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200.国交のない国の著作権は守らなくていいんだよ!だけどね…。

※注 この著作権noteは2004年からの事件を取り上げ、2005年、2006年と取り上げ続け、現在は2007年に突入。今後はさらに2008年から2020年~2022年に向けて膨大な作業を続けています。その理由は、すべての事件やトラブルは過去の事実、過去の判例を元に裁判が行われているからです。そのため、過去の事件と現在を同時進行しながら比較していただければ幸いでございます。時代はどんどんとネットの普及と同時に様変わりしていますが、著作権や肖像権、プライバシー権、個人情報なども基本的なことは変わらないまでも判例を元に少しずつ変化していることがわかります。
これらがnoteのクリエイターさんたちの何かしらの参考資料になればと願いつつまとめ続けているものです。また、同時に全国の都道府県、市町村の広報機関、各種関係団体、ボランティア、NPО団体等にお役に立つことも著作権協会の使命としてまとめ続けているものです。ぜひ、ご理解と応援をよろしくお願い申し上げます。
                           特非)著作権協会

1.週刊少年マガジン「メカバカ」は「デスノート」からの盗作?


2008年12月12日。マンガ盗作で講談社が謝罪した。

講談社はマンガ雑誌『週刊少年マガジン』1月11日増刊号「マガジンドラゴン」の中に、他の漫画から盗用した作品があったとして、ホームページ上で謝罪。作品は豪村中さんの雑誌でビュー作「メガバカ」。

読者からの指摘で盗用が発覚し、作者もその事実を認めたという。

編集部は「二度とこのようなことが起こらぬよう新人漫画家への指導を厳しくする」という。

この作品「メガバカ」の盗用内容は、登場人物のポーズや構図がヒット作品「DEATH・NOTE」( デスノート)など複数の作品に酷似していると指摘されていたという。

ポーズもレイアウトもおんなじ、盗作ですね、完全な。



ここまではやりすぎですね。

「デスノート」盗作で少年マガジン編集部謝罪12月22日18時42分配信 産経新聞 マンガ雑誌「週刊少年マガジン増刊 マガジンドラゴン1月11日増刊号」に掲載された作品に、大ヒット作品「デスノート」(大場つぐみさん原作、小畑健さん作画)などからの盗用が多数あったとして、発行元の講談社が謝罪していたことが22日、分かった。 問題となっているのは同誌に掲載された豪村中さんの「メガバカ」。(略)掲載誌発売直後から登場人物のポーズや構図が「デスノート」や「多重人格探偵サイコ」(略)などの人気作品に酷似しているとの指摘が噴出。盗用とみられる部分は作品36ページの大半を占め、編集部が調べたところ盗用の事実が確認され、さらに作者の豪村さんも認めたことで、公式ウェブサイト上で謝罪した。(略)編集部では(略)「新人漫画家への指導を厳にする」としたうえで、「読者や関係者の方々にご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます」と謝罪した。


2.北朝鮮文化省機関が、日本テレビとフジテレビに放送差し止めと損害賠償請求した。

国交のない国の著作権は守らなくていい!

北朝鮮がベルヌ条約に加盟していたとしても日本は国家として承認していない……しかし……。

 

国交のない国の映画の著作権は日本国内で守らなくていい!

こんな裁判が、2008年12月18日東京地裁 (阿部正裁判長)が判決を出した。
しかし……。

この裁判は以前にもサエラで紹介した北朝鮮文化省傘下の行政機関で、著作権者でもある 「朝鮮映画輸入社」 (平壌市)と、映画の日本国内で管理をまかされている「カナリオ企画」(東京都)が、「番組内容で北朝鮮映画の映像を無断で流されたとして、日本テレビとフジテレビに放送差し止めと、550万円ずつ計1100万円の損害賠償を求めた裁判だった。

当時、マスコミ各社はほとんどの北朝鮮の映像を無断で流していたため戦々恐々していた。

しかし、問題は、朝鮮映画輸出社に、日本で裁判を起こす「当時者能力」があるかどうかという点が争点になっていた。

被告であるテレビ局側の主張は、

「日本の民事訴訟では、『本国の法』で権利能力がありとされる者には当事者能力を認めている。輸出社が北朝鮮法で権利能力が認められているとしても、北朝鮮という未承認国の法は『本国の法』ではない」しかし、原告は「未承認国であるか否かを問わず、当事者能力は認められる」と反論。

しかし、阿部裁判長は「未承認国の法でも、その他において現実に施行され、適用されている」として原告に軍配を上げた。

裁判内容はとても複雑でよくわからないことがあるが、国著作権保護の国際条件「ベルヌ条約」には北朝鮮も日本も加盟している。つまり、未承認国だが、ベルヌ条約に入っているため、日本の著作権法でも保護されると原告側は主張。被告側は「日本は北朝鮮を国家として承認していないから、ベルヌ条約にたとえ加盟していたとしても、条約上の権利義務関係は生じない」と反論。

2003年に文化庁は、「わが国は北朝鮮を承認していないから条約上の権利義務関係は生じない。わが国は北朝鮮の著作物についてベルヌ条約に基づき保護すべき義務を負わない」という見解を示していた。

今回の東京地裁の最終見解は、文部科学省とほぼ同様の答えを出した。

しかし、北朝鮮文化省は、「わが国は日本国の著作権についてベルヌ条約に従って保護する意思は有している」

「かりに日本国において相互順守ができないことが確定した場合には遺憾に思うと同時に、われわれにとって日本国の著作権を保護する義務がなくなるであろうことを憂慮している」という。

最終的に阿部裁判長はこう結んだ。

「多国間条約の条項のうち、ジェノサイド (民族大量虐殺)条約一条の『集団殺害の防止』や拷問等禁止条約二条『拷問の防止』のように国家の便宜を超えて国際社会全体への義務を定めているものは未承認国との間でも適用が認められているが、著作権保護は国家の枠組みを超えた普遍的に尊重される価値を有するものと位置づけるのは困難」として原告の主張を退けた。

日本国内の管理をまかされているカナリオ企画は、「北朝鮮における日本の映画、アニメなどの著作権はどうなってしまうのか。著作権を持つ(日本の) 人々を、国が見放してしまった」と話す。

さらに、だれかが、北朝鮮にサーバーを置き、無断で日本映画をインターネット販売するケースが起こったらどうするのかと危惧している。

また、「北朝鮮を国家として認めていないフランスの映画配給会社が著作権保護を前提に取引きしており、米国のプロダクションも同様の動きを見せている。イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、ベルギー、スイスなどが北朝鮮映画の版権売買に参加してもらっている。日本も、北朝鮮の著作権を保護しつつ、北朝鮮に対し、日本の著作権を保護するよう働きかけるべきではないでしょうか」と問いかけている。近く提訴するという。

