159.老人はみな鍛えられた、兵である。
選ばれし者
1986年に120歳237日間の生存日数を迎えた御長寿がいる。彼の名は泉重千代(いずみ しげちよ)さんである。
男性としては世界一だといわれている。
彼は1985年(昭和60年)6月に生涯2回の還暦を迎える「大還暦(120歳)」の祝賀パーティを、徳之島伊仙小学校の体育館で開催された。
公式の出生記録が残っている人物で「大還暦」を迎えたのは人類史上初めてのことだった。
その冒頭の言葉は、
「お天道さまと人間は縄で結ばれている。その縄が切れた時が人間の死じゃ」と新聞のインタビューに堂々と答えた人物でもある。
1986年に彼は亡くなったが、その翌年8月4日に南フランスのアルルの女性ジャンヌ・ルイ—ス・カルマンによってその記録は破られた。
カルマンさんは121歳154日間の長寿記録を更新した。
女性ではカルマンさん、男性では泉さんがそれぞれ世界記録を保持している。
生前公表された彼の「長寿十訓」というものがあるので紹介します。
一、万事、くよくよしない。
二、腹は七、八分目。
三、酒は適量、ゆっくりと。
四、目がさめたら深呼吸。
五、やると決めて、規則ただしく。
六、自分の足で、散歩に出よう。
七、自然が一番、さからわない。
八、誰とでも話し笑う。
九、年は忘れて、考えない。
十、健康は、お天道さまのおかげ(ご先祖さまに感謝)」。
この「長寿十訓」は高齢者のバイブルでもある。人生の後半 (始まり)はこうして、明るく、笑顔で生きることがお年寄りの神から与えられた使命なのかもしれない。
今、元気なお年寄りが多い。
もしかすると今のわたしたちには90歳〜100歳近くまでは生きることは難しいかもしれないが、現代の80歳〜100歳近くの人々は長寿記録を次々に更新している。まさに高齢者の時代でもあるのだろう。
現在、100歳以上は約4万人を突破したという。
私の師匠の故豊沢豊雄初代発明学会会長も102歳まで生きた。
さらに驚くべき事は最後まで生涯現役のままこの世を去っていったことだ。
彼の口癖は、杖はあるが自分で歩ける事は素晴らしい・・。
耳が聞こえなくなったが、その分感じる力が強くなった・・。
手足に力が無くなったが、自分で箸が持てる・・。
目が見にくくなり、周りがぼけているが文字はまだ読める・・。
何よりも、100歳を越えなければ誰にもわからない感覚というものが身に着いてきた。
朝の空気が美味しい、今日も仕事ができることが嬉しい、文章が書きづらく、遅くなったが、その分じっくりと丁寧になった。
食べ物は多く食べれないが、美味しく感じるようになった。
自然や花が美しく感じるようになった。
このような感覚は若い人にはわからないだろう。どうだろう?とても人生を前向きに生きている人の素晴しい言葉を残してくれた。
そして、こんな言葉も残してくれた。
「ワシもいずれ動けなくなる時が来るだろう・・。しかし、だが頭さえしっかりしておれば、想像することはまだできる。創造することもできる。動けなくなったとしても、自分で考える事ができる。人間はどんな状況になっても自らが生きる喜びは見いだせるはずだ。いつまでも考えることのできる人間は幸せだ」という。
このような考え方は別に豊沢会長だけではない。
高齢者と呼ばれ、現役で活躍している生涯現役高齢者のほとんどが、自らの衰えを悲観せず、小さな事にもくよくよせず、明るく未来をしっかりと見つめている点が共通点だといえる。
90歳を超えても、生涯現役を唱えている高齢者たちは、ある意味若い人たちの希望でもある。なぜなら長生きが、単なる運命だけてはなく、その人たちは神から与えられた寿命でもあり、それは言葉を変えれば《選ばれた人》でもあるからだ。
よく、
「私は長生きなんかしたくない・・」
「人生は体が自由に動ける時までで良い・・」
「もう、いつ死んでもかまわない・・」
「歳をとってまで長生きしたくない・・」という人たちも多いが、本当にそう思うなら、病院通いや薬を飲む事をやめればいい・・。
おそらくこの人たちは皆そう自分に言い聞かせながらも、最終的には、「今はまだ死にたくない・・」、というのが本音なのでしょう。
人間は考えることができるから幸せ感を感じたり、物事に感謝ができる。
