。 巷でいうところの「怪異」の類は、無知、言い換えれば人智の及ばない「未知の何か」に対する「恐れ」から生じるものだ。 そう遠くない昔、夜は暗いのが当たり前だった。肉眼で見通せない暗闇の向こうに人は自分の力の及ばない「何者か」の存在を感じ、それを恐れた。その「恐れの対象」に対して、幽霊、あるいは妖怪、お化けと言った名がつけられた。理解できないもの、説明のつかないものとしての「怪異」は、常に人のそ

顔を覚えている男の話①

顔の覚えている男たちの話をぽつぽつしていこうかと思う。まずは私が大好きだった人の話。 私は就職してから上京し、職場の寮に住んでいた。寮は広くもなくキッチンもない無機質な部屋だった。 ほかに住めるところもないから仕方なくそこに住んでいたのだけれど、古くてあまりきれいではない寮だった。 でもその寮にはなぜか固定電話が設置されていて、部屋ごとに小さな電話機が置いてあった。 特に毎日電話には気にせず過ごしていたのだけれど、ある休日、その電話が突然ものすごい爆音で鳴った。 リ

ショートショート「君が教えてくれた『異世界に転生して魔界の王となった男の物語』の結末を、わたしはまだ知らない」

君の第一印象は、「読書をする男の子」だった。 新入社員としてわたしと同じ部署に配属され、自己紹介の時に「趣味は読書です」と言っていた。確かにその日の休憩時間、お財布と一緒に文庫本を持って外に出ていたようだった。 次の日からも君は、ランチを済ませた後、午後の始業開始まで、自席で本を読んでいることが多かった。 君が持っていた本は、文庫サイズだったり分厚い新書サイズだったりと様々だったけど、いつも本屋さんの紙カバーが掛かっていたから、どんな本を読んでいるか分からなかった。