だが、たとえ未承認国であろうが、個人の著作物は保護されるべきと我々は考える。

たしかに日本の著作物が未承認国では自由に無断使用される恐れのあるものかもしれないが、国としても真剣に取り組む時期がきている。

今、マスコミ各社、テレビ局はなりを潜めてこの裁判の動向を伺っている。


※終わりに判決文を参考につけてあります。
参考資料としてお目をお投資ください。



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判決文

平成19年12月14日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成18年(ワ)第5640号 著作権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成19年9月3日
判 決
朝鮮民主主義人民共和国平壌市<以下略>
原 告 朝 鮮 映 画 輸 出 入 社
東京都調布市<以下略>
原 告 有 限 会 社 カ ナ リ オ 企 画
上記両名訴訟代理人弁護士 齊 藤 誠
同 金 舜 植
同訴訟復代理人弁護士 石 川 美 津 子
東京都港区<以下略>
被 告 日本テレビ放送網株式会社
同 訴 訟 代 理 人弁 護士 松 田 政 行
同 山 元 裕 子
同 吉 羽 真 一 郎
同 上 村 哲 史
同 足 立 格
主 文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告は,別紙映画目録記載の映画を放送してはならない。
(2) 被告は,原告ら各自(原告らの連帯債権)に対し,550万円及びこれ
に対する平成18年3月29日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年
5分の割合による金員を支払え。
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 本案前の答弁
本件各訴えをいずれも却下する。
(2) 本案の答弁
原告らの請求をいずれも棄却する。
第2 事案の概要
本件は,朝鮮民主主義人民共和国(以下「北朝鮮」という。)の国民が著作
者である映画を,被告が,その放送に係るニュース番組で使用したことについ
て,原告朝鮮映画輸出入社(以下「原告輸出入社」という。)が,被告の上記
行為は,同映画の著作権者である原告輸出入社の著作権(公衆送信権)を侵害
し,かつ,今後も侵害するおそれがあると主張して,被告に対し,いずれも北
朝鮮の国民が著作者であり,原告輸出入社が著作権を有すると主張する上記映
画を含む別紙映画目録記載の各映画(以下「本件各映画著作物」という。)に
ついて,侵害の停止又は予防として放送の差止めを請求し,また,原告らが,
被告の上記行為は,原告輸出入社の著作権及び本件各映画著作物の日本国内に
おける使用等につき独占的な利用等の権利を有している原告有限会社カナリオ
企画(以下「原告カナリオ」という。)の利用許諾権を侵害する不法行為に当
たると主張して,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償請求として,原告ら
各自(原告らの連帯債権)に550万円(無断使用による損害の内金500万
円及び弁護士費用50万円)及びこれに対する遅延損害金を支払うよう請求す
る事案である。
これに対し,被告は,本案前の答弁として,原告輸出入社に当事者能力がな
いことを理由に訴えの却下を求めるとともに,本案の答弁として,北朝鮮の国
民が著作者である著作物(以下「北朝鮮の著作物」という。)は我が国が条約
により保護の義務を負う著作物(著作権法6条3号)に当たらないなどと主張
し,請求棄却を求めている。
1 争いのない事実等(証拠を掲げていない事実は当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
ア 原告輸出入社は,北朝鮮の憲法に基づいて登録及び保護されている北朝
鮮文化省傘下の行政機関である。(甲1の1ないし3)
イ 原告カナリオは,実写映画,アニメーション映画,テレビ映画,コマー
シャルフィルム,グラフィックデザインその他の映像等の企画,製作,請
負,配給,売買,貸借,輸出入,管理及びあっせん仲介等を目的とする有
限会社である。(弁論の全趣旨)
原告カナリオは,原告輸出入社との間で,平成14年9月30日,原告
輸出入社が著作権を有する北朝鮮の国内で製作された映画(以下「北朝鮮
映画」という。)について,その日本国内における独占的な上映,複製及
び頒布を,原告輸出入社が原告カナリオに許諾することなどを内容とする
映画著作権基本契約(以下「本件映画著作権基本契約」という。)を締結
した。(甲2)
ウ 被告は,放送法による一般放送事業及びその他の放送事業等を目的とす
る株式会社である。
(2) 北朝鮮のベルヌ条約加入
北朝鮮は,平成15年1月28日,世界知的所有権機関事務局長に対し,
文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(以下「ベルヌ条約」と
いう。)の加入書を寄託した。同事務局長は,同日,その事実をベルヌ条約
加盟国に対し通告し,これにより,ベルヌ条約は,同通告の3か月後である
同年4月28日から,北朝鮮について効力を生じた(ベルヌ条約28条(2)
(c)及び(3))。
なお,我が国は,昭和50年にベルヌ条約に加入した。(乙4)
(3) 我が国の北朝鮮に対する国家承認の不存在
我が国は,国際法上,北朝鮮を国家として承認していない。
(4) 被告の行為
被告は,平成15年6月30日,「ニュースプラス1」と題するニュース
番組において,別紙映画目録1f記載の「密令027」と題する映画(以下
「本件放送著作物」という。)の映像の一部を,原告らの事前の許諾を受け
ずに放送した。(甲15ないし17)
2 主要な争点
(1) 原告輸出入社は,当事者能力を有するか。
(2) 北朝鮮の著作物は,我が国の著作権法による保護を受けるか。
(3) 原告輸出入社は,本件各映画著作物の著作権を取得したか。
(4) 原告カナリオの利用許諾権の範囲
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(原告輸出入社の当事者能力の有無)について
〔原告らの主張〕
(1) 朝鮮民主主義人民共和国民法(以下「北朝鮮民法」という。)11条1
項は,「民事法律関係の当事者には,独立的な経費予算又は独立採算制によ
り運営する機関,企業所,団体及び公民がなる。」と規定し,同法12条は,
「組織された機関,企業所,団体は,当該機関に登録されてはじめて創設さ
れたものと認められる。機関,企業所,団体は,当該機関に登録されたとき
から民事上の権利を有し,又は義務を負うことができる民事権利能力とそれ
自身が直接実現することができる民事行為能力を有する。」と規定している。
これらの規定にいう「機関」とは,国家行政機関を意味する。原告輸出入社
は,北朝鮮の憲法に基づいて登録及び保護されている北朝鮮文化省傘下の行
政機関であるから,北朝鮮民法11条1項にいう民事法律関係の当事者とな
り得るものであり,また,同法12条により,北朝鮮民法上,権利能力及び
行為能力を有している。
(2) 原告輸出入社の本国法である北朝鮮の法律によって権利能力が認められ
る以上,北朝鮮が未承認国であるか否かを問わず,当然に当事者能力が認め
られるべきである。
したがって,原告輸出入社は,当事者能力を有する。
〔被告の主張〕
(1) 当事者能力の準拠法は,法廷地法によるから,原告輸出入社の当事者能
力の有無は,我が国の民事訴訟法によって判断される。我が国の民事訴訟法
28条によれば,原則として,本国法上権利能力を有する者には当事者能力
が認められる。
しかし,未承認国の法は,ここにいう本国法となり得る資格がないから,
本国法に相当する法が未承認国の法である場合には,未承認国の法を適用す
れば権利能力が認められる場合であっても,当事者能力は認められないとい
うべきである。本件において,本国法に相当する法は,未承認国の法である
北朝鮮民法であり,同法は,本国法となり得る資格がないから,原告輸出入
社は,北朝鮮民法によれば権利能力を有するとしても,当事者能力は認めら
れない。
(2) 上記(1)の点を措くとしても,本国法上権利能力を有していれば我が国で
も無条件に当事者能力が認められると考えるべきではない。以下の点によれ
ば,民事訴訟法28条によって当事者能力が認められるのは,我が国におい
ても権利能力が認められる場合に限られると解するのが相当である。
