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エンドレス寿限無【短編】

「どうも私には『答えのない疑問』ばかりを考えるくせがあるんですよね」

 柏木先生がまた何か言い出した。

「なんですか。『答えのない疑問』って」

「『人間はどこから来て、どこへ行くのか』ということをつらつらと考えるんですよ」

「ゴーギャンですか? 『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』ってね」

「うーん。私の場合、その真ん中の『我々は何者か』があまり命題ではないんですがね」

「そこが一番大事でしょうに」

「私は無宗教ですからね。いろいろと本を読み漁って到達した私なりの答えは、人類とは『138億年前のインフレーションなりビッグバンなりで物質が生まれ、それが水素とヘリウムなどに合成され、それらが長い年月をかけ星を作り、48億年だか46億年前に地球が生まれ、火の玉だった地球に数億年で海ができ、隕石由来だか深海で放射線を浴びたかは定かじゃないがアミノ酸が生まれ、それらが生命となり、生命たちは爆発的増加と大量絶滅を繰り返し、やがて海から陸上に上がり、6500万年前に恐竜が絶滅したあとに哺乳類が地上で爆発的に増え、1000万年から200万年前にチンパンジーと分かれて直立歩行を始めた連中のうち、たぶん20万年前ぐらい前に生まれた奴らがアフリカから世界に飛び出し、言語を操るうちに文字を発明し、文明を生んだけど、まああと数万年で滅ぶ、ないしは進化したとしても最大限10億年後には赤色巨星化した太陽の熱で地球上の全生命体が滅びるので、マックスあと10億年で滅びる種族』ですね」

「なげーなあ。文字で書かれると読む気しねーな。落語の『寿限無』より長いですよ」

「お、寿限無! いいですな、『寿限無、寿限無、五劫の擦り切れ……』ですか。そりゃ面白い。寿限無は名前ですが、『人類』をさっきので言い換えてみますか」

「え? どういうことです?」

「例えば『人類史』をこの方式で言い換えてみますと、『138億年前のインフレーションなりビッグバンなりで物質が生まれ、それが水素とヘリウムなどに合成され、それらが長い年月をかけ星を作り、48億年だか46億年前に地球が生まれ、火の玉だった地球に数億年で海ができ、隕石由来だか深海で放射線を浴びたかは定かじゃないがアミノ酸が生まれ、それらが生命となり、生命たちは爆発的増加と大量絶滅を繰り返し、やがて海から陸上に上がり、6500万年前に恐竜が絶滅したあとに哺乳類が地上で爆発的に増え、1000万年から200万年前にチンパンジーと分かれて直立歩行を始めた連中のうち、たぶん20万年前ぐらい前に生まれた奴らがアフリカから世界に飛び出し、言語を操るうちに文字を発明し、文明を生んだけど、まああと数万年で滅ぶ、ないしは進化したとしても最大限10億年後には赤色巨星化した太陽の熱で地球上の全生命体が滅びるので、マックスあと10億年で滅びる種族』史というわけですな」

「書いてるほうはコピペしてるだけだけど、読む方はたまらないね、こりゃ」

「誰もいちいち読んじゃいませんよ。ちなみに歴史時代も入れればもっともっと長くできますが」

「勘弁してくださいよ。しかし、なるほどね。先生は無宗教の科学バカだからそんな感じになりますけど、やっぱり『我々は何者なのか』は大事ですよ。それぞれの価値観とか、信仰みたいなものがね」

「うーん、私はあんまり好みじゃありませんけどね」

「だから、すぐに鬱になるんですよ、先生は。人間、自分基準だけじゃ苦しいから、宗教を作ったんでしょが」

「宗教を脱したから、近代的自我なんてものに苦しむ、ってやつですか。とは言えねえ、せっかくいろんなくびきから逃れたんだから、人類は」

「おっと、先生。『人類』って言いましたね。そこはさっきの『138億年前のなんちゃら』って言わないと」

「あ、しまった。でもまあ、もうやめときましょう。寄席で早口で言い立てれば立派な芸でしょうが、ただコピペして読み手の負担を増やすだけなんて、芸でもなんでもないですよ、こりゃ」

