見出し画像

24.あなたは、しあわせの杖を持っていますか?

「幸せの杖」

三十年前の話。私は新宿駅の構内にいました。当時私はこの構内で歩いている人を見ながらデッサンの練習をしていました。モデルがいて止まったままのデッサンではなく、人が歩いている通路や改札口が中心で、人の動きを瞬時にとらえて、スケッチブックにスケッチをします。最初の頃は何人かの友人と一緒に描いていましたが、やがて皆は止めてしまい、いつのまにか一人で描くようになりました。
この訓練は、とてもむずかしいのですが、私に絵を教えてくれた先生からのすすめで始めるようになったものです。
ある日、何時間も駅内の片隅でたったままの女性がいました。その子はある一点、遠くを見つめたまま何かを考えているようでした。駅内は人の流れが激しく、止まっている人は逆に目立ちます。
一体、何をしているのでしょう?なぜか妙に気になりました。
そこで、失礼と思ったのですが声をかけてみました。「何かありましたか?大丈夫ですか…」。
突然の声かけのため、相手は怯える恐れがあったかもしれません…。
すると、
「え、ごめんなさい。何もありませんよ!大丈夫です。ありがとうございます…」と不思議そうな顔をして笑顔で答えてくれました。
「こちらこそ大変失礼をしました…。」
「でも…。」
すると女性は恥ずかしそうに答えるのです。
「実は、音を聞いているんです。人ごみの中の雑踏の中で、まるで滝の中にいるようで、何か生きているんだなあっていう気がするんです。」
この女性は千葉県から一人で来たといいます。
「もう少しいたら帰ろうと思っているところです。ありがとうございます、ご心配していていだいて…」
「でも、みんなどんな顔をしているんでしょうね…」
よく見てみると、手には白い杖を持っていました。
私は少し後悔をしてしました。失礼なことを言ってしまったと深く落ち込みかけました。
この女性の姿は今、流行りの赤のミニスカート、白のシャツ、白のバックを持ち、髪は茶系に染めて、お化粧もきちんとし、メガネ類はかけていません。耳には苺のイヤリングをつけていて、まったく普通の女の子の格好をしているため、目が見えないとは気づかなかったのです。
私は嫌悪感でいっぱいになっていました。

すると、「わたし今、十七才です。二十才になったら結婚しようと思っています。わたしの夫になる人は下半身が動きませんが、目は見えます。彼にわたしの目になってもらい、わたしは彼の身体になるつもりです。二人で誰の世話にもならずしっかりと生きて行こうと考えています。ですから、田舎育ちのわたしは、それまでに都会の人ごみの中で訓練をしているんです。それにしても色々な声や音があるんですね。あなたも何かをなさっていたんですね…」
私はそのとき、彼女に彼女の姿を描いた絵をプレゼントしました、そこに住所と名前をサインを入れました。
タイトルは「幸せの杖」としました。

あれから三十年、一通の手紙と写真が届いきました。その写真には元気なあのときのまま十七才の面影と、三人のこどもたちと夫の写真が同封してありました。
その文面には、「わたしは目の見える人よりも、数百倍の幸せを送っています。最近、『幸せの杖』を改めて感じています。
あのとき声をかけてくれてありがとうございました。あなたも幸せの杖、見つけてくださいね。決して遅くはありませんよ…。」

私は驚いてしまった。今の私には当時の彼女を想い出そうとしても想い出すことができないくらいの時と人生を送ってしまったからです。しかし、この写真であの時のことが鮮明に想い出すことができました。
あれから三十年。一度捨てた絵でしたが、もう一度ペンを握り、もう一度絵を描いてみようと想いました。
あの日、あの時、わたしも『幸せの杖』を持っていたはずです。

「…決して遅くはありませんよ…。」
私は自分の『幸せの杖』をいつのまにか、どこかに置き忘れてしまっていたようでした。
私は、あの頃の自分にもう一度戻れる気がしました…。

画像1

coucouです。私は絵を描き始めました!みんな、ありがとう。ごきげんよう!

この記事が参加している募集

#眠れない夜に

69,470件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?