ア 当事者能力とは,我が国の訴訟手続の主体としてふさわしい者か否かを
画するためのものである。そして,我が国において権利能力が認められな
い者は,我が国の訴訟手続の主体としてふさわしくないから,当事者能力
を有しない。
イ 外国人の当事者能力の準拠法を法廷地法とした趣旨は,内外人平等の原
則に適合し,裁判手続の画一的運用及び公平迅速な遂行を図ることができ
るという点にある。本国法上権利能力を有している限り,いかなる場合で
も当事者能力が認められると解することは,法廷地法ではなく属人法によ
って当事者能力の有無を判断することと等しく,上記の趣旨を没却するこ
とになる。
原告輸出入社は,北朝鮮文化省傘下の行政機関であり,我が国では,この
ような行政機関は権利義務の主体となり得ず,権利能力が認められていない。
したがって,原告輸出入社は,北朝鮮民法によれば権利能力を有するとして
も,我が国において権利能力が認められる者ではないから,当事者能力を有
しない。
2 争点(2)(北朝鮮の著作物の我が国の著作権法による保護の可否)について
〔原告らの主張〕
(1) ベルヌ条約の締約国は,他の締約国の著作物を保護する義務を負う。
北朝鮮がベルヌ条約に加入しその締約国となった以上,同条約の締約国で
ある我が国は,北朝鮮の著作物である本件各映画著作物を保護する義務を負
うことになったことは明白である。著作権法6条3号は,「条約によりわが
国が保護の義務を負う著作物」が我が国の著作権法による保護を受けると規
定しており,本件各映画著作物がこれに該当することは明らかである。
(2) 我が国が北朝鮮を国家として承認していないことは,上記(1)のように解
する妨げとなるものではない。
北朝鮮が国家としての資格を事実上備えていることは明白であるから,国
家承認の有無にかかわらず,我が国が北朝鮮に対してベルヌ条約上の義務を
負うと解することは国際法上可能である。このことは,外務省の公式見解に
おいても,「多数国間条約のうち,締約国によって構成される国際社会(条
約社会)全体に対する権利義務に関する事項を規定していると解される条項
についてまで,北朝鮮がいかなる意味においても権利義務を有しないという
わけではない。」という留保が付されていることからも明らかである。
特に,多数国間条約が私人間の権利義務に関する事項を規定し,かつ,私
人間の権利義務が裁判上の重要な判断の前提となっている場合には,私人の
生活関係や権利義務を尊重するという国際正義の観点から,裁判所は,積極
的に司法権を行使すべきであり,我が国が未承認国に対しても条約上の義務
を負っていることを前提とした法解釈を行うべきである。
このように解しても,国家承認に関する行政府の政策決定権限を侵害する
ことにはならない。実際にも,我が国の裁判実務において,未承認国の法律
を準拠法として適用した事例が多数存在するように,行政府が承認していな
い国であっても,判決における判断において当該国の存在を前提とした措置
をとることが少なくない。
本件において問題となっているベルヌ条約は,私人の著作権という重要な
権利を主な対象とする多数国間条約であり,著作者の権利を保護するという
普遍的価値を有する命題に関する事項を規定するものである。そして,ベル
ヌ条約の締約国は,上記の命題に対し,あらゆる手段を尽くすことが要求さ
れる国際同盟を構成するとされている。したがって,北朝鮮がベルヌ条約に
加入したことにより,著作権に関して我が国と北朝鮮とは同盟関係にあると
認められ,我が国は,この同盟関係に従って,北朝鮮に対しベルヌ条約上の
義務を負うと解するのが相当である。
(3) 文化庁は,我が国が台湾を国家として承認していないにもかかわらず,
台湾が世界貿易機関を設立するマラケシュ協定(以下「WTO協定」とい
う。)に加入し,知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(以下「TRI
PS協定」という。)が台湾に発効したことを理由として,台湾と我が国と
の間に相互に著作権及び著作隣接権の保護が認められる関係が生じ,台湾の
国民である著作者の著作物(以下「台湾の著作物」という。)が我が国にお
いて保護される旨の見解を示している。
一方,文化庁は,平成15年4月22日,同じ未承認国である北朝鮮の著
作物に関し,我が国はベルヌ条約に基づいて保護すべき義務を負うものでは
ないとの見解を示している。
このように,文化庁の見解は,同じ未承認国であるにもかかわらず,台湾
と北朝鮮との間で取扱いを異にしており,明らかな齟齬が認められる。
未承認国である台湾の著作物を保護するのであれば,同じく未承認国であ
る北朝鮮の著作物も保護すべきである。
(4) 最高裁判所は,外国人の特許権及び特許に関する権利の享受につき相互
主義を定めた旧特許法(大正10年法律第96号)32条について,同条に
いう「其ノ者ノ属スル国」は,我が国によって外交上承認された国家に限ら
れるものではないと判断して,未承認国との間でも相互主義を適用した(最
高裁昭和49年(行ツ)第81号同52年2月14日第二小法廷判決・最高裁
判所裁判集民事第120号35頁。以下「52年最高裁判決」という。)。
52年最高裁判決の法理によれば,我が国は,未承認国である北朝鮮に対
しても,ベルヌ条約上の義務を負うというべきである。
(5) 北朝鮮著作権法5条は,「朝鮮民主主義人民共和国が締結した条約に加
入した他の国の法人若しくは個人の著作権はその条約によって保護する。」
と規定し,北朝鮮文化省は,同国において日本の著作物を保護するとの意思
表明をしており,この意味からしても,我が国においてもベルヌ条約に従い
北朝鮮の著作物を保護すべきである。北朝鮮の著作物を条約上の義務として
保護し,同国に対しても我が国の著作物を保護するよう国際的な働きかけを
するのが妥当である。
北朝鮮の著作物が我が国において保護されないということになると,北朝
鮮映画を我が国において無断で上映しても良いという結果を招くことになる
と同時に,北朝鮮において日本の映画が無断で上映されたり,インターネッ
トを通じて直接日本国民に販売されたりするといった事態も生じ得る。
北朝鮮国内に置かれたサーバーからインターネットを通じて日本の映画が
無断で日本国民に販売された場合を想定すると,この場合の準拠法は,我が
国の国際私法上,発信国法及び受信国法になると考えられる。この場合,発
信国である北朝鮮において日本の著作物を何ら保護しないという扱いになる
と,著作権侵害に対する処罰を含む実効的な対処がされなくなり,その結果,
我が国は著作権侵害に十分対応することができず,著作権侵害と評価される
行為を事実上放置することになるといった事態が生じる。
(6) 平成19年5月に開催されたカンヌ国際映画祭において,北朝鮮映画で
ある「ある女子学生の日記」と題する映画が公開された。また,平成18年
10月に平壌国際映画祭が開催され,イタリア,イギリス,ドイツ,フラン
ス,ベルギー,ロシア,スイス等が参加して,北朝鮮映画の版権の売買が行
われた。このような国際市場において,未承認国であるから著作権の保護が
及ばないという論理が通用すれば,国際市場は存立し得なくなるのであり,
反面からいえば,国際市場においては,ベルヌ条約の加盟国が相互に著作権
を尊重し合うことが暗黙の前提となっているということができる。
また,上記の映画「ある女子学生の日記」については,フランスの映画配
給会社であるプリティーピクチャーズが,前記の平壌国際映画祭において版
権を購入し,平成19年11月には,フランス全土において公開されること
が予定されている。フランスは,北朝鮮を国家として承認しておらず,その
国で北朝鮮映画の版権を購入し,その映画をフランス全土で公開するという
事実は,映画という分野において,未承認国の著作権を認めることを前提と
した取引関係が成立していることを証明するものである。
〔被告の主張〕
(1) 未承認国がベルヌ条約のような多数国間条約に加入したとしても,未承
認国には国家としての国際法上の主体性が認められないから,我が国と未承
認国との間には当該条約上の権利義務関係は生じない。
我が国は,北朝鮮を国家として承認していないから,北朝鮮がベルヌ条約
に加入しても,我が国と北朝鮮との間でベルヌ条約上の権利義務関係は生じ
ない。したがって,我が国は,北朝鮮の著作物である本件各映画著作物につ
き,ベルヌ条約に基づき保護すべき義務を負わない。
(2) もっとも,多数国間条約中の特定の条項が,二国間の相互主義的権利義
務関係に帰着することができず,国際社会全体に対して負う義務を規定して
いると解されるような例外的な場合には,未承認国との間でも当該条項が適
用されるとの見解も存在する。