「それは間違いないですね。でもね、先生は宗教を否定しますけど、世界の大半以上の人々が何らかの信仰を持ってるんだから。むしろ、無宗教なんてバカにされるんですからね。さて、さっきのやり方では、キリスト教徒なら『人類』をどう定義しますかね。『アダムとイブから生まれたけど、知恵の実を食べちゃって楽園を追放されて、そのうちハルマゲドンが来るんでそれまでに良き事をして神の国に行くか地獄に落ちる種族』ってな感じですかね」

「いや、私は138億年前のビッグバンから始めてるんで、天地開闢から始めてほしいですね」

「うるせーし、こまけーな先生は。だからやっぱり鬱になるんですよ。生きづらいでしょ。なんとなくでいいじゃねえですか。えーと、となると『神様が光あれと言ってから』、えーと、7日間言わなきゃダメですか?」

「まあ、たっぷり語りたければ」

「面倒だな。『創世記』なんて覚えてないし。えーと、『神様が光あれと言ってから、天やら地やら何やらを作って6日目に獣と家畜と一緒に生み出されて』……そっからエデンの園までどうなるんでしたっけ?」

「『旧約聖書』を引っ張り出さないとわからないですね。あと、多分、古いところだとネストリウス派とか、最近だとメガチャーチとかに分かれて天国に行く条件とか、変わってくるんじゃないですか?」

「あー、そこまで詳しくないなあ。キリスト教の宗派とかには詳しくないですが、仏教だと皆が救われる大乗と修行が必要な小乗……今は上座部でしたっけ、とか、だだ念仏唱えてりゃいいとか、いろいろありそうですね。細かいとこ間違ってると思うけど」

「というか、『旧約聖書』はユダヤ教の聖典でもありますから、『キリスト教とユダヤ教だと』と前置きしなきゃいけませんね。ま、これ以上細かいところにこだわると、また私の気質をバカにされそうなのと、私の鬱を笑ったことは許せないので、争うべきところは法廷で争うとしましょうか。で、細かいそこら辺の宗派の違いはよしとして、日本神話だとどうなります?」

「えーと、よく覚えてないんですよね。ちょっと『日本書紀』を引っ張り出してみましょうか。どれどれ、『天と地が卵みたいになってるときに』……『一書に曰く』『一書に曰く』『一書に曰く』……いろんな説が載ってますが……神様ばかりどんどん生まれて、神様が日本を生んで、あれえ? 人類はいつの間にか、いますね。『一日にお前の国民1000人殺す』だって。この段階で国民って言葉あったのか。国民って書いて『ひとくさ』と読むみたいですが」

「へー。それで、人間は死んだらどこに行くんですか」

「黄泉の国ですかね。なんだかよくわかんねーな」

「まあ、文字が日本に入るのと仏教伝来とあまりタイムラグはないはずですからね。神話がブラッシュアップされる前に伝承の原型が残ってると考えれば、貴重な資料ではありますね」

「じゃあ、さっきもちょっと話しましたが、仏教では人間の誕生はどう書かれてるんですかね?」

輪廻で初めも終わりもないから、そこから抜け出す悟りを求めるんでしょ。ふむ、これも『答えのない疑問』ですね。……どうも私には『答えのない疑問』ばかりを考えるくせがあるんですよね」

 柏木先生がまた何か言い出した。

「なんですか。『答えのない疑問』って」

「『人間はどこから来て、どこへ行くのか』ということをつらつらと考えるんですよ」

「ゴーギャンですか? 『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』ってね……」

 あれ? この話、前もしたことがあったような……。前というか、つい最近……。

「うーん。私の場合、その真ん中の『我々は何者か』があまり命題ではないんですがね……」

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