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160.私のような老婆でも、少し世の中に役に立つ場合もあるのかもしれないわ。

宝くじ売り場のおばあちゃんの物語①


もう、10年近くになるかしら、この狭い空間の中で一人ぼっちの仕事場。

でもね、私には向いていると思う。

一般的な仕事場の中での軋轢とか、嫌がらせとか、セクハラなんてないしね。でもね、最近は年老いたせいかこの箱からの出入りに苦労しているの。

だってね、小さな机ひとつと、椅子と金庫しかない部屋だから。

えへへ、私は箱入り娘というおばちゃん、
宝くじ売り場のばあちゃんだからさ。


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豪徳寺招猫殿脇の招福猫児 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

毎日毎日、この狭い箱の小窓の中から外を眺めていると、人間は不思議な動物だなあ、と思うようになった。同じ場所に長くいると、子どもたちの成長や、たくましくなった男の子や、とても美しくなった女の子たちの変化がよくわかるからね。


そういえば、もう随分と娘や孫たちとあっていないわ。567のせいで誰とも会わなくなったよ。

この宝くじ売り場の前にはきれいな花屋があってね、いつもみとれているのよ。私だって若い頃は、男たちから花束を随分と貰った覚えがあるわ。

どうして、そんな仕事を続けているのか?って。

楽しいかって?

そんなこといったって生きて行かねばならないし、仕事など楽しいわけがない。でもね、この箱から見える小さな窓は映画のスクリーンのように感じるときがあるのよ。

もちろん、言葉やナレーションなどないけれど、その画面には様々なドラマが上映されているのよ。毎日が同じように見えても何かしら違う景色を感じるのよ。

えっ、嫌なことはないの?って、当たり前じゃあない、嫌な事ばかりよ!どんなことと聞かれたら、もちろん、我儘なお客さまたちさ。特に威張っている奴は最低だね。ここは唯一、仮面が外れる人間の本性を垣間見える場所だからね。

それに、みんなどうして宝くじを買いに来るのか不思議だよ!こんなこといったら会社にばれたらすぐさまクビになっちまうけどね。

567の拡大で大不況に陥っているのに、不要不急だというのに年末ジャンボ宝くじなど、我先に行列となる、おかしいね、人間は。

大体、宝くじを買おうという人たちは変な人ばかりだよ!

連番で数10万円も買う人も入れば、わずか1000円で数枚買う人もいる。今日は、バラで5万円も買った人がいたよ。

私はお礼の意味も込めて「当るといいですね、当りますように…」といったら、「ばあさんにそんなこと言われたら運がなくなるから余計な事を言わないでくれよ!」なんて捨てセリフをいう奴がいた。


でもね、そんな人ばかりだよ!

だいたいね、宝くじを買おうとする人はみな一攫千金を夢見て、妄想に陥る人ばかり。私からみれば甘ったれた魑魅魍魎にしか見えないよ。
まあ、ろくでもない連中さ。


これが私のようなばあさんでなく若い女の子が対応するならそんな言葉を吐いたりしないだろうけれどね。でも、若い人には勤まる仕事ではないよ!だって夢や希望などないのだからね。この仕事は男性にも向かないし、年老いた女性向きの仕事だから。

ああ、もう10年近く過ぎて行く。


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箱の窓から見える景色も同じように見えるけど、私もかなり年を老いたけど、道行く顔なじみの人たちの顔からは白髪やシワが目立つようになってきたね。

「ねえ、ねえ、おばちゃん」

えっ?おばあちゃんはここに居るけれどおばちゃんなんてどこにもいやしない。ませた子どもだ。(中学生に見えた)
「はい、はい、なんでしょう?」
「当る宝くじをちょうだい!」
「そんなことわからないよ、誰にもね!」

少年は周りを面白そうに眺めていた。そして深く考えているようなそぶりをして、「はい、1000円」

「1000円分欲しいというのかい?」
「うん…。いっぱい欲しい!」
「そう、では1枚100円の宝くじ10枚でいいかい」
「うん。ねえ、おばあちゃん、きっと当たるね…」
「そうだね、あなたが良い子だからきっと当たるかもね…」