しかし,このような見解においても,例外的な場合に該当するのは,具体
的には,集団殺害の防止及び処罰の約束(ジェノサイド条約1条),拷問の
防止(拷問等禁止条約2条),非核兵器国の核拡散避止義務(核兵器不拡散
条約2条),領土権及び請求権の凍結(南極条約4条)等の条項に限られる。
ベルヌ条約の各条項を,上記の各条項と同種のものと解することはできな
い。ベルヌ条約中の各条項は,二国間の相互主義的権利義務関係に帰着する
ことができるものであり,ジェノサイド条約や拷問等禁止条約等の対世的義
務に関する条項とは全く性質が異なるからである。
したがって,上記の見解に依拠したとしても,ベルヌ条約の条項に関して
は,我が国と北朝鮮との間に権利義務関係は生じない。
(3) 裁判所が,我が国と北朝鮮との間にベルヌ条約上の権利義務関係が存在
することを前提とした法解釈を行った場合には,我が国政府の見解と真っ向
から反する見解を示すことになり,我が国政府の権限を直接侵害する。
すなわち,我が国と北朝鮮との間にベルヌ条約上の権利義務関係が生じる
か,という問題は,我が国と北朝鮮との間にどのような権利義務関係が存在
するか,という一般論に直結する。これは,明らかに条約の締結や我が国の
外交関係に関する事項そのものに関わる問題である。条約の締結や外交関係
の処理は我が国政府の専権であるから(憲法73条2号,3号),上記の問
題は,条約の締結や外交関係の処理に係る権限を持たない裁判所の判断にな
じまない。裁判所は,上記の問題に関しては,三権分立の観点から,我が国
政府の見解を尊重し,自己の権限を抑制的に行使すべきであり,我が国政府
と異なる見解を示すべきではない。
我が国政府は,我が国と北朝鮮との間ではベルヌ条約上の権利義務関係は
生じないとの見解を一貫して採用しており,かかる見解は既に法的な確信に
まで至った我が国政府の法的見解であるということができる。裁判所は,こ
のような我が国政府の見解を尊重すべきである。
(4) 原告らは,我が国と台湾との間に著作権等の保護関係が生じているとの
文化庁の見解が,北朝鮮の著作物に関する同庁の見解と明らかに齟齬してい
ると主張する。
しかし,WTO協定の加入資格は,国家主権の存否とは無関係であり,
「独立した関税地域」としての加入が明文により認められている(WTO協
定12条1項)。文化庁は,このことを前提に,「独立した関税地域」とし
てWTO協定に加入した台湾との間でTRIPS協定に基づく保護関係が生
じていることを示したものである。
文化庁の上記各見解の間には,何ら矛盾はない。
(5) 原告らは,52年最高裁判決の法理によれば,ベルヌ条約の加盟国であ
る日本は,条約上当然に北朝鮮の著作物を保護する義務を負うと主張する。
しかしながら,52年最高裁判決は,我が国と未承認国との間の条約上の
権利義務関係について論じたものではなく,旧特許法32条(現特許法25
条1号)の「其ノ者ノ属スル国」の解釈を行ったものにすぎない。同判決の
事案は,我が国と未承認国であるドイツ民主共和国(東ドイツ)との間でパ
リ条約上の権利義務関係が生じるか否かにかかわらず,旧特許法32条の実
質的相互主義によって東ドイツ法人が保護されたというものである。
このように,52年最高裁判決は,我が国と未承認国との間で条約上の権
利義務関係が生ずるか否かという点について判断したものではないから,本
件とは無関係である。
3 争点(3)(原告輸出入社による本件各映画著作物の著作権の取得の有無)に
ついて
〔原告らの主張〕
(1) 本件各映画著作物は,原告輸出入社が主体となって企画し,製作予算処
置を行い,各映画撮影所に発注して製作されたものであり,原告輸出入社が,
その名義で製作した映像物である。原告輸出入社は,著作権法2条1項10
号の「映画の著作物の製作に発意と責任を有する者」としての「映画製作
者」に該当し,本件各映画著作物の著作者は,映画製作者である原告輸出入
社に対し,当該映画の著作物の製作に参加することを約束しているから,本
件各映画著作物の著作権は,我が国の著作権法29条1項により,原告輸出
入社に帰属する。
(2) 上記(1)によれば,原告輸出入社は,本件各映画著作物の著作権を取得し
たというべきである。
〔被告の主張〕
(1) 原告輸出入社が本件各映画著作物の著作権を取得したとの主張は争う。
(2) 原告輸出入社が「各映画撮影所」に映画の製作を発注したという原告ら
の主張からすれば,原告輸出入社が本件各映画著作物の著作権を原始取得す
ることはあり得ない。
原告らが提出した確認書(甲1の2)によれば,原告輸出入社は,映画製
作機関の「委任」を受けて,著作権と版権を行使する国家映画会社であると
されている。この記載によれば,原告輸出入社は,同社とは別の映画製作者
たる「映画製作機関」から「委任」を受けているにすぎず,映画の企画や予
算措置等を行っていないと解される。
また,原告らが主張するように,原告輸出入社が主体となって企画し,予
算措置を講じたのであれば,本件各映画著作物のクレジットに「企画」や
「製作」として原告輸出入社の名称が表示されるはずである。しかし,本件
各映画著作物のクレジットには,原告輸出入社の名称は全く表示されず,他
の団体の名称が表示されている。このことからすると,原告輸出入社が企画
や予算措置を行ったという原告らの主張は,極めて不自然である。
(3) 原告らは,訴状では,原告輸出入社とは別の映画製作者が製作した映画
であっても,その著作権はすべて原告輸出入社に帰属するため,原告輸出入
社が本件各映画著作物の著作権者であるなどと主張し,また,北朝鮮内にお
いて製作された映画の著作物については,すべて原告輸出入社にその著作権
が帰属すると主張していた。しかし,その後,被告から著作権の取得原因に
関する求釈明を受けると,原告らは,企画や予算措置を行ったから原告輸出
入社が著作権者であるなどと,その主張を変遷させた。
このように,本件各映画著作物の著作権の取得原因に関して,原告らの主
張には看過し得ない重大な変遷があり,また,そのような変遷が生じたこと
について合理的な理由も認められないから,原告らの主張は到底信用するこ
とができない。
4 争点(4)(原告カナリオの利用許諾権の範囲)
〔原告らの主張〕
(1) 原告カナリオは,原告輸出入社との間で,本件映画著作権基本契約を締
結し,同契約に基づき,本件各映画著作物について,日本国内における上映,
複製,放送及び頒布等についての利用許諾に関する権利を専有し,独占的な
利用許諾に関する権利を有する。
(2) 本件映画著作権基本契約においては,契約書の文言上は「上映,複製,
頒布」のみが記載され,「放送」の記載はないものの,原告らの間では,以
下の内容を確認している。
ア 本件映画著作権基本契約において原告輸出入社が原告カナリオに許諾し
た本件各映画著作物の著作権に関して「上映,複製ならびに頒布の権利」
とあるのは,日本国内における公衆送信及び公衆伝達を含む,本件各映画
著作物についての劇場上映権,ビデオ・DVD製作権,テレビ放映(地上
波,BS,CS,携帯映像)等の著作権に関するすべての権利を意味する。
イ 原告輸出入社は,本件映画著作権基本契約の契約期間中においては,自
ら日本国内における上映,複製及び頒布の権利を行使しない。
〔被告の主張〕
本件映画著作権基本契約において原告輸出入社から原告カナリオに許諾され
ているのは,契約書の文言からみて「上映,複製,頒布」のみであり,放送に
ついては許諾されていない。
第4 当裁判所の判断
1 争点(1)(原告輸出入社の当事者能力の有無)について
(1) 前記第2の1(1)アに記載したとおり,原告輸出入社は,北朝鮮の行政機
関である。このような外国の団体が我が国の民事訴訟において当事者能力を
有するか否かは,国際民事訴訟法上の問題であるから,どの国の法が適用さ
れるかを決定する必要がある。
当事者能力とは,民事訴訟において訴訟関係の主体である当事者となるこ
とのできる一般的な資格をいい,訴訟法(手続法)上の概念である。そして,
手続については法廷地法によるべきであるから,手続法上の概念である当事
者能力については,法廷地である我が国の民事訴訟法が適用されると解する
のが相当である。
そして,民事訴訟法28条によれば,当事者能力は民法その他の法令に従
うとされているので,当事者能力の有無は,権利能力に関する民法その他の
実体法の規定に基づいて判断される。
もっとも,前記のとおり,原告輸出入社は,北朝鮮の行政機関であり,本
件における権利能力の問題は,その主体が外国の行政機関であるという点で
渉外的要素を持つため,準拠法を決定する必要がある。
この点,行政機関の権利能力の準拠法に関しては,法の適用に関する通則