どんなに年老いたとしても考えることができる人は幸せである考えることが出来る人の人生は素晴らしいことだ。
たとえ、身動き出来なくなったとしても考えることが出来る人の人生はいくつになっても貴重な財産である。
ただし、物事を何でも否定的に捉えたり、悪く考えたり、愚痴ばかりの人は逆である。
「最後の人生なのだから、ワシは多くの人に希望や元気を、夢を与えて死んでいく、それが老人の大切な使命なんじゃ」、故豊沢豊雄会長は亡くなる前に語っていた言葉です。
最後に生前、豊沢会長からいただいた手紙にこんな言葉も残されていましたのでご紹介します。
豊沢豊雄生涯現役十訓
「豊沢豊雄生涯現役十訓」というものがある。
一. 老人よ、人を誉めよ
二. 老人よ、モノ(食べ物や植物や自然)を誉めよ
三. 考人よ(老人には長い経験がある)知恵を出せ
四. 老人よ、今こそ創造(想像)せよ
五. 老人よ、笑え
六. 老人よ、くよくよするな(若者に負けるな)
七. 老人よ、もっと、もっと人を好きになれ
八. 老人よ、もっともっと喜べ(感謝しろ)
九. 老人の合言葉「まだまだ」
十. 老人はみな鍛えられた兵である。
どうして、歳をとると自分を卑下したり、思うように動けないことに対して嘆いたり、愚痴ばかりいうのだろう。
どうして、最後の人生をおもいっきり楽しんで生きないのだろう・・。
身体が不自由になると、誰もが悲観的になるのだろうか?いや、その人の性格によるものだろう。ならばその性格を変えて見れば良いかもしれない。
こんなリストを紹介します。この人たちは生涯現役で90歳、100歳を超えて活躍した人物達です。
「六十、七十はなたれ小僧、男盛りは百から、百から」
「今やらねばいつできる、おれがやらねばだれがやる」
(107歳・木彫家・平櫛田中)
『人間いつかは死ぬんやから、死ぬことなんか考えないの』
(107歳・禅僧・大西良慶)
「六十代までは修行、七十代でデビュー、百歳現役」
(105歳・日本画家・小倉遊亀)
生涯現役で90歳、100歳近くまで活躍した人物は多く存在している。
小倉遊亀、北村西望(彫刻家105)、片岡球子(102)ら画家、芸術家には長寿で、90歳代は多すぎて書き込み不能ですが次のようにまとまてみました。
岩谷直治(岩谷産業創業者・102)
岡野喜太郎(スルガ銀行創業者・101)
中山素平(日本興行銀行元頭取・99)
御木本幸吉(ミキモト創業者・)
松永安左エ門(電力の鬼・95)
瀬島竜三(伊藤忠元会長・95)
出光佐三(出光石油創業者・95)
松下幸之助(パナソニック創業者・94)
土光敏夫(東芝会長、経団連会長・91)
大西良慶、松原泰道(100、現役)
江崎利一(グリコ創業者・97)
杉山金太郎(豊年製油現・J-オイルミルズ創業者・97)
蟹江一太郎(カゴメ創業者・96)
三島海雲(カルピス創業者・96)
安藤百福(日清食品・96)
黒沢酉蔵(北海道酪農の父、雪印乳業創業者・96)
茂木啓三郎(二代)(キッコーマン発展者・94)
美智子皇后の父である正田英三郎(日清製粉発展者・95)
プリンスメロンやアンデスメロンを作った坂田武雄(サカタのタネ創業者・95)
文化納豆など納豆研究の先駆者・半沢淘(まこと)(東北大教授・94)
プロスキーヤー・三浦敬三(101・三浦雄一郎の父)のように100歳でスキー滑走をしたり、100歳でゴルフを続けた医師・塩谷信男(105)、
日野原重明(現役医師)110歳まで生涯現役を続けると宣言、100歳で筋力トレーニングを開始した。
まだまだいますが、この辺で・・。
老いるということは、素晴らしきこと。
老いるということは、後に続く若者たちに自分の生きざまを記憶させること。
老いるということは、若者たちに未来の自分の姿を教えてあげること。
老いるということは、生かしてくれている神に感謝すること。
老いるということは、老いた者にしかわからない素晴らしい特別な感覚が起きていること。老いるということは、他の者に希望を与えること。老いるということは、老いたことに喜びを感じ、自分に感謝すること。老いることは、恥ずべきことでなく、人間の生命の尊さと敬意とお手本である。
老人はみな鍛えられた兵である。
では、またあしたね!
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