私は、いつもの商売のような気がして少しばかり胸が痛んだ。だって、10枚買っても針の穴を通すぐらいの確率だからだ。それに生きていたとしたら丁度、私の孫ぐらいの年の子だ。孫は昨年、突然死という奴で何の原因もわからぬままこの世を去ってしまった。私は少しばかり涙が零れそうになっていた。
「当ったら何を買うのかい?」
「お母さんのお母さんにお金をあげたいんだ…」
「何のために?」


少年は何も答えなかった…。

私は嬉しそうに宝くじを胸に抱きながら帰る後ろ姿を見ていて神さまに祈った。
「当ってあげてください」と。深く祈り続けた。

私はその晩一睡もできずに孫の顔を想い出し続けていた。そういえば、私の孫も、私のことを「おばあちゃん」とはいわなかった。「おばちゃん」と言っていたことを想い出した。それに何が意味のあることかはわからないが、不思議に思えた。

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とこなめ招き猫通り(とこなめまねきねこどおり)は、愛知県常滑市にある通り。名鉄常滑線常滑駅から常滑市陶磁器会館へ向かう道路である。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


あれから数か月過ぎた。

私には販売した宝くじの番号の控えを持っている。高額の当選者が出た場合に「当店から○○百万円の当選が出ました」という大きな張り紙をするからだ。
私は少年の宝くじの番号を調べた。
すると、5万円と2000円、200円が三枚、合計52600円当選していたことがわかった。私は嬉しくて涙が出てきた。何か私が初めて人のために、喜ばれる事をした気がしたからだ。


少年が言った、「お母さんのお母さんにお金をあげたいんだ…」という言葉を思い出す。


何に使うのだろう?

どうして宝くじを渡したかったのだろうか?

おばあさんに頼まれたのだろうか?

それともお金が必要になったからなのか?

私は一日中考え続けた。でも答えなどでないし、答えなどない。
私は嬉しそうに宝くじを持って帰る少年の後ろ姿を鮮明に想い出した。
そう、あれが答えだったのだろう。


宝くじには一瞬の夢があることは事実だ。
当選日までは誰もが心を躍らす。誰もが幸せに浸る。
私の所で数10万円買った人がいたが、その彼には大きな当たりくじは1枚もなかった。確かにいっぱい買えば幸せになる確率が高いのか、といえば必ずしもそんなことはない。問題は金額ではなく夢の大きさにあるのかもしれない。


私のような老婆でも、少しばかり社会に役に立つ場合もあるのかもしれない。本当の幸せは、人が喜ぶことで、何倍の幸せを貰うことができるもの。
私は、嫌われてもいいから「必ず、当りますように!」と心に手を合わせながら宝くじを売るようになりました。

少年は、私の所にお金の交換には来なかったが、きっとどこかで換金しているに違いない、と信じる事にした。
そして、いつの日か、またあの少年に会えるような気がしたからだ。

私の孫に…。


狭い箱のラジオから「駅」が流れた…。


「駅」/作詞・作曲・歌竹内まりや

見覚えのある レインコート
黄昏の駅で 胸が震えた
はやい足どり まぎれもなく
昔愛してた あの人なのね
懐かしさの一歩手前で
こみあげる 苦い思い出に
言葉がとても 見つからないわ
あなたがいなくても こうして
元気で暮らしていることを
さり気なく 告げたかったのに…

二年の時が 変えたものは
彼のまなざしと 私のこの髪
それぞれに待つ人のもとへ
戻ってゆくのね 気づきもせずに
ひとつ隣の車輌に乗り
うつむく横顔 見ていたら
思わず涙 あふれてきそう
今になって あなたの気持ち
初めてわかるの 痛いほど
私だけ 愛してたことも

ラッシュの人波にのまれて
消えてゆく 後ろ姿が
やけに哀しく 心に残る
改札口を出る頃には
雨もやみかけた この街に
ありふれた夜が やって来る

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※シリーズ7部作「夢売人」

160.私のような老婆でも、少しは世の中に役立つ場合もあるのかもしれないわ。
161.ああ、神さまなんて、この世にはいないのよ!
184.私はね、花売り娘、いえ夢売り娘です。
185.兄さん、兄さん、100万円、100万円当たったんだよ!
186.私の若い頃はね、とても可愛くて人気者だったのよ!
187.今日は私の最後の日、今日でお別れとなりました。

 


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本のURL
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