法(以下「法適用通則法」という。)等に直接の定めがないから,条理に基
づいて,当該行政機関と最も密接な関係がある国である当該行政機関が設立
された国の法律(本国法)によると解すべきである。国内のいかなる範囲の
団体に権利能力を付与するかは,当該国の法政策上の問題であり,また,団
体が享有し得る権利能力も当該国の法律の定める範囲に限定される以上,当
該団体と最も密接な関係があるのは,当該団体が設立された国と解されるか
らである。
したがって,行政機関の権利能力の準拠法は,原告輸出入社が設立された
北朝鮮の法律であると解すべきである。
そこで,本件について検討すると,上記争いのない事実等及び証拠(甲1
の1)によれば,北朝鮮の国内において施行,適用されている北朝鮮民法1
2条2項は,「機関,企業所,団体は,当該機関に登録されたときから民事
上の権利を有し,又は義務を負うことができる民事権利能力とそれ自身が直
接実現することができる民事行為能力を有する。」と規定していること,こ
こにいう「機関」とは,国家行政機関を意味すること,原告輸出入社は,北
朝鮮の国家行政機関である文化省によって登録された同省傘下の行政機関で
あること,がそれぞれ認められる。
上に認定した事実によれば,原告輸出入社は,北朝鮮民法12条2項の登
録がされた北朝鮮文化省傘下の行政機関に当たるから,同条項により権利能
力を有していると認められる。
以上によれば,原告輸出入社は,準拠法である北朝鮮の法律によって権利
能力を付与されているから,民事訴訟法28条により当事者能力を有すると
いうべきである。
(2) 被告は,未承認国の法は本国法となり得る資格がないので,原告輸出入
社について,未承認国である北朝鮮の民法上権利能力が認められていても,
当事者能力を認めることはできないと主張する。
しかしながら,準拠法に関する規律は,問題とされる私法的な法律関係に
最も密接な関係がある地の法を定めることに本質があるから,国際私法上,
準拠法として適用される法律は承認された国家の法律に限られるべき理由は
ない。未承認国の法であっても,その地において現実に施行され,適用され
ている限り,これを準拠法として選択することは妨げられないというべきで
ある。
また,被告は,当事者能力が認められるのは,本国法上権利能力を有して
いるだけでは足りず,我が国でも権利能力が認められることが必要であり,
我が国では行政機関に権利能力が認められていないから,北朝鮮の行政機関
である原告輸出入社には権利能力が認められず,当事者能力も認められない
と主張する。
しかしながら,民事訴訟法28条は,本国法上権利能力を有する者に当事
者能力を認めることとしていると解すべきことは前記のとおりであり,同条
の解釈として,当事者能力が認められるためには更に我が国の法令上も権利
能力が認められることを必要とすると解することはできない。
被告は,上記主張の根拠として,①我が国において権利能力が認められな
い者は,訴訟手続の主体としてふさわしくないこと,②我が国において権利
能力が認められない者に当事者能力を認めると,内外人平等の原則に反し,
また,裁判手続の画一的運用及び公平迅速な遂行も害される旨を主張する
(被告の上記主張は,実質的には,法適用通則法42条の公序良俗違反を主
張しているものと解することができる。)。
しかしながら,我が国においても,平成16年法律第84号による改正前
の行政事件訴訟法11条1項は,処分等取消しの訴えについて行政庁が被告
適格を有するとして,その限度で当事者能力を認めていたこと,個別の法律
においても同様に行政庁の被告適格を認めている場合があること(特許法1
78条1項,179条等)に照らすと,行政機関であるということだけで,
直ちに我が国において訴訟手続の主体としてふさわしくないということはで
きない。また,証拠(甲1の2,3)によれば,原告輸出入社は,「映画輸
出及び輸入,映画合作及び注文製作,技術協力」に関する権限を有し,北朝
鮮映画の著作権等を行使する国家映画会社であるとされていることが認めら
れるのであり,行政機関とはされているものの,その実質は,むしろ,我が
国における私法人に近いということができる。そうであれば,原告輸出入社
が,行政機関であることをもって,我が国において訴訟手続の主体としてふ
さわしくないとはいえない。そして,上に述べたところによれば,行政機関
に権利能力を認めたからといって,内外人平等の原則に反することになると
も,裁判手続の画一的運用及び公平迅速な遂行が害されることになるともい
えないことは明らかである。
被告の上記主張は,いずれも採用することができない。
(3) 以上のとおり,原告輸出入社は,その本国法である北朝鮮の法律によっ
て権利能力が付与されているから,民事訴訟法28条により,当事者能力を
有する。
2 争点(2)(北朝鮮の著作物の我が国の著作権法による保護の可否)について
(1) 原告輸出入社の差止請求については,外国である北朝鮮の著作物の著作
権に基づく請求であるという点で,渉外的要素を含むものであるから,準拠
法を決定する必要がある。著作権に基づく差止請求は,ベルヌ条約5条(2)
により,保護が要求される同盟国の法令の定めるところによることとなり,
我が国の著作権法が適用される。
また,原告らの損害賠償請求については,被侵害利益が北朝鮮の著作物の
著作権ないしその利用許諾権であるという点で,いずれも渉外的要素を含む
ものであるため,準拠法を決定する必要がある。上記法律関係の性質は不法
行為であるから,準拠法については,法例11条1項(法適用通則法附則3
条4項により,なお従前の例によるとして,法例の規定が適用される。)に
よって決すべきである。そして,同条項にいう「原因タル事実ノ発生シタル
地」は,原告らに対する権利侵害という結果が生じたと主張されている我が
国であるというべきであるから,本件における損害賠償請求については,民
法709条が適用される。
(2) 著作権法6条は,同法の保護を受ける著作物は,日本国民(我が国の法
令に基づいて設立された法人及び国内に主たる事務所を有する法人を含
む。)の著作物(同条1号),最初に日本国内において発行された著作物
(最初に国外において発行されたが,その発行の日から30日以内に国内に
おいて発行されたものを含む。同条2号)及び前2号に掲げるもののほか,
条約により我が国が保護の義務を負う著作物(同条3号)に限る,と規定し
ている。本件各映画著作物については,同法6条1号,2号に該当するとの
主張,立証はなく,原告らは,同条3号の「条約によりわが国が保護の義務
を負う著作物」に当たると主張している。
すなわち,原告らの主張は,ベルヌ条約3条(1)(a)が,いずれかの同盟
国の国民である著作者の著作物は,この条約によって保護される旨を規定し
ており,北朝鮮がベルヌ条約に加入したことにより,既に同条約に加入して
いる我が国との間にベルヌ条約上の権利義務関係が生じ,北朝鮮は我が国に
とってベルヌ条約の同盟国と認められるから,本件各映画著作物は,著作権
法6条3号にいう「条約によりわが国が保護の義務を負う著作物」に当たる,
というものである。
これに対し,被告は,我が国が,北朝鮮を国家として承認していないから,
我が国と北朝鮮との間でベルヌ条約上の権利義務関係は生じず,我が国は,
ベルヌ条約上,北朝鮮の著作物を保護する義務を負わないとして,原告らの
前記主張を争っている。
そこで,本件各映画著作物が著作権法6条3号の「条約によりわが国が保
護の義務を負う著作物」に当たるか否かの解釈問題として,我が国が国家と
して承認していない北朝鮮がベルヌ条約に加入したことにより,我が国と北
朝鮮との間でベルヌ条約上の権利義務関係が生じるか否かが問題となる(こ
の点は,著作権に基づく差止請求のみならず,著作権等を被侵害利益とする
損害賠償請求においても問題となる。)。
(3) 上記争いのない事実等並びに証拠(甲1の1ないし3,甲2ないし7,
甲8の1,2,甲12,13の各1,2,甲15ないし18,21,調査嘱
託の結果)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。
ア 訴訟に至る経緯等
(ア) 北朝鮮映画に関する使用料の支払状況
a 株式会社フジテレビジョン(以下「フジテレビ」という。)は,平
成15年2月11日,「スーパーニュース」と題する番組において北
朝鮮映画である本件放送著作物の映像の一部を放送し,同年3月31
日,原告カナリオに対し,上記映画の使用料として18万9000円
を支払った。(甲5)
b 被告は,平成15年4月15日,「ザ!情報ツウ」と題する番組に
おいて北朝鮮映画の映像の一部を放送し,同年6月5日,原告カナリ
オに対し,上記映画の使用料として7万8750円を支払った。(甲
6)
c 日本放送協会(以下「NHK」という。)は,平成15年10月2
6日,「海外ネットワーク」と題する番組において「人民教員」と題
する北朝鮮映画の映像の一部を放送し,同年11月28日,原告カナ
リオに対し,上記映画の使用料として11万5500円を支払った。
(甲7)
(イ) 北朝鮮のベルヌ条約加入に関する文化庁の見解
平成15年1月28日,北朝鮮から,世界知的所有権機関事務局長に
対し,ベルヌ条約の加入書が寄託され,同日,同事務局長は,その事実
をベルヌ条約加盟国に対し通告した。これにより,ベルヌ条約は,同通
告の3か月後である同年4月28日から,北朝鮮について効力を生じた。
北朝鮮のベルヌ条約加入について,文化庁長官官房国際課は,平成1
5年4月22日付け「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)のベルヌ条約
加盟について」と題する書面において,「北朝鮮がベルヌ条約を締結し
たとしても,我が国は北朝鮮を国家として承認していないことから,条
約上の権利義務関係は生じず,我が国において法的な効果は一切生じな
い。したがって,我が国は,北朝鮮の著作物についてベルヌ条約に基づ
き保護すべき義務を負うものではなく,北朝鮮がベルヌ条約を締結する
ことによる我が国への影響はない。」との見解を示した。(甲8の2)
(ウ) 文化庁の見解表明後の各放送局の対応
a 原告カナリオは,平成16年5月25日,NHKが「ニュース7」
と題する番組において北朝鮮映画の映像の一部を放送したため,NH
Kに対し,当該映像の出所について回答を求めた。
これに対し,NHKは,「「映像の出所」についてはお答えいたし
かねます。いずれにしても,5月25日の「ニュース7」で使用した
北朝鮮映画の映像は,「報道・引用」の範囲内だと考えておりま
す。」と回答するとともに,上記(イ)の文化庁の見解を記載した書面
を別紙として添付し,これを引用して,「政府は別紙のように,「国
交がない北朝鮮との間では,ベルヌ条約に基づいて著作権を保護する
義務は生じない」との公式見解を示していますが,NHKでは,現在,
KRT・朝鮮中央テレビの映像の取り扱いについて,在日本朝鮮人総
聯合会との間で協議を続けております。」と回答した。(甲8の1,
2)
b 原告カナリオは,フジテレビに対し,北朝鮮の劇場用映画の取扱い
について回答を求めた。
これに対し,フジテレビは,平成15年5月21日付け「北朝鮮劇
場用映画取り扱いの件」と題する書面において,「北朝鮮のベルヌ条
約加盟につきましては,文化庁より「条約上の保護関係は生じない」
との見解がでているのは,既承の通りです。・・・(中略)・・・弊
方といたしましては,著作権案件の管轄官庁である文化庁の見解を尊
重することとし,その背景に関しましては,貴社より文化庁にご照会
いただくのが,適当と考えております。・・・(中略)・・・貴社が
権利主張されております当該映画に関しましては,ベルヌ条約上の内
国民待遇を受けられず,・・・(中略)・・・現時点では本邦著作権
法での権利保護はうけられないというのが,弊方の結論です。従いま
して,今後,わが国政府における・・・(中略)・・・北朝鮮著作物
の取り扱いが変更になり,日本と北朝鮮間で相互に著作権の保護関係
が発生するまでは,当該映画を,弊方の必要に応じて,なんらの制限
も留保条件もなく使用することが可能であることになります。」と回
答した。(甲4の1,2)
c 被告は,平成15年6月30日,「ニュースプラス1」と題するニ
ュース番組において,本件放送著作物の映像の一部を,原告らの事前
の許諾を受けずに放送した。(甲15ないし17)
(エ) 本件訴えの提起等
a 原告カナリオは,平成16年9月21日,被告及びフジテレビに対
し,それぞれ,北朝鮮のベルヌ条約加入により,同条約の締約国であ
る日本は,北朝鮮の国民ないし同国に主たる事務所又は住所を有する
映画製作者が製作した映画著作物並びに同国において第一発行された
映画の著作物の著作権を保護する義務を負っていること,文化庁の前
記見解は52年最高裁判決に明らかに反する誤った解釈であるから,
日本国内における北朝鮮映画についての独占的な利用許諾権を有する
原告カナリオの許諾を得ずに北朝鮮映画を使用することは,原告輸出
入社の著作権及び原告カナリオの独占的利用許諾権を侵害するもので
あること,被告及びフジテレビに対する,これまでの無断使用分の使
用料の請求について法的請求を検討していること,今後,北朝鮮映画
を使用する場合には原告カナリオの承諾を得ることを求めること,な
どを内容とする通知書を送付した。(甲12,13の各1,2)
b 原告らは,平成18年3月17日,本件訴えを提起した。
イ 北朝鮮のベルヌ条約加入に関する政府機関の見解
当裁判所は,平成18年6月27日,日本国と北朝鮮との間におけるベ
ルヌ条約に基づく権利義務関係の存否等について,必要な調査を外務省及
び文部科学省に嘱託した。これに対し,各省は,同年8月31日,次のと
おり回答した。
(ア) 外務省の回答
「我が国は北朝鮮を国家として承認していないことから,2003年
に北朝鮮がベルヌ条約を締結しているものの,北朝鮮についてはベルヌ
条約上の通常の締約国との関係と同列に扱うことはできず,我が国は,
北朝鮮の「国民」の著作物について,ベルヌ条約の同盟国の国民の著作
物として保護する義務をベルヌ条約により負うとは考えていない。
他方で,多数国間条約のうち,締約国によって構成される国際社会
(条約社会)全体に対する権利義務に関する事項を規定していると解さ
れる条項についてまで,北朝鮮がいかなる意味においても権利義務を有
しないというわけではない。具体的にどの条約のどの条項がこれに当た
るかについては,個別具体的に判断する必要がある。
また,北朝鮮において我が国国民の著作物が保護されるか否かについ
ては,北朝鮮法上の問題と考えられる。」
(イ) 文部科学省の回答
「我が国は北朝鮮を国家として承認していないことから,2003年
に北朝鮮がベルヌ条約を締結しているものの,我が国は,北朝鮮の「国
民」の著作物については,ベルヌ条約の同盟国の国民の著作物として保
護する義務を負うとは考えておらず,著作権法における「条約によりわ
が国が保護の義務を負う著作物」ではない。・・・(中略)・・・北朝
鮮において,我が国民の著作物が保護されないかどうかは,北朝鮮法に
おける問題である。
北朝鮮に限らず,外国においても可能な限り広く我が国の著作物が保
護される方が望ましいものの,著作権は各国政府によって政策的に保護
されるものであるので,必ずしも保護されるとは限らない。」
ウ 北朝鮮文化省の見解
北朝鮮文化省は,上記イの日本国の各政府機関の見解につき,「日本国
外務省及び文部科学省の回答に対する意見書」と題する書面において,次
のとおりの見解を示した。(甲21)
「日本国外務省及び文部科学省の公式見解は,「ベルヌ条約」を我が国
が未承認国であるが故に,守らなくてもいいという結論を出している。
しかし,その理由に根拠はない。
「ある条約では未承認国でも義務を負う条約もある」という事は認めな
がら,どの条約が守る義務があり,どの条約が守らなくてもいいのか,即
ち「ベルヌ条約」が守らなくてもいいとする条約に該当する理由を,外務
省及び文部科学省の見解は明確にしていない。
我が国は,「ベルヌ条約」の同盟国である日本国の著作権について「ベ
ルヌ条約」に従って保護する意思は有しているが,仮に日本国において相
互遵守が出来ない事が確定した場合には大変遺憾に思うと同時に,我々に
とって日本国の著作権を保護する義務がなくなるであろうことを憂慮して
いる。
このような違法行為が継続されるならば,それに対応する措置をとらざ
るを得ないであろう。我が国は,国際法上の義務を遵守すべきことを日本
国に要求する。」
エ 台湾のTRIPS協定加入に関する政府機関の見解
台湾は,WTO協定に加入し,これにより,TRIPS協定は,平成1
4年1月1日,台湾について効力を生じた。(甲22)
なお,北朝鮮は,WTO協定に加入していない。
当裁判所は,平成18年12月18日,我が国と台湾との間におけるT
RIPS協定に基づく権利義務関係の存否等について,必要な調査を外務
省及び文部科学省に嘱託した。これに対し,各省は,平成19年1月29
日,次のとおり回答した。
(ア) 外務省の回答
「世界貿易機関を設立するマラケシュ協定(以下「WTO協定」とい
う。)は,第12条1において,「国(State)」のみならず「独立の関
税地域(separate customs territory)」もWTO協定に加入すること
ができるとしており,国家以外の存在であってもWTO協定上の権利義
務関係を有することができることを特別に認めるものとなっている(W
TO協定に加入した独立関税地域がWTO協定上の「加盟国(Member)」
であることは,第16条の「注釈」において,「世界貿易機関の加盟国
である独立の関税地域(separate customs territory Member of the
WTO)」とされていることからも明らかである。)。したがって,当該
規定から,WTOに加盟している独立関税地域との間では,国家として
承認しているか否かにかかわらず,WTO協定上の権利義務関係が存在
する。
台湾は,WTO協定第12条1にいう「国(State)」としてではな
く,「台湾,澎湖諸島,金門及び馬祖から成る独立関税地域」(以下
「独立関税地域台湾」という。)という名称で,「独立の関税地域」と
してWTO協定に加入し,同協定上の「加盟国(Member)」となってい
る。したがって,我が国と独立関税地域台湾との間には,WTO「加盟
国(Member)」間に生じるWTO協定上の権利義務関係が存在する。
知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(以下「TRIPS協定」
という。)との関係については,同協定はWTO協定の一部であるので,
我が国と独立関税地域台湾との間には,TRIPS協定第9条に基づく
権利義務関係(同条に基づきWTO「加盟国(Member)」が負うベルヌ
条約の一定の条項を遵守する義務を含む。)が存在し,これに基づく我
が国国内法制上の取扱いにおいても,独立関税地域台湾はWTO「加盟
国(Member)」のうちの「国(State)」と同様に扱われる。
北朝鮮については,WTOにいかなる形でも加盟していないため,我
が国として,TRIPS協定(同協定第9条に基づきWTO「加盟国
(Member)」が遵守する義務を負うベルヌ条約の条項を含む。)に関し,
以上に述べたような取扱いをすべき根拠はない。」
(イ) 文部科学省の回答
「我が国と台湾との関係において,TRIPS協定第9条がベルヌ条
約の一定の条項を遵守する義務を定めていることにより,これら条項は,
我が国の著作権法第5条及び第6条第3号に規定する「条約」に該当す
ると考えている。北朝鮮と台湾との間で異なる取扱いをする法的根拠は
該当する「条約」の有無である。」
(4) 我が国の著作権法による保護の可否について
ア 北朝鮮の著作物である本件各映画著作物が,我が国の著作権法による保
護を受けることができるか否かは,前記(2)で述べたように,本件各映画
著作物が著作権法6条3号にいう「条約によりわが国が保護の義務を負う
著作物」に当たるか否か,すなわち,我が国が未承認国である北朝鮮に対
してベルヌ条約上の義務を負担するか否かの問題に帰着する。
そこで,この点についてみると,現在の国際法秩序の下では,国は,国
家として承認されることにより,承認をした国家との関係において,国際
法上の主体である国家,すなわち国際法上の権利義務が直接帰属する国家
と認められる。逆に,国家として承認されていない国は,国際法上一定の
権利を有することは否定されないものの,承認をしない国家との間におい
ては,国際法上の主体である国家間の権利義務関係は認められないものと
解される。
この理を多数国間条約における未承認国の加入の問題に及ぼすならば,
未承認国は,国家間の権利義務を定める多数国間条約に加入したとしても,
同国を国家として承認していない国家との関係では,国際法上の主体であ
る国家間の権利義務関係が認められていない以上,原則として,当該条約
に基づく権利義務を有しないと解すべきことになる。未承認国が多数国間
条約に加入したというだけで,承認をしない国家との間でそれまで存在し
ないとされていた権利義務関係が,国家承認のないまま突然発生すると解
するのは困難である。
我が国は,北朝鮮を国家として承認しておらず,我が国と北朝鮮との間
に国際法上の主体である国家間の権利義務関係が存在することを認めてい
ない。したがって,北朝鮮が国家間の権利義務を定める多数国間条約に加
入したとしても,我が国と北朝鮮との間に当該条約に基づく権利義務関係
は基本的に生じないから,多数国間条約であるベルヌ条約についても,同
様に解することになる。
イ もっとも,未承認国であっても,国際社会において実体として存在して
いることは否定されないから,国際法上の主体である国家間の権利義務関
係が認められないからといって,未承認国との関係において条約上の条項
が一切適用されないと解することが妥当でない場合があり得る。
我が国の外務省も,前記(3)イ(ア)のとおり,未承認国である北朝鮮と
の関係では,我が国がベルヌ条約上の義務を負うことはないとしつつ,
「多数国間条約のうち,締約国によって構成される国際社会(条約社会)
全体に対する権利義務に関する事項を規定していると解される条項につい
てまで,北朝鮮がいかなる意味においても権利義務を有しないというわけ
ではない。具体的にどの条約のどの条項がこれに当たるかについては,個
別具体的に判断する必要がある。」との見解を示している。
もとより,多数国間条約の条項のなかには,ジェノサイド条約(「集団
殺害罪の防止及び処罰に関する条約」)における集団殺害の防止(1条)
や拷問等禁止条約(「拷問及び他の残虐な,非人道的な又は品位を傷つけ
る取扱い又は刑罰に関する条約」)における拷問の防止(2条)のように,
条約当事国間の単なる便益の相互互換の範疇を超えて,普遍的な国際公益
の実現を目的としたものが存在する。このように,条約上の条項が個々の
国家の便益を超えて国際社会全体に対する義務を定めている場合には,例
外的に,未承認国との間でも,その適用が認められると解される。なぜな
らば,人を殺すなかれとの命題が刑法の規定を待つまでもなく,社会規範
として通用するのと同様に,本来,こうした条項は,国家間の合意の有無
にかかわらず,国際社会における規範として成立し得るものであり,各当
事国が国際社会全体との関係で絶対にその義務を遵守しなければ,条約を
締結した目的が十分に達成されないからである。このように,当該条項が,
個々の条約当事国の関係を超え,国際社会全体に対する権利義務に関する
事項を規定する普遍的な価値を含むものであれば,あらゆる国際法上の主
体にその遵守が要求されることになり,その限りでは,国家承認とは無関
係に,その普遍的な価値の保護が求められることになる。
ウ 原告らは,著作権の保護が普遍的な価値を有する命題であると主張する。
そこで,著作物の保護義務を定めるベルヌ条約3条(1)(a)の条項が国
際社会全体に対する権利義務に関する事項を規定するものと解し得るか,
すなわち,著作権の保護(直接的には,いずれかの同盟国の国民である著
作者の著作物の保護という形態)が国際社会全体における普遍的な価値を
有しているかについて検討する。
この点について,世界人権宣言は,27条2項によって,「すべて人は,
その創作した科学的,文学的又は美術的作品から生ずる精神的及び物質的
利益を保護される権利を有する。」と定め,著作権を国際的に保護される
べき人権の一つとして定めている。また,ベルヌ条約は,著作権に対する
国際的な保護を図るという目的を有し,その加入に何らの要件の具備も要
しない開放条約であり(29条),加盟国の数は,平成19年8月末の時
点で163か国に上り,多くの国が,内国民待遇の原則(5条(1))に基
づき,著作物の保護に関して自国民と同様の待遇を外国人に与えている。
これらの点によれば,著作権が国際社会において保護されるべき重要な価
値を有していることは明らかである。
しかしながら,ベルヌ条約自体においても,同盟国の国民を著作者とす
る著作物(3条(1)(a)),非同盟国の国民を著作者とする著作物のうち,
同盟国において最初に発行されるか,同盟に属しない国と同盟国において
同時に発行された著作物(3条(1)(b))等が保護されるにとどまってお
り,非同盟国の国民の著作物が普遍的に保護されているわけではない。非
同盟国の国民の著作物であっても,最初の発行地が同盟国であれば保護さ
れるとされているものの,これは,同盟国において,最初あるいは同時の
発行を促すことによって,著作物の普及を促進するとともに,これに伴う
経済的な利益を獲得することを企図したものである。そこでは,同盟国と
いう国家の枠組みが前提とされており,前国家的な非同盟国の著作者の自
然権を保護するという発想は見られない。
また,同条約の他の条項においても,「映画の著作物について著作権を
有する者を決定することは,保護が要求される同盟国の法令の定めるとこ
ろによる。」(14条の2(2)(a)),「保護期間は,保護が要求される
同盟国の法令の定めるところによる。」(7条(8))などと規定して,著
作権の主体や保護期間等について,保護を行う国によって異なり得ること
を許容するとともに,5条(2)において,著作権の保護の範囲及び著作権
を保全するために著作者に保障される救済の方法を,保護が要求される同
盟国の法令の定めるところに委ね,その保護の範囲及び方法が国によって
異なる事態を想定している。さらに,35条(2)は,同盟国がベルヌ条約
を廃棄することができる旨を規定し,廃棄により,条約上の権利義務関係
から離脱することをも認めているところである。
以上によれば,著作権の保護は,国際社会において,擁護されるべき重
要な価値を有しており,我が国も,可能な限り著作権を保護すべきである
ということはできるものの,ベルヌ条約の解釈上,国際社会全体において,
国家の枠組みを超えた普遍的に尊重される価値を有するものとして位置付
けることは困難であるものというほかない。
したがって,ベルヌ条約3条(1)(a)の条項は,国際社会全体に対する
権利義務に関する事項を規定するものと解することができず,北朝鮮との
関係で同条項の適用は認められないから,結局,我が国は,同条項に基づ
き北朝鮮の著作物を保護する義務を負わない。
エ 原告らは,TRIPS協定が台湾に発効したことにより台湾の著作物が
我が国において保護される旨の文化庁の見解は,同じ未承認国である北朝
鮮の著作物に関する同庁の見解と明らかに齟齬しており,未承認国である
台湾の著作物を保護するのであれば,北朝鮮の著作物も保護すべきである
旨主張する。
しかしながら,WTO協定は,12条1項において,「すべての国又は
対外通商関係その他この協定及び多角的貿易協定に規定する事項の処理に
ついて完全な自治権を有する独立の関税地域は,自己と世界貿易機関との
間において合意した条件によりこの協定に加入することができる。」とし,
また,16条の「注釈」において,「この協定及び多角的貿易協定におい
て用いられる「国」には,世界貿易機関の加盟国である独立の関税地域を
含む。この協定及び多角的貿易協定において「国」を含む表現(例えば,
「国内制度」,「内国民待遇」)は,世界貿易機関の加盟国である独立の
関税地域については,別段の定めがある場合を除くほか,当該関税地域に
係るものとして読むものとする。」と規定しており,主権国家のみならず
独立の関税地域もWTO協定に加入することができ,同協定の加盟国とな
り得ることを前提としている。また,WTO協定の規定を受けて,同協定
の一部であるTRIPS協定1条の脚注1も,「この協定において,「国
民」とは,世界貿易機関の加盟国である独立の関税地域については,当該
関税地域に住所を有しているか,又は現実かつ真正の工業上若しくは商業
上の営業所を有する自然人又は法人をいう。」と定めている。これらの規
定によれば,WTO協定及びTRIPS協定が,国家として承認されてい
ないものでも,一定の要件の下で「独立の関税地域」として加入すること
ができる旨定めていることは明らかである。前記2(3)エ(ア)によれば,
台湾については,これらの規定にいう「独立の関税地域」として,WTO
協定に加入したものであると認められる。そして,TRIPS協定9条1
項は,「加盟国は,1971年のベルヌ条約の第1条から第21条まで及
び附属書の規定を遵守する。」と定めていることから,「独立の関税地
域」である台湾と我が国との間でTRIPS協定に基づく著作権の保護関
係が生じたものであるということができる。これに対し,北朝鮮は,WT
O協定に加入していないことから,我が国との間でTRIPS協定に基づ
く著作権の保護関係は生じていない。
以上のとおりであるから,我が国が未承認国である台湾の著作物を保護
するからといって,当然に北朝鮮の著作物も保護すべきであるということ
はできず,この点についての文化庁の見解に齟齬があるとはいえない。原
告らの上記主張は失当である。
また,原告らは,52年最高裁判決の法理によれば,北朝鮮の著作物も
ベルヌ条約により保護されるべきであると主張する。しかしながら,52
年最高裁判決は,相互主義を定めた旧特許法32条の「其ノ者ノ属スル
国」に未承認国であるドイツ民主共和国(東ドイツ)も含まれると判示し
たものにすぎず,我が国と未承認国との間に条約上の権利義務関係が生じ
るかという問題について判断を示したものではないから,本件とは事案を
異にし,原告らの主張の根拠となるものとはいえない。
原告らは,その主張の根拠として,北朝鮮著作権法において,同国が加
入した条約の加盟国の著作権を保護する旨を規定し,北朝鮮文化省が日本
の著作物を保護するとの意思表明をしていること,北朝鮮の著作物が我が
国において保護されないということになると,北朝鮮において我が国の著
作物が保護されないといった事態が生じ得ることを挙げる。しかしながら,
原告らの主張する上記の諸事情は,我が国政府の外交政策上の判断の考慮
事情のひとつとなり得るかどうかはともかく,裁判所が,著作権法の解釈
問題として,既に(4)アで述べた国家承認についての基本的な考え方と異
なり,北朝鮮の多数国間条約への加入により,未承認国である北朝鮮に対
し我が国が条約上の義務を負うことになるとの解釈を採用する根拠とはな
り得ないというべきである。
原告らは,北朝鮮映画が,既に,国際市場において取引されていること
から,国際市場においては,ベルヌ条約の加盟国が国家承認の有無にかか
わらず相互の著作権を尊重し合うことが暗黙の前提とされている旨主張す
る。しかしながら,私人間においては,契約自由の原則により,国家承認
の有無にかかわらず,ある国の映画について著作権の存在を前提とした契
約を締結することは自由である。このような私人間の契約において未承認
国の映画が取引の対象とされたからといって,国家間の権利義務関係とし
て未承認国の著作物の著作権を保護すべき条約上の義務が発生していると
いうことができないことは明らかである。
原告らの上記主張は,いずれも採用することができない。
オ 甲第20号証(鑑定意見書)中には,我が国と北朝鮮との間にベルヌ条
約上の権利義務関係が生じていると解すべき根拠として,特定の既存国家
が特定の加盟国を国家として承認していないからといって,その加盟国が
国家ではないとの理由で,決議に必要な表決数からその加盟国を除外した
り,条約発効に必要な批准,加入書の数から除外したりすることが不可能
となっているという国際社会の現状を挙げる部分がある。
確かに,条約上の条項が上記のような条約上の組織等に関する事項であ
る場合には,未承認国との関係でもその適用を認めるのが相当である。し
かし,それは,上記のような条約上の組織等に関する事項を,国家承認の
有無という個別の事情によって左右されるものとすると,条約に基づく意
思決定等が困難になることによるものであるということができる。本件に
おいて,著作物の保護義務を定めるベルヌ条約3条(1)(a)の条項が,こ
のような条約上の組織等に関する事項に当たらないことは明らかである。
甲第20号証中の上記記載部分は,本件における原告らの主張を根拠付け
るものとはいえない。
カ なお,北朝鮮の著作物について,非同盟国の国民の著作物として,いず
れかの同盟国において最初に発行されたものである場合(ベルヌ条約3条
(1)(b))等に,我が国がベルヌ条約上保護の義務を負う場合はあり得る
ものの,原告らにおいて,この点についての主張,立証はない。
(5) 以上のとおりであるから,我が国は,北朝鮮との間でベルヌ条約上の権
利義務関係を有するものではなく,北朝鮮に対し,ベルヌ条約3条(1)(a)
に基づく義務を負うことはない。したがって,本件各映画著作物は,著作権
法6条3号の「条約により我が国が保護の義務を負う著作物」とはいえない
から,本件の差止請求及び損害賠償請求は,その前提を欠くことになる。
3 結論
以上によれば,原告らの本訴請求は,その余の点について判断するまでもな
く理由がないから,いずれも棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴
訟法61条,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第47部
裁判長裁判官 阿 部 正 幸
裁判官 平 田 直 人
裁判官 瀬 田 浩 久

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